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077 「敵将到着」

 竜歴二九〇四年五月中旬



「北側に威力偵察に出した2個大隊が殲滅された?」


 タルタリア陸軍サハ第一軍団は、小さな混乱が起きていた。

 司令官のキンダ大将も例外ではない。しかし、逆に報告をあげた参謀長のストーイキイ中将は冷静だった。何しろ彼は、今のキンダ大将のように先に混乱した後だったからだ。

 そして司令部用に使っている小屋の中には、司令官と参謀長しかいない。キンダ大将も、この混乱以後は平静となるだろう。そうさせる為に、二人だけの時に報告をした。


「正確には、敵の山岳要塞前哨地域の北側、敵陣地が確認できない谷間を中心に威力偵察した連隊のうち、投入された2個歩兵大隊が現時点で生存者殆どなしという状況です。特に片方の大隊は、一人も戻っていません。情報は一切なく、行方不明状態です。このため、連隊の残り半数の投入は中止しました」


「まるで平原での騎兵第2旅団のようだな。片方の大隊の状況は?」


「現時点での生存者は、確認される限りでは約50名。それも個々に逃げ戻る状態で、軍隊の体をなしておりません。将校の生存者は少尉が1名。ただし、左腕を失う重傷な上に酷く錯乱しており、化け物の群れに突然襲われたなどと、訳のわからない事をうわ言のように言うだけ。他の生還した兵士についても似たようなものです。

 ですが唯一、生還した下士官が多少まともな報告を上げてきました」


「まともか。期待しても良いのか?」


「他の証言よりは。下士官の報告では、最初に遠距離から狙撃を受け各隊長の大半が戦死。その後、遠距離からの狙撃と魔術と思われる攻撃で大隊は混乱。そして指揮系統を失った影響で、各個に後退を開始。さらにその後、部隊として機能しない状態で、来た道を後退中に左右から中隊規模の銃撃を受けました」


「相手が何だったかはともかく、引き込まれ、待ち伏せされていたということか。それ以上は?」


「はい。こちらが半数程度に減ると白兵突撃を仕掛け、部隊は消滅。白兵戦を仕掛けた兵士達は常人ではありえない動きで、手に手に赤く光る刃や槍を手に熱い小刀ナイフで牛酪 (バター)を切るように人を切り倒していったと。特に」


「それ以上がいるのか? ドラゴンでも出たか?」


「いえ、大鬼デーモン獣人ビーストがいたとは報告しておりますが、そうした魔人デーモンと恐らく指揮官と思われる数名の将校が特に猛威を振るっていたと。なお、報告した下士官ですが」


「分かっている。休ませて、いや、生還者全員を何か適当な理由をつけて、どこか賑やかな街に後送してやれ。女のいるところが良いだろう。しばらくは、使い物にもならんだろうからな」


 「ハッ」。参謀長は短く返すが、その態度には司令官への敬意があった。しかも報告した下士官は、再び同じ前線、彼の言う地獄に戻されるくらいなら、不名誉でも構わないので銃殺を希望するとまで言っていたからだ。


「なお、下士官の報告では、襲撃までに調べた道は小型の馬車2台がすれ違うのがやっと。大軍による行軍には不適。その先の山間部は、針葉樹林で視界は悪く戦闘には不向き。とのことです」


「フム。ではその悪魔デーモンどもは、何を守っている?」


「不明です。ですが、道が要塞の後ろに続いていると考えるのが妥当でしょう。開戦前の調査では、山脈を抜ける山道が通っています」


「そしてアキツ軍は、少数であっても敵に回り込まれたくない、という事か」


「少なくとも東側の山岳要塞は、一部かも知れませんが未完成なのかもしれません。それすら見られたくないので、手前で迎撃した可能性が高いかと」


 参謀長と同じ結論に達したのだが、キンダ大将はそこでさらに思考にふけった。


「……だが、腑に落ちん。片方を殲滅した悪魔どもの力なら、一人も帰さない事も出来ただろう。なぜ、少数だけ見逃すような真似をした?」


「襲ったのが違う部隊の可能性が最も高くあります。同じ部隊だった場合、片方だけ返したのは、こちらに恐怖や誤情報を与え要塞を正面からの攻撃を促す、といった事を狙っているのかもしれません」


「その可能性もあるだろう。だが、情報が少なすぎる。それにだ、北の道が細く大軍を通せない。小銃弾幕を形成できるほどの部隊の展開も無理。要塞が未完成で隙があるとしても、その悪魔どもには太刀打ちできまい。故に、少なくとも私に指揮権がある間は、北側への深入りは避ける。いいな」


「ハッ、了解です。北側に鉄道が通せないのも分かっておりますので、妥当なご判断かと」


「だがなストーイキイ、敵が我々にそう思わせたいのかもしれない。とはいえ、2000もの兵を無為に死なせてしまい、それ以上の一度の兵の投入は難しい。これでは調べようがない。平原でも、サハ騎兵第2旅団の2000の騎兵は未だ行方知れず。補給で雇った1000騎もだ」


「はい。アキツとの戦いは、今までのスタニアの亜人デミ相手とは全く違うと考えねばなりません」


「そうだ。だから余計な事は考えず、銃兵を並べ砲列を敷き、鉄量で正面から要塞を攻略する。相手の手に乗せられるとどうなるか、分かっただけでも今回は良しとする」


「はい。ですが、要塞はともかく、我らの任務でもある偵察ができないのが問題ですね」


「時間を惜しみ分散して偵察したとはいえ、騎兵が1個旅団丸々行方不明。殲滅出来る敵戦力が、主街道の南北にいる。特に南側にな。それらが補給路となる主街道で攻撃や妨害をする可能性を考えねばならない」


「はい。既に、第1騎兵旅団と後から来た1個軍団2個師団と共に警備に回しました。重砲は回せませんでしたが、少数での劣勢を補うために主な拠点の防衛には機関銃も回しました」


「うむ。境界線から山岳要塞外縁まで、240キロもある。騎兵による巡回と連絡は必須だ。現時点で偵察に回す余裕はない。平原での偵察の方は、要請した騎兵師団が到着したら師団単位で行う」


「はい。今までは銃砲による弾幕が形成できない上に、各個撃破されたのが撃破された原因です」


「騎兵中隊や歩兵大隊が簡単に各個撃破されるというのは、頭が痛いがな。一体、悪魔の精鋭どもの実際の規模、戦力はどの程度なのだ? 要塞の方が最低でも中隊規模と推定されたが、平原ではいまだ不明だ」


「将兵達も、平原には何か得体の知れない魔物がいると噂しております」


「おかげで偵察は阻止されるわ、後方警備に多くの兵力を割かねばならないわで、開戦早々から散々だな。そしてそんな不安定な後方を抱えた状態で、目の前の巨大な山岳要塞を攻略しなければならない」


「その通りだ、キンダ大将。要塞攻略と、要塞の奥にある鉄道奪取は今後の作戦の為にも必須だ」


 小屋の外で声がしたと思って振り向くと、二人の壮年男性が従兵を従えて入って来た。アントン・カーラ元帥達だ。

 アントン・カーラ元帥は、今回のアキツ討伐の総司令官。側に控えるディミトリ・クレスタ上級大将は参謀長。つまり二人の上官になる人物達だ。

 当然、キンダ大将とストーイキイ中将は先に敬礼を行う。


「これはアントン・カーラ元帥閣下。それにディミトリ・クレスタ上級大将閣下」


「うん。随分と頭の痛い問題を話しているようだな、キンダ大将」


「報告は読みましたが、アキツ陸軍の精鋭部隊はそれほどまでに脅威なのですか? 『帝都』で皆々が話すのとは大違いすぎて戸惑います」


 二人の言葉にキンダ大将が、再びカーラ元帥に対して軽く頭を下げる。


「ハッ。スタニアなどで亜人の相手と扱いについて、我々は十分な経験を有しております。ですが、その経験が殆ど役に立ちません。ですが決してアキツ側に乗せられず、主導権を握り続けるべきかと愚考致します」


「いや、愚考ではない。千金の意見だ。私もクレスタ上級大将も、アキツ軍に徹底的に正面からの近代戦を強いて、彼らの得意とする戦いをさせない積りだ」


「勿論、アキツ軍も策を練ってくるでしょう。ですから、サハ第1軍の持つ情報と経験は非常に貴重だと考えています」


「クレスタ上級大将の言う通り。全員一丸となり、まずは山岳要塞の片側を攻略しようではないか」


 そう結んでカーラ元帥が右腕を出す。

 それを半ば反射的にキンダ大将が手に取り、固い握手を交わす。初対面な二人だったが、カーラ元帥が意図して人心掌握を図ったとするならその意図は十分に成功と言えただろう。


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[良い点] 敵がやられ役でなく有能な所 [気になる点] 一般兵まで有能なロシア風帝国だと勝つのは大変そう
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