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076 「威力偵察(3)」

「ヒイッ! 化け物だ!」


「魔物だ!」


「助けてくれっ!」


 そんな悲鳴を聞きながら、鞍馬達数名の術者が擬似的に虎や狼の形を持つ黒い影のような式神サーヴァントを前衛としつつ、逃げた敵大隊を追いかける。

 比較的近い相手には、刃となった魔術の札など比較的遠距離まで投射できる術の攻撃も行われる。

 術者の制御が必要な式神の数は、鞍馬が2体、他はそれぞれ1体ずつ。合わせても6体だが、襲われる側は対処方法が分からないのもあって十分以上の脅威となっていた。


 その術者たちの近くには、狙撃を終えて今度は術者の援護に回った兵達も続く。そして、機を見て狙撃ではなく通常の銃撃も行う。

 特に鞍馬は、現場指揮も取りつつ複数の式神と鋭い刃となった舞刄の札を操る事で次々に逃げる兵士たちの後ろから敵を倒していった。

 通常は式神1つ扱えば他の術どころか移動も出来ないのだが、鞍馬にはまだ十分に余裕があった。


 逃げている側も、半ば闇雲に射撃しているので相手側の反撃が全くないわけではないが、彼らの着る軍服は微量な魔力を通す事で高い防御力がある。

 しかも術者は殻型の防御術を自分達の前に展開し、小銃はまったく脅威ではない。

 特に鞍馬の術は硬く分厚く、普通に術を行使しているだけでも大砲の直撃を十分に防ぐ効果があり、さらに他者を守る事すらできた。


 ただ第三者が見ることができたのなら、たった10名で1000人を追いかけるという滑稽と言える状況だった。

 文字通りの一騎当百、もしくはそれ以上だ。

 そしてそれだけならまだ良かったが、何か分からない魔力の反応を示す黒い獣が、後ろや側面から一番端の兵士に爪や牙を突き立てていく。


 その上、さらに後ろからは散発的な銃撃と共に、恐らく魔術による刃のようなものが飛んできて、首など急所を容易く切り裂いていった。

 時折、炎の矢や風の刃、何か魔力の輝きだけの銃弾のようなものと言った、一撃で対象を抹殺する攻撃もあった。


 ただ、それが魔術だと辛うじて分かるのは、一部の半獣以外、魔力の反応を知ることができる護符アミュレット呪具アイテムを持つ者だけ。その者の言葉により、相手が魔力を持つ者、攻撃手段の多くが魔術によるものだと分かった。


 だが、敵の兵士と言われる亜人デミの姿は見えない。

 まだ日も高いのに、精々分かるのは後ろから何か得体の知れないものが追いかけてくるという事。その何かが、魔力の反応を示しているという事。

 しかもそれが分かるのは、半ば逃げ遅れた後ろの方にいる兵士か、随分と数を減らした半獣セリアンの徴用兵だけだ。

 先に逃げ出した者には、味方が総崩れで逃げたので相手が何なのかすら把握できない。

 後方を進んでいた1個中隊も、あっという間に混乱に巻き込まれていた。


 加えて、生き残っている将校は少ないので部隊全体の掌握が出来ず、経験豊富な下士官も自身の分隊を統制し、直属の小隊長に意見具申するのが精一杯。

 ただし意見具申の多くも、今までの大陸中央内陸部のスタニアでの半獣の遊牧民族相手の戦闘経験だった。


 今回のように、恐らくは高度な魔術を使った場合、魔法と近代兵器を有機的に掛け合わせた場合の経験では無かった。

 西方世界で魔法を巧みに使うのは、アルビオンなど一部の亜人デミと共存する国か、北方妖精連合のようなごく限られた亜人の国だけ。

 タルタリアも亜人が住むが、彼らは支配される側で、タルタリア自身が過去に魔法を捨てていた。


 一方でタルタリアは、西方世界の中では亜人との戦闘経験が豊富だった。

 タルタリア軍にとって自軍に編入された半獣の兵士と、過去の半獣との戦いの経験は、魔物モンスターの国であるアキツとの戦いを決意させた要因の一つだった。

 だがこの場合、相手が悪すぎた。

 何しろアキツで最も魔力が豊富な最精鋭と呼ぶべき兵士達が相手だったからだ。


『総員停止!』


 鞍馬が命じると、山林の中を逃げる兵士より何倍も素早い動きで巧みに追撃していた術者と狙撃手が足を止める。


『あとは本隊が行う。行きすぎた追撃で追い込み過ぎ反撃を誘う必要はない。友軍の銃撃を受ける可能性がある。これ以後は、状況に応じた追撃を実施する。総員集合、次に備える』




「撃て!」


 鞍馬達とは別の場所。甲斐達、特務旅団第1大隊主力は敵の退路を予測して回り込み、タルタリア軍の1個大隊が進んできた経路沿いで伏在できる場所に陣取っていた。

 加えて敵を挟んで反対側では、イカズチ率いる第2大隊の主力が同様が陣取り、同様に射撃を開始する。


 第2大隊は平原から戻ったばかりだったが雷が強引に作戦参加を求め、それを上も認めたので急遽共同作戦となっていた。

 そうした状態は本来なら避けるべきだったが、相互連絡手段が重要になる。そしてアキツには、その手段があった。


 『念話』により密接な相互連絡が確保されているので、離れていても密接に連携した攻撃が可能となる。これはアキツ軍の大きな強みだった。

 そしてその強みを活かして、1秒とかからず烏合の衆となって逃げるタルタリア陸軍の大隊の先頭集団に二つの方向から銃弾が殺到する。


「よしっ、撃ち続けろ! 突撃はまだだ」


 そう指示を出しつつ、甲斐は白兵突撃を主張していた第2大隊のイカズチ特務大佐を思い出す。



「半獣がいると予測される以上、今までのような奇襲攻撃は難しい。僕や『天賦』達幹部だけなら何とでもできますが、大隊丸ごととなると臭いや魔力の気配で気取られます。だから奇襲ではなく強襲。加えて殲滅ではなく撃退を目的とする。いいですね、雷さん」


 攻撃の少し前、甲斐の返しに事前の打ち合わせをしていた雷が軽く眉を曲げるような仕草を取る。熊の頭なので、何となくそう見えるだけだ。

 しかし彼が気に入らない証拠だった。それでも指揮官であり将校なので、感情論でない言葉を瞬時に探す。


「だが甲斐、それでは敵を逃してしまう。一人も逃さず我々への得体の知れない恐怖を植え付けるんじゃないのか? 村雨総隊長にも口すっぱく言われたぞ」


「敵を混乱させ、知識のある将校は可能な限り倒す。これにより、逃げた兵は自分の思った事、感じた事を伝えるので、より誇張した、得体の知れなさを全軍に植え付けてくれますよ」


「まあ、そうかも知れんが……」


「それに、序盤での損失の危険は可能な限り避けるべきです。これ以上の連続した戦闘は、魔力を消耗した兵の戦闘力の低下も懸念されます。特に防御力の低下が。雷さんや、うちの磐城みたいな連中ばかりじゃないんですよ」


 雷が折れかかったので、甲斐は言葉を畳み掛ける。

 すると、渋々といった表情を浮かべる。


「わかった、わかった。俺も戦争のこんな序盤で部下を死なせたくはない。少数の狙撃兵と腕利きの術者で奇襲して壊乱させ、逃げてきた先で両側から挟み撃ち。可能な限り銃撃で減らす。それで良いんだな。後から割り込んだのはこっちだ、今回は従おう」


「はい、ありがとうございます。それと追加ですが、簡単な幻影術で脅しておこうかと思います。タルタリアの兵士は、魔法の知識は酷く少ない様ですから」


「その辺は、うちの副長と相談してくれ。俺はそういうのは分からん。だが、一つだけ」


「好機があれば白兵戦を仕掛ける、で構いませんよ。ですが」


「第1、第2共同でだろ。だがもう一つだ」


「なんですか?」


 笑みを浮かべつつの雷に、甲斐は内心でも警戒感を高める。こういう時の雷は、悪意はないがロクでもない事を言ってくるからだ。


「『凡夫』特務大佐。白兵戦の際は指揮官先頭をしてもらう。この機会に、『天賦』すら超える早さで特務大佐に昇進した腕をこっちの兵にも見せておけ。まだ誰もが『凡夫』の力を認めているわけではないからな」


「はい。それくらいなら」


「それくらい、ね。お前、俺がどんな注文を付けると思ってた?」


「倒した数の競争や100人は倒してこいとか、そのあたりを」


「ハハハハッ! どっちも魅力的だが、それは演習でやるとしよう。では仕事にかかろうか」


 そんなやりとりを頭の片隅で思い出しつつ、甲斐も銃撃に専念する。高い魔力に裏打ちされた能力があるので、他の兵よりも正確に敵を撃ち倒していく。

 そして次々に撃ち倒していくのは他の兵士も同じで、もはや逃げるばかりの敵兵は動く的でしかなかった。

 それでもしばらくすると、近くで術による支援をしていた吉野特務中佐が第2大隊からの『念話』を受け取る。


「『良い頃合いだ。突撃するぞ。この『念話』伝達から10数えたあとだ』。以上です」


「了解の返信くらいさせて欲しいなあ」


 そこまで吉野に皮肉を返したところで、遠くから『突撃ーっ!」という胴間声。間違いなく雷のもので、300メートル以上の距離でも聞こえる半ば叫び声だった。

 その声に、甲斐と吉野は苦笑するしかない。


「総員、突撃! 第二大隊に遅れをとるな! 吉野。念のため『念話』で伝達を。それと大隊副長にも追撃命令だ」


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