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084 「黒母衣の鎧(1)」

「この兵器は、極西の分裂戦争を最初の契機として開発が始まりました」


 甲斐の3分の2程度の背丈の若いせいかヒゲが薄く眼鏡をかけた多々羅(ドワーフ)が、途中参加した甲斐の理解を超えた言葉を発した。

 ごく僅かに視線を巡らせると、磐城などさっきから説明を聞いていた大隊各員も理解できないと瞳や雰囲気で語っている。理解していそうなのは、雰囲気から見て鞍馬くらいだ。


「随分前ですね」


「ですがあくまで発端。本格化したのは、無煙火薬が量産化され、新型小銃が登場してから。決定的となったのは、10年ほど前に我が国が機関銃を導入してからです。銃器の損害に対抗するため開発されたのです」


「なるほど」


 合いの手を打った甲斐だったが、先に話を聞いていた者達は先に聞いていたらしく「また話すのか」という表情をしている。

 しかし多々羅は甲斐の興味深げな態度に反応する。


「正式名は「四式魔動甲冑」。魔力で動く新時代の甲冑です。古臭い甲冑を一回り大きくしたように見えるでしょうが、一種の乗り物と考えて下さい」


「おっ。流石は大隊長殿。背中の母衣のような背包バックパックには、皆さんが既に運用している『浮舟』と似た原理の呪具マジックアイテムが詰まっています。ですから、皆さんに試験運用を依頼しました。先ほどから説明している皆さんも、この点はよろしいですね?」


 多々羅の言葉に、甲斐以外が頷いたり同意する。だが、説明に加わったばかりの甲斐にはさっぱり分からない。


「つまり甲冑ごと浮き上がると?」


「簡易型なので、装置に触れている物が軽くなる程度の感覚になります。しかも、装置に直接触れたものにしか影響せず、天女の羽衣とはいきません。ですが、この金属の塊を装備した甲冑を着込んでも、軍服に毛が生えた程度にしか感じないでしょう」


「具体的には?」


「『浮舟』も載せすぎると浮かなくなるように、重量制限があります。制限は200キログラム。装備自体が約150なので、着用者の体重などを100と仮定した場合、体感で50になります。全体で200以下にすれば理論上浮くのですが、防御力が不足するのと、試作段階で着用者が上手く動けないと分かり断念しました。文字通り、地に足がつかないというわけです」


「随分と身軽になれるのが、乗り物とおっしゃられる理由ですか?」


「まさに。そして装置に直接つながる部分は装甲を分厚くしてあるので、ある程度の魔力の持ち主なら75ミリ野砲の直撃を受けても戦闘行動可能です。数値上は、ですがね」


「重い甲冑をつけてなお身軽になれるのなら、大砲の弾は避けたいところですね」


「そうする事をお勧めします。砲弾は強い衝撃もありますから。勿論、砲弾の爆風や銃弾について、ある程度は無視して構わないだけの防御力はあります」


「それは頼もしい。それと見たところ、大きさが2種類あるようですが、特定の体型に合わせたものでしょうか?」


「はい。大きく、大鬼デーモン用と他の種族用です。小型のものは、制限が150キログラム程度となります。あと、個々人の体格さなど細かい調整はこの場で行います。また、こちらの小型は本当の試作品になります。大鬼用は既に量産が進んでいますが、多少でも実戦で使った情報が欲しいのです」


「この装備は2種類4揃えのみでしょうか?」


「予備にもう1体ずつ。ですが、4体でも十分な戦力価値はあると算定しています。特に皆様の豊富な魔力なら、短時間は銃弾をものともしないので、文字通りの一騎当千をお約束します」


「ものともしないですか。それよりお聞きしたい事が」


「何なりと。ですが、大隊副長さんから既にかなりご質問を頂きましたし、操作要項にも記せる限りは記載しております。今日は基本概念のご説明と装備方法など初歩的なところと考えております。その範疇はんちゅうならば」


「なるほど。それらをしてなお疑問があれば、また質問させて頂きます」


「はい。後でお聞きしましょう。そういう現場の生の声も聞きたいのです」


 一旦はそう結び、皇立魔導器工廠から来た魔導技官の多々羅は、延々と説明を続けた。

 なお、この多々羅は自分の紹介は一切しなかった。だから鞍馬は一度問いただしていたが、胸の名札を見ればわかるだろうと、何を無駄な事を聞くのだという表情で言葉を返されていた。

 天狗エルフと多々羅の不仲を現すような情景だが、甲斐や他に対しても同様なので、この多々羅の性分なのだと甲斐は諦めた。

 ちなみに名札には、津軽とあった。



 そしてその夜、宿の談話室で何冊か用意された操作要項を甲斐達は読み込む羽目になった。

 勿論だが、指揮官率先で新装備を試す為だ。


「これ、深く読む意味あるのか?」


「自分も、あれは感覚的に使いこなせそうな気がします」


「書いていることも説明的で回りくどいだけで、本当に必要な事だけ記せば半分の文章量になりそうですね」


「でもさ、絵が一杯だよ。しかもやたらと細かいし、写真みたいに正確だし、これ描た人、絵の才能あるよね」


 甲斐が放り出した妙に分厚い操作要項を、朧が面白そうにパラパラとめくる。

 磐城が放り出した本を手に取った鞍馬だが、彼女は既に読んでいたからか、それ以上読む気は無さそうだった。

 そして別の机では、習熟に参加する第2中隊長のアラシと第3中隊長の不知火シラヌイが、操作要項にそれぞれの態度で取り組んでいた。


 まずは各中隊長が使って確かめ、その後適任者を選出するという建前の為だ。建前が必要なのは、まずは指揮官率先を示す必要があると大隊幹部の間で結論されたからであった。

 しかし、『浮舟』はともかく甲冑には、それぞれ疑問を多く持っていた。

 それを代表したように朧が愚痴る。


「でもさあ、あんな時代錯誤の甲冑が役に立つの? 大型の銃弾撃ち込み続けたら、鎧は潰せなくても中の人が耐えられないでしょ」


「だからある程度は避ける前提なんだろ。その為の『浮舟』と同じ仕掛けを積むわけだし。なあ磐城、お前なら朧の銃弾をあの鎧付きで何発耐えらえる?」


「書かれている数字通りなら、急所でないなら2、30発は大丈夫かと。50発なら怪しいですな」


「エッ? そんなに耐えられるの?」


「普通の銃弾なら何発でも平気だぞ。自前だけでも急所以外は平気だし、外殻防御の術もあるからな」


「うへーっ。流石は『鉄壁』」


「でも、磐城ほどの魔力と防御力の持ち主は、大隊の中でも数名。普通の大鬼は何発もとはいかないし、魔力が持たないでしょうね」


「そうだな。だが『天賦』なら、術で鎧以上の護りは出来るだろ?」


「数字上では、戦艦の砲弾でも弾けます。ですがそこまで強固な術だと咄嗟は無理ですし、柔軟性に欠けます。この鎧も明らかに大鬼用です。他の種族用は、今のところかもしれませんが試験用か運用情報を得る為の試作品でしょう。実物を見た限り、作りも繊細でした」


「ホント、僕らって実験台だよね。しかも戦場での」


「我が国が本格的な戦争をするのが40年ぶりな上に、こんな正面きっての戦争は殆ど経験がないせいだろう」


「その上、近代科学技術、魔法技術、さらには両者を掛け合わせた複合技術、それぞれの発展が近年特に著しいですからね」


「うん。しかもアキツ政府は、この戦争でどれだけ散財をしてでも勝つ気だ。加速度的に発展するぞ」


 甲斐の何か確信めいた強い言葉に、半ば雑談に興じていた磐城、朧と、それに周りにいた数名が顔を向ける。

 ただ鞍馬は、少し目を細めただけだった。

 そしてそれで甲斐も察する。


「……まあ、南鳳財閥が全面協力しているのがその証拠だと思う。この甲冑だって、量産は魔導器工廠では無理だろうからな」


 その言葉で納得する雰囲気になった。




 その後、宿の近くで二人きりになった短い時間に鞍馬が甲斐の頭を軽く小突く。


「雲の上が見えてもいない者の憶測に過ぎない言葉を、部下の前で軽々しく言わないの」


「はい、失言でした」


「そうよ。でも、私達は高級将校相当の教育を受けているだけで、正規の士官学校も軍大学も行ってないから、つい迂闊な言葉が出るのは仕方ないとは思うんだけどね」


「ええ。でもそれは言い訳ですよ。内に対しては部下を危険に晒し、外に対しては自らの愚かさを晒す事になりかねません。釘を刺してくれてありがとう御座いました」


「大隊副長としての努めよ。でも、単に個人として力を使うだけで良いなら楽なのにね」


「僕らは一応宮仕えで、今は近代科学文明の時代です。英雄が活躍するおとぎ話は遠くになりにけり、ですよ」


 そう言いつつ、昔に想いを馳せるように二人して夜空を見上げた。


 

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