083 「新装備受領」
千々原到着の翌日、甲斐達が郊外の指定された軍の施設に赴くと、2種類の新兵器がそれぞれ複数運び込まれていた。
そこは敷地を示す木の柵すらなく、かなりの大きさの倉庫が並び、他は木造平屋建ての管理棟、宿舎が数棟並んでいるだけ。
門に衛兵はいるが、他に軍の施設という雰囲気はない。
ただし広場は、目の前の新兵器を並べるだけに使うには、かなりの広さがある。
また、敷地内の端には鉄道の引込み線があり、そこで装備の積み込みもできる。さらに郊外へと伸びる整備されたばかりの広めの道が続いている。
しかしここを使うのは第1大隊だけ。第2大隊は別の場所で甲斐達と同じような事をしている筈だった。
ただ、目の前の新兵器は、甲斐達にとって問題だった。
ゆっくり歩きつつ見学するも、説明する者がまだなのもあって何となく通り過ぎてしまった。
「なんですかね、あれは?」
「こっちは『浮舟』の改修型だな。あっちは大隊副長なら何か知っているかもしれない。まあ、皇立魔導器工廠か南鳳財閥から出向してきている者がいるだろ」
磐城のもっともな質問に甲斐は答えたが、目の前の新兵器の詳細を説明するべき人は鞍馬達が管理棟に出迎えに行っているところだった。
このため、目の前に並ぶ新兵器もしくは新装備の、少なくとも片方は謎の道具でしかなかった。
一方で『浮舟』の改修型は、見れば分かる姿をしていた。
「それにしてもこの『浮舟』、なんと言いますか」
「戦闘用だな。あの輪っかの台座に乗っているのは機関銃だ」
「要塞で見たのと少し違いますな」
「だが銃身などは同じだ。積み込めるようにした改造型かな。完全に固定されているように見えるから、積むのではなく装備するとでも表現するべきなのか?」
「搭載って言うんだよ」
『浮舟』について談義していたら二人が振り向くと、そこには鞍馬が連れて来た見覚えのある真っ白な天狗がいた。
「これは白の君。ご無沙汰しています。ところで搭載と言うと、軍艦などで使う言葉ですよね。これも『舟』だからですか?」
「うん、久しぶり。専門的な事は知らないけど、うちで作ったものはそうしろというのが、玲華様のお言葉」
「つまり南鳳財閥の総支配人が命名されたと?」
「違うよ。まあ、そう言うものだと思っておいて。それよりどうかな。この2ヶ月で出来る限り弄ったんだけど」
「要目を頂いておりませんし、まだこうして見ているだけなので何とも。機関銃を搭載する以外にも改良点があるんですね」
「車体、いや、船体か。船体の前面は5ミリだけど魔鋼を張ってある。君らの魔力だったら、たいていの砲弾は弾けるよ。機関銃が後ろについてるのは、前面装甲との重量配分を考えて。それと制動装置、と言っても排土板に似た鉄の板切れみたいなもんだけど、それもつけた。前に話した機械式の動力装置は、あと半年か一年くらい待って」
そう言いつつ、白の君は目の前の新しい『浮舟』を手で軽く叩く。
「なるほど。やはり戦闘用ですか」
「どうだろうね。これも臨時措置みたいなもの。前以外は薄いから、撃ち合いにこれで突っ込んだら駄目だよ。まあ君らだったら、撃たれても平気なんだろうけど」
「では武装の意味は?」
「機関銃は結構重いから、それならいっそ載せようってだけ。簡単に取り外しも出来るよ。だから撃ち合いの時は、取り外して使うか『浮舟』ごと穴や土塁に隠れて」
「了解しました。ですが、敵から逃げる時は移動しながら弾をばら撒けそうですね。牽制に有効かもしれません」
「うん。そういう現場での使い方は、そっちで考えてちょうだい。こっちは作るのが仕事で、使うのはそっちの領分だからね。今までの運用報告書も随分と役に立ったよ。ありがと」
「とんでもありません。移動、輸送、野営地設営と幅広く非常に有効な装備です」
「うん。でも、司令部舟だっけ? 装甲型は失敗だったね。だからこの兵員用と一緒に代わりのやつ持って来たから」
「あちらですね。見た目はあまり変化ないようですが」
「でも、装甲は殆どしてないから軽いし、移動は楽になってる筈。それに野戦司令部として使えるよう、細々と手を入れてるよ。ただ重要性は増したから、何かあったら最優先で徹底的に破壊する事。その為の爆薬も用意したから」
「了解です。破壊を優先するのは、新型の浮遊装置でしょうか?」
「新型の浮遊装置はあっちの鎧。『母衣型』魔動甲冑」
指差した先には、かなり厳つく大柄なアキツ風の甲冑としか言いようのない装備が数体並べられている。
黒光りしているのは、魔鋼で出来ているからだと甲斐は目星を付ける。
「確かに見た目は甲冑だし、言われて見れば後ろの丸いものは武士の時代の母衣に似ていますね」
「うん。でも、あっちの説明は、南鳳じゃなくて魔導器工廠がするから」
「皇立魔導器工廠が?」
「うん。あそこで作ったって。大隊副長さんが説明受けているでしょ。でも、多分、大鬼の人も聞いといた方がいいよ。体格制限がある代物らしいから」
「そうですか。では自分はあちらを聞いてきます」
「頼む、磐城。それで、この『浮舟』で破壊を最優先する装備は何ですか? 機密度の高い兵器ですよね」
『浮舟』の端の方へと白の君と甲斐、それに説明をし出したので集まった数名が司令部用の『浮舟』へと近づく。
ただ一見したところ、外観からは新兵器らしきものは見えない。ただし、天井から伸びる細い鉄塔が立っていた。
そして白の君は、そのまま『浮舟』の後部出入り口から船内へと入っていく。中はまだ照明などないが、白の君がすぐに術を用いて周囲を明るくする。非常に手慣れた術の使い方だ。
「新兵器はあれね。何かあった時に壊すのもあれ」
「呪具ではなく、何かの機械ですか?」
指差した先には箪笥ほどの大きさの箱型の機械と、その横に小さな机と椅子。その机の上にも機械と何かの線で繋がった道具が置かれている。
「あれは『念話』を応用した通話型の無線通信装置。この『浮舟』の天井に白銀の棒が伸びてたでしょ。あれで送受信するんだよ。今の所、同じ装置同士じゃないと通信は不可能。魔法じゃないからね。
有効距離は、空中線と呼んでいる上に伸びる棒の高さにもよるけど、理屈の上では100キロメートルくらい。山岳要塞に設置された同じ装置とだと、300キロメートルくらいまで届く性能はあるよ」
「300キロ! 機械式ですか?」
「半分機械、半分魔法。電気と勾玉の両方が動力源。だから電気を蓄える充電池も付いてる。アルビオンが発明したのを、アキツ海軍が総力あげて開発してたけど、そのおこぼれってところだね。この前の海での追いかけっこで、電信型の無線装置と合わせて随分と役に立ったそうだよ。
ただ、見ての通りこの大きさで鉄塔と空中線がいるから、人が持ち歩くのは無理。それに振動や衝撃にも弱いから固定配置が基本だね。今回のは移動型の初期型で、これでも随分と小型化したんだよ。それに値段が凄く高い。だから大事に使って、出来れば無傷で持って帰ってきてね」
「はい。最善を尽くします」
「うん。蛭子の人達だから大丈夫とは思うけど、よろしく。それと、この道具は魔力が少ない人でも使えるから、機械が得意な人、耳の良い人を何人か選んで。そっちの総隊長さんが選んで訓練した人も着ているけど、もう何人か予備が欲しいから、うちの技師が操作法を教えるよ」
「全員に対してではないんですね」
「専門技術がいるし、魔術ほどじゃないけど覚えるのは結構面倒だからね。それに、道具もこれ1つだし」
「了解しました。それにしても、この中も一層それらしくなりましたね」
「海に浮かぶ船も参考にしたけど、隊長さんの報告書も反映してあるから、使い勝手は良い筈だよ」
「これからまた平原での長期任務予定なので助かります」
「うん。他にも、野営用の炊事道具なんかも色々と改良したやつを持ってきたから、入れ替えたり追加で積み込むよ。それと、あの鎧を運ぶ関係で『浮舟』をもう2台追加で。ただし、兵員輸送用の今使ってるやつはこっちで引き取るから」
「本国に戻して同様の改装ですか?」
「うん。欲しがる部隊が多くてね。作ってはいるけど、全然足りないんだよ」
「他に装備している部隊もあるんですね」
「便利なのが分かってきたからね」
それ以上は知らないのか話せないのか、白の君ははぐらかすのを甲斐は感じたが、さらに追求するべきでない視線を別の方へと向ける。
「あちらは、どうなんでしょうかね?」
「試作品って聞いてる。開発した人は、深い緑か赤。それとも、白地に青、赤、黄の派手な宣伝用の色にしたいって」
「深い緑か赤は、夜間の視認を困難にする為でしょうか? 白地の方は大鬼の肌の色でもありませんよね。そもそも極秘開発と聞いています。それなのに宣伝用というのも解せません」
「単に開発者の願望なんじゃないかな。それより、そろそろあっちの説明を聞いた方が良いかもね。こっちは説明する事は、今話したくらいだから」
「そのようですね。うちの大隊副長も呼んでいるようです。それでは失礼します」
鞍馬の視線を感じた甲斐は、そういって言葉を結び敬礼をすると丸い何かを背負った黒光する甲冑としか言えない新装備の方へと向かった。
妙な事を言っているキャラがいますが、別に転生者ではありません。
以前登場したキャラも同様です。
先進文明の知識、記録を何らかの方法で知っているだけです。
多分。