表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/149

007 「間諜の掃討」

「さてどうする『魔眼』? 樹林の中では得意な狙撃は難しいだろ。自分が全員を潰して構わないか?」


「僕の分を取らないでよ。距離が近ければ、走りながらでも楽勝だって」


 軽口を叩きつつ、常人にはあり得ない動きで二人は針葉樹林の合間を疾走する。その動きに迷いはなく、最短距離で目標を追っていた。


「それより、あっちは見つけられてるかな?」


「この距離で『天賦』の捜索の術から逃れられる者はいない。自分の心配をしたらどうだ」


「そうなんだよねー。僕、目は良いけど、耳と鼻はそれほどでもないからなあ。それよりさ、あの二人ってどういう関係? 気をぬいた時の距離感が近いよね」


「『凡夫』と『天賦』は、子供の頃の蛭子の学園と訓練所が一年違い。『天賦』が先輩に当たる。配属後も一緒の事が多かったらしい」


「もう一声」


 朧がそこまで言うと、磐城は軽くため息をつく。


「『魔眼』も気づいている通り、男女の色々なやつだ」


「ありがとう。やっぱり『鉄壁』は前から知ってたんだ」


「自分は訓練所で『凡夫』の訓練教官を勤めていたからな。それに私的な時に二人が仲良くしているのは、蛭子衆でも多くが知っている」


「そうなんだ。僕が外の出身だから知らないだけか。訓練学校とかで『天賦』の噂は幾らでも聞いたけど、『凡夫』って蛭子衆に入ってしばらくしてから知ったんだよね」


「その割には懐いているな」


「僕を認めて可愛がってくれるのって、幹部の中でも甲斐さん、じゃなくて『凡夫』くらいだからね。あ、『鉄壁』もね。『天賦』は良い人なんだけど、ちょっと厳しいんだよなあ。……そういえばさ、『鉄壁』はなんで『凡夫』の下についてるの? 十分強いのに」


「『凡夫』にぐうの音も出ない程負けてから、自分はあの人の下につくと心に決めた。それよりも『魔眼』、自慢のその目でちゃんと探してくれよ。自分は探すのは苦手だ」


「もう見つけてるって。ホラあそこ」


 そう指差した先は、緩やかな山の斜面があるだけ。雪化粧した針葉樹林に覆われていて、磐城にはそれ以外は何も分からない。


「だからあそこだって。もうすぐ銃声が聞こえるよ。……ホラね」


 朧が言った通り、数発の銃声が少し遠くから聞こえてくる。


「警備隊でケリが付きそうか?」


「無理じゃないかなあ。狩人が徒歩で獲物は騎馬だし」


「こっちはオーガだけか?」


「足の速い半獣セリアンが何人か回り込んでるけど、連携がなってないなあ。それにまだ距離があるから、僕がここから撃っても何人か逃しそう」


「なら回り込むか。案内頼む」


「リョーカイ。遅れないでね」



 そうして数分経ったとある場所で、騎乗で逃げる集団の真横を猛烈な塊が通り過ぎる。

 塊の直撃を受けたのは先頭を進んでいた騎馬。ただし、通り過ぎた後の馬に乗っていた者は、肩から上が無くなっていた。そして馬が数歩駆けたところで、残った体が無造作に地面へと落ちる。


「ヒッ!」


 一瞬、一部の者が悲鳴をあげたが、訓練されているらしく動きが止まる事はない。立ち止まる事なく、一気に駆け抜けようとする。

 だがその眼前に、熊のように大きな人影が姿を見せる。フードを深くかぶっているので、その風貌を見る事は出来ないが、その大男が理不尽な暴力を振るった相手だと誰もが理解するだけの説得力を持っていた。

 その為、馬が怯えて仰け反り急停止してしまう。それでも騎馬の男達は、相手が姿を見せた事で冷静さを取り戻す。

 そして急停止で馬で押しつぶす事が難しいと判断すると、別の手段へと素早く切り替えた。


「撃て!」


 指揮官らしき命令一下、大男が動き出す前に既に手にしていた小銃を、外すはずのない距離から一斉に撃ち込む。

 しかし、騎馬の男達が望んだ情景にはならなかった。

 撃たれた5発ほどの銃弾は、距離が近いこともあって全弾命中したのだが、その大男は微動だにしていなかった。

 それどころか、フードの下から歯を見せて笑いかけてすらきた。


「撃て! 撃て!」


 何発も打ち込めば、この辺りにもいる大熊すら簡単に打ち倒せるという考えと、相手が人なら魔力を持つ亜人デミでも小銃は防ぎきれないという知識が、半ば反射的に射撃を命令させ、銃撃を続行させる。

 だが何発命中しようとも、急所を狙おうとも、前に立ちふさがった大男は岩や壁のように揺るがなかった。それどころか、冷静になって見ると銃弾を弾いているのが見えた。


 そうして騎馬の男達が、小銃に装填そうてんされていた5発の銃弾を撃ち尽くして次の銃弾を装填しようとしたところで、大男が笑みをやめて口を開く。


「細い銃弾。それに5連発か。新型の小銃も大したことないな」


 その言葉の終わりと共に轟音が起き、意識する暇なく号令をしていた隊長らしき男が乗っていた馬の上から姿を消す。

 そして次の瞬間、大男の巨大な手と地面の間で赤黒く潰されていた。

 大男はすぐにも次の動きが出来ただろうが、あえて顔を上げて残りの騎馬を見る。しかも激しい動きで顔が露わになり、緑の肌がさらけ出されていた。


悪魔デーモンだ! 逃げろ!」


 誰いうともなく叫ぶと、それでも巧みに馬を操り、悪魔と名指しした大男から少しでも距離を置くべく元来た道を引き返そうとする。

 だが今度は、最後尾の騎馬の男が前触れもなく馬上から崩れ落ちる。


 音もなく、生き残りの2名は一瞬何が起きたのか戸惑うが、少し遅れて遅れて音がやってきて理解した。

 遠くから正確な銃撃を受けたのだと。

 しかし理解したところで、その後の何かが変わる訳ではなかった。1人は大男の腕に吹き飛ばされ、もう一人は次の銃弾をこめかみに受け絶命したからだ。




 一方その少し前、隊長の甲斐と鞍馬も行動を開始していた。

 鞍馬は移動しつつ懐から数枚の呪符を取り出すと、撒くように近場に落とす。

 するとふだの1枚1枚から魔力の反応が現れ、最初は何か不定形な影だったものが徐々に形を成して、大型の犬もしくは狼の影の姿を取る。


「只人の息吹を追いなさい」


 影の犬達は鞍馬のその言葉を聞くと、滑るように、まさに影が動くかのように周囲へと散っていった。


「あの式神サーヴァント達に処理させるんですか?」


「任務中です。一応体裁を取り繕われては?」


「誰もいないし、僕が堅苦しいのが苦手なの知ってるでしょ。それで?」


「あの子達は、魔力を極力抑えた捜索専用。向こうは魔力を感知する護符アミュレット持ちだもの。軽く叩いただけで消えるような影よ。ずぼらしないで、自分で仕事しなさい」


「やっぱりそうか。じゃあ後を追いかけましょう」



 そうして追跡行を行い、あと数キロメートルで国境、タルタリア側に至ろうという辺りで、鞍馬の式神が目標を完全に捉えた。


「数は6人。いずれも徒歩。気付かれた気配なし。周囲に他の集団なし。3キロほど後方に友軍の追跡隊の一部が展開。しかし別方向に進行中」


「やっぱり馬を捨てたのか。それで友軍は複数方向の馬の匂いだけ追ったりして、戸惑わされたんだな。友軍は捕捉出来そうか?」


「我々が報せれば。ですが足の速い半獣は少なそうですし、かなり難しいでしょう」


「なら、僕らの仕事だな。かかるぞ」


「私だけでも事足りますが?」


「僕だけでもな。僕らは回り込めそうか?」


「十分に。式神も使って牽制すれば、もっと楽に」


「楽にね。国境に近いなら、向こうから誰かが見ているかもしれない。手の内は可能な限り伏せて仕留めましょう」


「了解。それと口調に気をつけて。気が削がれます」


「悪い。では、接近して短時間で仕留める。僕が主で君が従だ。僕が討ち漏らした分は頼む」


「了解しました隊長」


 互いに任務の時の無面目となり、すぐにも動き始めた。




「商談成立した筈だったんだがな」


 その数分後、甲斐と鞍馬は死体を見下ろしていた。

 二人の周辺には、同じように一撃で倒れ伏した死体が何体か横たわってもいた。

 全て二人がほぼ一瞬で殺した死体達だ。その証拠とばかりに、鞍馬が死体に刺さった札を回収している。

 また、甲斐の右手には普段は腰に下げている刀が握られていた。死体の方も、首と胴が離れているものがあった。

 その刀の刀身は緋色の輝きを放っており、尋常のものではない事も伝えていた。


 恐らく倒された全員が、二週間前に出会った者が相手だったとは気づかなかっただろう。それどころか、襲撃されたと理解する時間があったのかも怪しい。

 魔力のない只人ヒューマンと、魔人や亜人の中でも飛び抜けた魔力を持つと言われる蛭子では、こうした少数での戦いにおいて決定的と言える以上の力の差があった。


「義理は前回果たしたのでしょう」


「そうだな。単なる巡り合わせだろう」


 口にした言葉のように甲斐の言葉は淡々としているし、鞍馬の態度も同様だ。

 彼らは様々な意味で戦い慣れていた。


「ただの偶然ですよ。それよりまだ残っています。彼らの迎えの者達でしょう。3時の方向、数8。距離約3000」


「了解。何かを考えるのは、全部片付けた後にしよう」


「はい」


 その言葉が終わるやいなや、二人の姿は風の音と共に消え去った。



 そうして、極東の国アキツ国は北の僻地での貴重な情報を入手し、一方の北の大国タルタリア帝国は間諜スパイに大きな犠牲を出すも何も得られなかった。

 今までも少数による潜入、越境も失敗していたので今回の出迎えまで用意した作戦だったが、結局は実を結ばなかった事になる。

 そして水面下の出来事で、さらに情報伝達手段がまだまだ未発達な時代なので、アキツ側は情報を出すことはなかった。

 だからアキツ側は、今回の一件はこれで終わりと考えた。


 だがその後、タルタリア側は自国民がアキツの勢力圏に迷い込んだだけなのに殺害された恐れがあると発表。

 この一件をタルタリアは『誤って迷い込んだタルタリアの民を、アキツの国境警備隊が殺害した』とアキツを強く非難し、アキツはタルタリアが多数の間諜を領内に潜入させたと発表せざるを得なくなる。

 それでもアキツは、タルタリアの強硬姿勢はここ最近では「いつものこと」と扱い、あまり深刻に捉えていなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ