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091 「第一次突撃失敗」

 ・竜歴二九〇四年六月十二日



「最初の突撃は凌いだか。結果はどこまで判明している?」


 赤い肌の大柄な男が、同じ軍服に派手目の装飾を付けた者達に問いかける。

 そこは大黒竜山脈の山岳要塞の奥に設置された現地アキツ軍の司令部。鉄道駅に近い要塞の後方に設けられた地下施設で、周囲を鉄筋入りの分厚いコンクリートで覆われている。

 ただし、階段を上がれば展望台のような陣地もあり、それほど後方でもなかった。


 また、周辺を含めて様々な施設があり、指揮通信能力は現状の10万人どころか100万人の軍隊すら動かせると言われていた。

 それだけアキツ陸軍が、この要塞に力を入れている証拠の一つと言える。


 しかも周囲に声をかけた男は、黒竜派遣軍の総軍司令官の大隅大将。黒竜地域でのアキツ軍の最高司令官だった。

 要塞司令官ではなく最高司令官が要塞に陣取るのは、この要塞が現時点で現地アキツ軍が最も集中し、同時にタルタリア軍の攻撃が集中しているからだった。


 アキツ本土と黒竜地域の他の場所では、動員と移動、必要とされる膨大な物資、支援要員の移動やその準備が進められているが、多くがまだ途中。

 この要塞こそが現時点での戦場であり、最初の決戦場だった。


 また要塞に配備されているのは、元からの要塞守備軍に加えて、ほぼ同数の戦力を有する第4軍が増強されている。当然だが、要塞司令部が指揮をとるのは指揮統制の関係上で問題があった。

 このため指揮は、要塞守備軍ではなく総軍司令部が取っている理由にもなっていた。



「我が軍の死傷者数は約500名。うち戦死者は約20名。計画通り、敵が激しく押してきた場合はゆっくり退きつつ戦闘を行なった効果です」


 見た目は若いながら年齢不詳の女性が、怜悧な印象通り歯切れ良い言葉で返す。総軍参謀長の北上中将だった。

 天狗なので当然美貌の持ち主で優美な耳を持つことでも知られていたが、広い額と知的で怜悧な印象を与える目も印象的だ。その参謀長に、いかにも大鬼デーモンといった風貌の司令官が目線だけ向ける。


「北上君、どれくらい土地を譲り渡した?」


「南部地区の防衛線はほぼ動いていません。主な攻勢を受けた東部地区は、全体として縦深を200メートル程度。特に敵の攻撃が集中した北側では、500メートル近く後退した地区もあります。一部では地雷原も突破もしくは破壊されましたが、地雷の効果は限定的と見られます」


「限定的なのは当然だろう。多々羅(ドワーフ)の工兵連中も、高い効果は期待するなと言ってたからな。それより、主陣地は全て無事と聞いたが?」


「はい。計画的な後退で明け渡したのは、前線監視哨など小さな陣地のみです。主要な堡塁を中心とする主な防衛線は全て維持され、敵の安易な突撃を促すため手前の斜面を譲り渡しただけです。これは当初から予定していたものですが、敵に対して予測以上の打撃を与えたと見られます」


「結構。だが陣地を退く際に、兵は残していないだろうな」


「衛生兵を中心に、負傷者は可能な限り回収しています。大鬼、獣人ビーストは虐殺対象になる可能性がありますが、総員確認しています」


「他は?」


「敵の攻勢が激しく、また密度が非常に高かった為、一部で戦死したと思われる者の回収が間に合わず、若干名を置き去りにしました。ですが、負傷者はどのような傷でも必ず。ただ」


「救援するために損害が出たか?」


「若干数。ですが損害自体は軽微です。残した友軍戦死者も、敵の大量の戦死体の中に埋もれ連れもどせなかったという例が報告されています」


「そうか。確かに、前線の陣地前は敵の戦死体だらけだったな。向こうから、戦場掃除の休戦提案が早々にあるかもな」


「はい。両軍が対峙した場所ではかなりの敵軍の遺棄死体が残されています。ですが、今回の敵の攻勢が落ち着いてからではないかと」


「落ち着いてからねえ。何日続く? 攻勢が1週間となってみろ、亜人デミだろうが只人ヒューマンだろうが兵の限界がくるぞ。それに死体が腐ってくる」


 思わず軽くため息が出た大隅に対して、北上中将は冷静なまま相手を見る。


「閣下、双方共に多数の予備部隊があります。それに最初の大規模な突撃をほぼ完全に撃退した事で、敵は我が方の状況をかなり掴んだ筈です。次の突撃の前に我が方の火点、砲座を破壊する為、長時間の砲撃戦を仕掛けてくるのではないかと予測されます」


「隠していたやつを一気にお披露目し、敵を散々に蹴散らしたわけだから当然だろうな。同じように突撃してくれたら楽なんだが」


「敵司令官は、知将と言われるカーラ元帥です。要塞戦の基本を脇においての最初の突撃は、時間と物資に制限があるのは間違いありませんが、小手調べのようなものではないでしょうか。兵力の損耗さえ考えなければ、合理的とも言えます。我が方も総力を挙げて迎撃せざるを得ませんでした」


「なるほどな。だがタルタリア軍が短時間で1万もの兵を消耗するとは、今回の戦は一筋縄でいきそうにないな」


 大隅大将のため息交じりの言葉は、司令室に詰める参謀や高級将校達の総意だった。

 淡々と報告していた彼らのまとめ役でもある北上中将も、否定や意見する事はなかった。




「死傷者は既に1万?」


 同じ頃、要塞を攻撃している側でも同じように損害の報告が行われていた。


「まだ不明な点は多くありますが、各師団2000から3000名の死傷者が出ました。また、南部でも総数で1000名以上の死傷者が出ています」


「戦死者数は10パーセント程度だったな?」


「はい。ですが、残りの負傷兵のいくらかも戦病で命を落とすでしょう。最終的には12から13パーセントになるかと」


「今までの情報から考えると随分多いな。突撃した兵士のうち15パーセントがたった1日の突撃で死傷した事と合わせると、今までの常識が全く通じない戦場となりそうだな。どう見る総参謀長?」


 「そうですね」と落ち着いた上品な発音で総司令官のカーラ元帥に返すのは、総参謀長のディミトリ・クレスタ上級大将。物腰が低く軍人にしては言葉遣いが丁寧だと言われる事が多い人物で、一見消極的とも思われがちだが今回の戦争には非常に積極的だった。

 理由は、熱心な真教の信奉者だからだと言われている。真教は人至上主義なので、人以外の種族は最低でも従えるべきだからだ。


「要塞が我々の予測より大きく上回る強固さなのは間違いありません。中でも、前線から数多くの報告があった多数の機関銃の存在を重視するべきかと」


「敵陣地に殺到する前に鉄条網で阻まれ、そこに機関銃陣地からの十字砲火。さらに従来のように小銃の弾幕、加えてあらゆる火砲の集中。遮蔽もない兵士達が大きな損害を受けるのは当然ではあるな」


「はい。軍中央の情報部局やアキツにいた駐在武官は、厳しく糾弾するべきかもしれません。全くとは言えませんが、ここまで敵が強固だとは予測できませんでした」


 クレスタ上級大将が言い切ると、カーラ元帥だけでなく周囲にいた参謀や将軍達も押し黙る。

 誰にとっても予想外だったからだ。

 だからだろう、カーラ元帥は振り払うように再び口を開いた。


「だが機関銃に関しては、我々も軽視していたので同罪だ。それでも情報部局と駐在武官には、なぜ目の前の要塞の守備兵力が情報と大きく違うのか、問わねばならんな」


「はい。主攻勢を行なった要塞東部だけで、当初予測の2個師団が配置されていると予測されます。加えて南側にも同じく2個師団が配置され、他に予備兵力を抱えているとも容易に予測できます。でなければ東側での激しい、後先を考えないような迎撃は考えられません。

 つまり目の前のアキツ軍は、最低でも5個師団。恐らくは、開戦前まで演習という名目で黒竜地域に入っていた軍団を、秘密裏に要塞に投入したのではないかと」


「うむ。アキツの演習部隊の投入はある程度は予測されていたな。だが、目の前の敵全てが平時編成ではなく、戦時の完全編成だ。南側もな」


「はい。それに放ってきた銃弾、砲弾の量から予測する限り、要塞のアキツ軍が後先考えない戦闘を行なったのでないなら、十分な備蓄弾薬を有しています」


「もしくは、すぐにも砲弾が十分に補充できる体制を整えている。どちらにせよ、我々の開戦前の予測とは異なっている。さて、どうする? このまま攻勢を続けるか?」


 話が一巡したのでカーラ元帥がクレスタ上級大将との言葉を締め、参謀長など彼ら二人以外の参謀や将軍達を視線で一巡していく。

 しかしすぐの返答はない。

 総司令と総参謀長が議論したように、彼らの予測を超える状況が横たわっていては即座に回答を口にできる者はいない。

 安易に総攻撃の継続、より激しい突撃を主張する事は容易いが、死傷者1万名という現実が彼らの上に重くのしかかっていた。


「砲撃を強化し、要塞の砲座、銃座を破壊。破壊が確認された後に、歩兵の突撃を再開するべきかと」


 沈黙を破ったのは、実質的に現在の戦力であるサハ第一軍を率いているレオニード・キンダ大将。

 参謀や将軍の中に総攻撃の早期中止を言い出しそうな者が見られたので、機先を制した形だ。

 そしてそれにカーラ元帥も強く頷き返した。


「現時点で塹壕や坑道を掘れない以上、それしかあるまい。どの程度行う、総参謀長」


「はい。昨日からの砲撃で、既に備蓄の30パーセントの砲弾を消費しています。歩兵部隊の突撃中も、砲撃支援は欠かせません。そこから考え、総攻撃前の備蓄分の半分が使えるでしょう。敵砲座を探しながらであれば、最大2日間の砲撃が可能です」


「よろしい。では明日1日は砲撃に費やす。その状況を見て2日目も砲撃するかを決める。また南側に向けていた野砲の半数を東側に回す。陣地転換は直ちに開始せよ。諸君、戦いはまだこれからだ。かかりたまえ」


「ハッ!」


 こうして最低でも向こう2日の要塞攻撃が決断された。


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