085 「黒母衣の鎧(2)」
「軍服と思うと面倒ですが、甲冑と思うと随分簡単ですな」
「磐城は、昔は甲冑を付けていたんだったか?」
「はい。変革の頃までは。大東国の動乱や極西の戦争でも、魔鋼の鉄兜と胸甲は付けとりました。自分は壁役だったので」
甲斐と磐城が話し合いつつ、要領よく新たな甲冑を身につけていく。種族が違う方が良いと、小型の予備も使い甲斐と男の中隊長達が装備を付けていた。
「『鉄壁』を務めるのも大変だな。他には?」
「夏は最悪ですな。特に南方や湿気の多いアキツ本国のような場所は。ここは乾燥しているしまだ春なので、良い塩梅です」
「確かに、夏のアキツでこの格好はしたくないなあ。その辺も報告書に書いとくか」
言いつつ、かなり着込んだ自分の姿を見下ろす。
肌着の上から、一見分厚い木綿ながら魔術を仕込んだ強固な上下を着込む。真っ黒に染められているので、これだけだと夜間の行動には向いてそうだった。
そこに留め金が着いたごつい長靴、太ももの半ば、二の腕の半ばまである白銀の糸を縫い込んだ下鎧を着込む。単に普通の刀剣で戦うのなら、これに胴鎧と兜か鉢金を付ければ十分なほどだ。銃弾すら弾ける。
だが、この甲冑はここからが本番だ。
籠手、脛当、腰甲など何らかの魔鋼で出来た頑丈な装甲を付けていく。だが昔の鎧と違い、留め金や螺子、西方風の革帯を使う事で、布で縛ったり組紐を使ったりはしない。
そして胴体、肩、腕の上腕部辺りはひとまとめで、母衣のような背中の丸いものとひと塊りになっている。
「それにしてもこの長靴、なんでこんなに靴底が分厚いんでしょう。自分の背丈がさらに大きくなります」
「10センチほどあるな。だが主に踵が高くなっているだけだ。それと、靴底を含めて魔鋼を使い過ぎだな。これで相手を蹴り飛ばせって事か?」
「ハハハッ。これだけあれば砲弾でも蹴り返せますな」
「蹴る為じゃなくて、地面に何かあった時の対策用。まだ試作だからこれでも薄く、低くしてあるらしいよ」
「地面? 地雷対策ですか?」
甲冑をつける甲斐達を面白そうに見物している白い天狗の言葉に甲斐が返すと、我が意を得たりと頷き返す。
「そう、地雷。今はまだ火薬の威力や信管の信頼性が今一歩だけど、すぐにも発展するんだってさ」
「そうなんですなあ。40年前の極西の分裂戦争では、爆発が派手なだけで心理的にはともかく実際の効果は今ひとつでしたが、技術の発展は早いもんですな」
「そうですよ。さあそこまで着こんだのなら、本体の胸甲と母衣を装着して下さい。ただし、突然立ち上がったりしないで。作業員の指示に従って」
突然横合いから眼鏡の多々羅の津軽の声。
すぐ近くで、別の二人の鎧装着を指示していたが、会話が耳に入ったらしかった。
そうして津軽の示した先に、台座の上に鎮座する甲冑の胴体と背中の母衣の部分が一体となったものが置かれている。そしてその前には折り畳みの腰掛けがあり、眼鏡の多々羅のごついが繊細な手がそれを指し示していた。
そして甲冑の胴体を手伝ってもらいながら着込み、その上に肩当て、腰当てを装着。さらに兜をかぶるとほぼ全身が隠れてしまう。
「さあ、最後に面当てを。目は魔力を込めると遠くを見たり視界を広げてくれるし、夜目も強化されます。口は塵や煙をある程度防ぐ仕掛けがあります。本当は聴覚にも細工をしたかったのですが、種族によっては耳の場所が違うから今回は断念しました。それぞれ個人用になれば、それも可能となるでしょう」
「これを実際に装備するのは、我々以外の大鬼でしょう。頭の横に付けて問題ないのでは?」
「ええ。そちらはね。ただ皆さん用は、どの種族が装備されるのか分からないし、一通りの種族に試して欲しいという要望が上からありましたので」
正直者すぎるのか臆面もなく話す。
そのせいか逆に何かを言い返す気にもなれず、苦笑するしかなかった。
そうして装備を終えると、全身が黒い魔鋼で覆われた、体格を一回り大きくした甲冑姿となった。
まだ装着者は座っていたが、装着前には感じなかった威圧感を放っている。
「何と言うか、威圧感というか禍々しさすら感じますね」
並ぶ姿を見る鞍馬が思ったままの感想を口にすると、眼鏡の多々羅は我が意を得たりと強く頷く。
「そうでしょう。視覚効果も考えてこの形になりました。この甲冑の集団が馬と同じくらいの速度で突進すれば、それだけで敵の隊列は霧散するように、とね」
「しかも銃弾を弾きながらだと、効果は高そうですね」
「我々もそのように想定しています。騎兵が弱いと言われる我が国が、この甲冑に黒母衣と名付けた理由も、見た目が昔の鎧に似ているだけでなく突破戦力としての重騎兵の役割を期待してと聞いています」
そこまで言うと眼鏡の多々羅は、目の前の4体の黒母衣の前へと数歩出る。
「よしよし、乗れましたね。では、徐々に魔力を込めて下さい。『浮舟』と似た感じでお願いします。ですが皆さんは規格外の魔力をお持ちだから抑え気味で、普通の大鬼くらいにして下さい。注ぎすぎても、あまり意味はありません」
「軽くする方はそれで構わないでしょうが、防御の際に甲冑に魔力を込める場合はどうするんですか?」
「それは次に回します。まずは基本動作の習熟をお願いします」
「了解しました。聞いての通りだ」
そうして動き出したが、普段から様々な呪具を使いこなしている上に、熟練した幹部達が操っているいので、すぐにも使い慣れていった。
それに黒母衣と呼んでいる甲冑は、呪具の効果で軽くなるだけで、あとは普通に動けば良いので慣れるに時間はかからない。
この為、すぐにも基礎動作から、徒歩、駆け足、全力疾走と続く。そして様々な動きを確認すると、武器を持っての動きの確認へと入り、さらには軽く打ち込みあうようになる。
そうして打ち込みが半ば模擬戦となるのに時間はかからなかった。
そうして1時間が軽く経過した頃、大隊長の甲斐に代わり指揮代行をしていた鞍馬は内心首をかしげる。
だが、眼鏡の多々羅が何も言わないので、目の前の甲斐達は黙々と習熟に努め続けていた。
「津軽技官、いつまで行うのですか?」
「逆に、いつまでしましょう? そのうち魔力が減ってくると考えていたのですが、皆さん全然元気そうですね。これは驚きだ」
「エッ?」
「いやねえ、普通なら15分ほどで鎧の防御に回す魔力、武装に回せるだけの魔力が減って、撤退行動へと入る動きを訓練させるんです。実際、本国の大鬼の次男坊、三男坊達にはそうさせているんですよ。
でもまあ、皆さん元気いっぱいに手合わせされてて、何と言うか、こう、開発に携わった者としては、冥利に尽きると同時に呆れてしまいます」
「そうでしたか。では端的にご助言させて頂きます。現在装着している4名は、我が大隊の中でも魔力に秀でた者ばかりです。加えて肉体も精神も非常に頑健で、極めて過酷な訓練も難なくこなせる兵士でもあります」
「そのあたりは、本国で事前に説明は受けました。だが予想以上だ。それで、大隊副長さんの見立ててでは、どれくらい動かせそうですか?」
そう問われると、何かを感じ取るようなに目を閉じる。実際、4人の魔力の流れなどを感じ取っていた。
そして数秒すると目を開き、津軽の方へと顔ごと向ける。
「この調子なら、恐らく日が暮れても動いています」
「エ? それは呪具が傷んでしまいかねないなあ。あれはまだ連続稼働時間が短いんです。最大でも1日2時間で終えてもらえるでしょうか。話には聞いていましたが、なんて人達だ」
「通常が15分程度なら、今すぐ終えるという選択肢はありますか?」
「うーん。個人的には、問題ないなら限界までって漠然と考えていたのですが、大隊副長さんの仰る通り一旦止めましょう」
「了解しました。曹長、状況終了を伝達して」
「ハッ」
そうして控えていた曹長が敬礼すると、遠くまで聞こえる胴間声で「状況終了。各員、集合っ!」と伝える。
そして黒母衣と呼ぶ、『浮舟』の技術を応用した軽くなる甲冑の動作確認は終えたが、鞍馬には津軽のつぶやき声が印象的だった。
「蛭子じゃあ規格外すぎて、装備試験や実戦試験の意味が半減だ。だが、最大値は得られるからよしとするか」




