094 「第3波攻撃(2)」
「話を戻すが、敵の陣地に突入した我が軍の将兵はどう阻止された? 概要で構わない」
「はい。一定数の兵が敵の主陣地に突入できました。ですが殆どは、突入した堡塁や陣地に据えられた散弾砲、機関銃、小銃、それに手榴弾で撃退されています。剣や槍、銃剣などでの白兵戦は殆ど報告されていません。
アキツ軍の魔法は防御と幻影の報告が多く、魔法による直接の攻撃報告は夜間のみ、しかも一部に止まります。そして魔法以外での戦闘によって、予測をはるかに上回る損害が出ています」
カーラ元帥の言葉に対して、クレスタ上級大将の言葉は淀みがない。何を聞かれるのか全て予測していた言葉だ。
もしくは、本来話すべき事柄に戻ったと言うべきだろう。
「相手に優位な戦いをさせまいとした戦術が仇となったか?」
「アキツ軍は、前哨戦では敢えて手の内を全て見せなかったと考えられます。ですが、アキツ軍の要塞と火力を侮ったのは否定出来ません。
前哨戦で出てきた魔術を多用した非常に強力な夜襲部隊についても、火力を使わない事に対する補完よりも、魔法や魔力を用いた白兵戦を重視していると我が方に誤った判断をさせる目的があったのではと考えられます」
「アキツ軍が魔法と白兵戦を多用し火力は二の次だと、我が軍は判断していたからな」
「はい。ですが閣下が採用された、火力と歩兵による飽和攻撃自体は有効です」
「前哨戦での敵陣地は、監視哨や不完全な塹壕で大きな陣地はなかった。私も敵を甘く見過ぎていた。だが総参謀長、白兵戦についてどう考える。アキツ軍は自分達の得意とする戦いを否定したのか?」
「今までの戦闘で、アキツ軍の火力は我が方の予想を大きく上回ると判明しました。前哨戦での敵軍の夜襲などと違い、白兵戦をするまでもなかっただけの可能性もあります」
「確かに現状はその通りだ」
「はい。ですがアキツ軍の得意分野で言うならば、我が軍の将兵は戸惑うという報告が多数あります」
「魔法だな」
「はい。幻影、隠蔽などの幻で惑わすのは常套手段で、これが予想した以上に厄介です。陣地を幻の景色で偽装したり、穴があると見せかけたり、逆に幻影の地面の下に落とし穴があったりと。
また、直接攻撃してくる魔術こそ少ないですが、特に夜間になると魔力でできた擬似的な魔物で襲いかかってくる事があります。敵の魔術師が遠くにいて所在を掴めず、魔物の方も対処が困難です。それに銃弾を弾く防御の魔法は、短時間でも使われる事例が数多く報告されています」
「だが、それ以上に厄介な魔術があるのか。空でも飛んだか?」
参謀長の僅かな変化を見て取った総司令官は、少なくとも表向きは淡々と問いかける。
「はい、違います。深刻なのは通信魔法です。呪具による調査も合わせての推測ですが、アキツ軍は非常に緻密な魔法的な連絡手段と連絡網を持ち、我々よりもはるかに密で時間差のない情報伝達が行われていると考えられます。まるで、小隊単位で野戦電話を相互に持っているようだと報告が上がっています」
「アルビオンや北方妖精連合などが使用している魔法による通信か。開戦前のアキツからの報告で、政府や軍だけでなく広く一般でも使われていると。だが、軍事的にこれほど大規模に使うのは、目の前の連中が初めてではないか?」
「はい。極西の分裂戦争で精霊連合の未確認事例を除けば初めてです。ですがアルビオンは、海軍艦艇に魔術を用いる要員を配置し、小型の編成が多い海兵隊の運用も巧みです。師団規模、軍団規模でも使えると考えるべきでしょう」
「だろうな。それにアキツとアルビオンは友好関係にある。あっちの司令部には観戦武官が大勢いると聞いている」
「観戦武官の報告は私も受けております。それと、我が海軍の防護巡洋艦の追撃も、アキツの海軍が魔術の通信と情報収集の魔術を広く使ったとの未確認報告が、アルビオンから出てきたそうです」
「アルビオンにとって、アキツは友好国だろうに。だが、それだけ厄介な事をアキツ海軍は実施したのだな。だが今は、目の前のアキツ軍の要塞だ。2日間も砲撃を続けたのに、なんだこの防御力は。それに予想より遥かに多く配備されている兵力が、厄介な防戦を仕掛けてきている。これは方針を転換……」
「閣下!」。カーラ元帥の最後の言葉に、クレスタ上級大将が珍しく強く反応して最後まで言わせなかった。
作戦方針を変更すると言っていると考え、安易にその先を言わせまいとしたからだ。
だが、カーラ元帥、クレスタ上級大将共に次に何かを言う前に、少し離れた場所の野戦電話が集中した指揮所から来た事を示す腕章を付けた伝令が敬礼する。
「失礼します。前線司令部のキンダ大将より報告。『予備のサハ第4軍団を投入。次なる攻勢を開始せり』以上です」
声を聞いてカーラ元帥が眉間に少しだけシワを寄せる。
一方のクレスタ上級大将は冷静な顔に戻った。
「どうされますか、カーラ元帥閣下」
「続けさせるより他あるまい。止めては今後を含め兵の士気に関わる。次の結果が出るまで待とうじゃないか。戦争は始まったばかりで、増援は幾らでもやって来る」
「サハ第1軍には厳しい戦いになるやもしれませんが、それでも?」
「突撃が成功すればよし。失敗しても、アキツ軍の手の内がより多く判明すれば、最終的な損害は小さく済む。それに全軍の規模がまだ小さいうちに、どこまで出来るのか見ておくのも悪くない」
「損害が多すぎると、敵の反攻を受ける可能性が高まりますが?」
「アキツ軍は要塞にこもる前提で陣取っている。打って出ては来ない。それよりも、結果がどうなるにしろ次を考えないといかんな、総参謀長」
二人の問答が終わり改めて共通認識が出たことに、クレスタ上級大将はいつもより強めに頷いた。そしてやり取りは、後ろにいる参謀達も聞いている。
「はい。突撃が成功すれば、要塞へのさらなる攻撃と山脈突破を。逆に突撃で落とせなければ、正攻法での攻城戦となります。要塞戦の仕切り直しの場合は、工兵などの事前準備でかなりの時間が必要となるでしょう。それに、どちらにせよ増援に加えて多数の補充兵も必要です」
「それと砲弾だ。この調子であと3日も攻勢を続けたら、何も残らない。砲弾と諸々を運ぶ馬車の増強も求めねば。だが、次を行うなら1ヶ月以内に行う。
それ以上は、アキツ軍の本格的な増援が要塞に注ぎ込まれ、進めなくなってしまう。加えて、要塞を抜けても山岳地帯を通るのに、アキツ軍の遅滞防御戦で侵攻が大きく遅れる可能性も非常に高い」
「既に手配済みのものもありますが、さらに要請を積み上げましょう」
「うん。頼むぞ。それにしても今回の相手は、山森半島諸国やスタニアの遊牧民のようにはいかないな」
「思うようにいかないのは、戦の常です」
「そうだったな。では、次の準備に入ってくれ。私はここで、キンダ大将の朗報を待つとしよう」
「ハッ!」
敬礼を決めると、クレスタ上級大将は参謀達への指示を矢継ぎ早に出し始める。
彼らにとって、次の戦いは既に始まっていた。