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082 「千々原の街にて」

 北北東へと伸びる路線に入った汽車は、やがてほぼ真北を進むと千々原の街の中心にある駅へと入っていく。

 そして鞍馬が予測した通り、その先にも真新しい線路が遠くへと伸びていた。


 そこは街の中心部だが、街の人口は1万人程度。昔から周辺の遊牧民族の中心として発展してきたが、アキツの勢力圏となってからも発展したこの辺りで最も大きな街だ。


 だが、黒竜平原の北東部にある春浜から大黒竜山脈中央へと真っ直ぐ伸びる鉄道から、少し離れた場所にある。千々原は、その名の通り河川の側で発展したからだ。

 このため、鉄道の時代、アキツの統治時代になって以後は、いまひとつ発展が遅れていた。


 それでも開発はアキツ政府の肝いりで行われている。

 主な理由は、タルタリア帝国の極東進出が強まった事に対する対抗上のため。

 黒竜地域北部の防衛力強化が目的だった。

 アキツ政府は、蒸気牽引車トラクターなど大規模な機械の導入による農業開発に力を入れていた。

 それでも開発は南部が中心で、千々原とその周辺は昔ながらの放牧だけが行われる平原もしくは荒地がまだまだ広がっていた。


「周辺の農地は少なかったですし、駅舎も周辺の街並みもここ最近開発したり建てたばかりですな。駅前の道なんて、西方で流行りの放射状だ」


 大幅に拡張された真新しい駅に降りると、大隊長の甲斐はやや手持ち無沙汰な第1中隊長の磐城と半ば駄弁っていた。

 諸々は大隊副長の鞍馬と第四中隊がするので、少し時間が出来た形だ。

 それでも大隊長の甲斐は、目立つ場所に立って部隊の兵達を眺める事で多少は指揮官らしく振舞わなければならなかった。


「だが建物はどれもアキツ風。煉瓦造りも多いし、思っていた以上に立派、と言うか本格的だな。しかもかなり前から作っていた感じだ」


「今回の宿も、駅近くの立派なやつだと聞いとりますが?」


「僕も詳しくは知らない。地図はもらって大隊副長に渡してある。曹長が諸々の手続きなどもするだろ。そこで寝泊まりしながら、新装備の受領と習熟を行う」


「受領と習熟は、郊外かどこかでしょうか?」


「現地で聞けとのことだ。詳しい内容を大隅大将はご存知なかった。周防大将か我らが村雨総隊長が送って来た者が知っているらしい」


「やはり追加の『浮舟』でしょうかね?」


「来る時の白の君の話から推測するに、2ヶ月で新型が出来るとも思えない。大隊副長は、皇立魔導器工廠で作っている新兵器ではないかと見ている」


「そういえば、大隊副長は竜都にいる間に方々に駆け回っておられましたなあ」


「書類に埋もれていた僕の代わりにな。だから意地悪して、僕には予想した内容のものを教えてくれなかった」


「それは相変わらず仲のよろしい事で」


「仲が良いついでに教えてやろう。僕が指揮官率先での習熟を約束させられているんだ。誰にも話すなよ」


「助け舟を出してくれという事でしたら、期待せんで下さい。自分は不器用ですから。それに大隊長の『凡夫』の二つ名は、名前だけではありませんよ。何でもすぐに習熟し、誰よりも上手くなる。最初に習熟するには向いとります」


「それは『天賦』だろ。いつも僕より早く使いこなす」


「『天賦』の場合は飲み込みも上達も天下一品の早さですが、手本にはならんのですよ。天賦の才だけに。でも大隊長は、皆の手本にもなるんです。『浮舟』もそうでした」


「へーっ、それは初耳。『天賦』は、僕にとって手本だったんだがな。もっと早く、この手の話を磐城や村雨さんとしとくんだった」


「まあ、大隊長が二つ名通りなのもあるんでしょうが、村雨旅団長は人を良く見られてますよ」


「良く見ているねえ。そういえば、話したかな? 僕は蛭子の最後の発作が出たのが、10を超えた頃と遅くてな。しかもそれまでは味噌っ滓で、それもあって村雨さんから『凡夫』って付けられたんだ。あのひと流には、上を目指せって僕にハッパをかけるつもりで」


「発作がそんなに遅くまで。ですが、見た目と実力の差を現した二つ名だとばかり」


「磐城との付き合いも、僕が中等部に上がってからだからな。子供の頃の僕は蛭子のくせに魔力も低く、何をやっても平凡かそれ以下。でも、一つ上の綺麗なお姉さんが妙に面倒を見てくれてな。多分、駄目な奴を放って置けなかったんだろ。面倒見がいいから。

 ただそのお姉さんと違って、僕には天賦の才はない。しかも子供の頃の僕は魔力が全然足りない。だから、技術で補う癖がついたんだろうな。しかもお姉さんにお小言を言われない為、なるべく最短で効率の良い道を見つける癖が」


「なるほどねえ。人に歴史ありですな。『天賦』には?」


「何度も呆れられた。そのあと見返したら、今度は拗ねられた。でも魔術は3級止まりだから、今でも自慢されている」


「ハハハッ。それは羨ましい限りで。おっと、そろそろ雑談も終わりのようですな。続きは酒の席ででも」


 磐城の言葉と共に二人が視線を向けると、話題のお姉さんが一仕事終えて報告の為に近づいて来るところだった。




「飯良し! 酒良し! 風呂良し! 寝床良し! この寝心地、何なら生まれてから一番豪華かも?! これってアルビオンのお貴族様が寝るようなやつだよね」


「どうかしら。でもこの宿、南鳳財閥の資本が入っていて、戦争に合わせて将校用に増築したんですって。それでも今回は、下士官は別の宿の大部屋で高級将校も全員個室とはいかなかったけど」


 アルビオン様式の豪華な客室で、浴衣姿で朧と鞍馬がくつろぐ。朧に至っては、前線ではこうはいかないとばかりに、無防備に寝床に大の字になって寝転んでいた。

 その朧が寝ながら首ごと、安楽椅子に優雅と言える仕草で腰かける鞍馬に向ける。


「そうなんだ。と言う事は、新装備も南鳳がらみなんだろうね。ところでさあ鞍馬、甲斐と一緒の部屋でなくて良かったの?」


「何を突然言い出すの。男女別の部屋割りでしょ」


 いきなりの言葉だったが、鞍馬は生娘のように焦ったりせず半目がちに朧へと強めの視線を向ける。


「僕は別に吉野と一緒でも平気だったのに。勿論、何もしないけど」


「私達は何かすると言うの?」


「いや、まあ、そこは好きにしたら。僕も二人の仲はそれなりに知ってるし、応援もするよ」


 その言葉を聞きつつ鞍馬は朧をしばらく見つめ、そして逸らすと軽く溜息をつく。


「気遣いどうも。でも、多少後方に下がったとは言っても任務中よ。それに軍規や風紀ってものがあるでしょう。上が乱してどうするのよ」


「下は結構自由にしているみたいだよ。それに女はそれでもいいだろうけど、男は生理現象があるから可哀想じゃない? この街、まだ花街がないし」


「……朧でもそういう事、気にするのね」


「ヒドッ! 僕だってもう子供じゃないのに」


「へーっ。お相手は大隊の誰かとか?」


「ううん。今のところは独り身ー」


 言いつつ寝床の上を転がる。鞍馬には、朧が恋愛などでの価値観はかなり違いそうだと思えた。


「朧は自由ね」


「鞍馬と甲斐が真面目過ぎるんだよ。まあ、こういうのは人それぞれなんだろうけど」


「だからじゃないけど、気遣いもいらないわよ。それと、ありがとう」


「どう致しまして」


「まあ、男女の話以前に今日は寝ましょう。ゆっくり寝たいし、疲れを取るのも任務のうちよ」


「はーい。ここを発ったら、また荒野だもんねー」

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