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075 「威力偵察(2)」

 竜歴二九〇四年五月中旬



 その日の午後、大黒竜山脈の山岳要塞の裾野の北側、小さな河川が流れる周辺を捜索中のタルタリア軍は、アキツ軍の捜索並びに要塞の偵察を行なっていた。

 場合によっては小規模な戦闘も想定した規模で、相手の出方をみる威力偵察と呼ばれる作戦行動だった。

 そしてそれを、人ではありえない遠くから見つめている目があった。


 視線の先には、河川敷を進む1000名近い青鼠色の軍服の一団。前が楔形で3つ、後ろが1つと、大きく4つに別れて戦闘体制で周囲を警戒しつつ進んでいる。

 その隊形は、相手戦闘集団を探す態勢だ。


 各集団は声で号令を出せる距離、集団ごとも十分目視しあえる距離で慎重に進んでいる。

 半世紀ほど前と違い、肩が触れ合うような戦列と呼ばれる隊列は組まず兵士達は散開していた。しかし散開の幅は精々数メートル。後世の視点から見ると、開くと言えるほど開いた距離で兵士達は歩いていない。

 

 その集団による捜索は、あまり捗っていない。

 既に山裾の北側の平地をかなり進み谷間が近づいていたが、敵と接触できないどころか何も発見も出来ていなかった。

 広くはない河川敷に迫る密度の低い針葉樹林と、日がそれほど高くないので山による日陰がかなり伸びている事もあり、明るいとは言えないのも理由と言えた。

 だが、見つめている側も条件は同じ。だが十分に準備しており、能力も優っていた。

 そして薄暗さは、見つめる側には関係ない。


「おっ、少佐の階級章。大隊長と大隊本部みっけ」


「『魔眼』特務少佐、あなたは半獣セリアンの隊長を狙って。4時の方向に少し高めの魔力反応」


「分かってるって。いえ、了解。……みっけ。スタニアの草狼族は、民族衣装が軍服がわりだから分かりやすいよね」


「そうみたいね。それより、半獣の数は分かる? 私は受動的に魔力を捉えるだけだと、大凡しか分からないのよ」


「僕にも細かい数字は無理。と言うよりも、数えたくない。約40であります」


「そう。私の感覚でも50人くらいだから、それで報告するわ。斥候用に編入したんでしょうね。その判断は正しいわ」

 

 黒に銀糸の軍服をまとった二人の女性が、半ば無防備に見晴らしが良いところから少し下、距離500メートルほど先にいる青鼠色の兵士の集団を観察する。

 朧は裸眼のままだが、知覚力を高めるために魔力の反応が少し高まっている。鞍馬は、左手に魔力の反応を示す札を持ち、右手に双眼鏡を手にして遠くを覗き込んでいる。


 また、彼女達から多少離れた場所に、朧と同じ大型で銃身の長い特殊な小銃を持つ狙撃手が4名。いずれも視力に優れたネコ科の獣人か半獣で、それぞれ狙いを絞っている。

 探しているのは部隊を率いる将校。

 将校なのは主に首元の階級章で分かるし、兵士とは違った装い、派手な装飾などで分かる場合も少なくない。タルタリア陸軍の場合、将校は黒の上着なのでとても分かりやすい。


「敵の動きに変化なし。『達する。総員、攻撃用意』」


「消臭した上で風下だよ。この距離じゃあ、狼の鼻でも分からないって。それに鞍馬の術は完璧すぎでしょ。この魔力の薄さでこれだけ擬装できるとか、目が命の僕らの天敵だよ」


「このくらいの術なら吉野でもできるし、朧なら見抜けるわよ。でも、向こうに魔眼の持ち主はいないみたいね」


「まあ腐っても僕らは蛭子だからねえ。アキツ以外には、蛭子っていないんでしょう?」


天狗エルフが住む古い国にはいるって噂ね。アルビオンやヘルウェティア、精霊スピリット連合コンフェデラート、他にも幾つか」


「タルタリアは? 天狗もいるでしょ?」


「古い知識を持つ七連月セプテントリオネス亜人デミは、もしかしたらそうかもね。でも多分、いても世の中の水面下にしかいないわ。私達以上にね」


「アリオトさん、多分そうだと思うけどね。メグレズって人は?」


「見た目で痣は無かったわね。それより、そろそろ皆も狙いを絞り終えたわよ、準備して」


「了解」


 そこで雑談を切った鞍馬が周囲を軽く見渡す。

 そして望遠鏡を持つ手に、さらに別の札を持って軽く魔力を込める。『念話』の札だ。


『達する。総員、3つ数えたら一斉射撃。用意』


 『念話』で伝えると、最後に『3、2、1』と数え『撃て!』と念じて伝えると同時に、5人が一斉に射撃。1秒ほどで500メートル先で次々に赤い花が弾けた。

 だがそれで終わりではない。射撃した5名はすぐさま次弾を装填し、3つ数える間に次の目標に弾丸を叩きつける。


 だが相手は、正確な銃撃の数、どこから飛んできたなどの情報が分からない。それどころか、動体視力に優れた半獣でもほとんど弾道を見ることもできない。

 全ては幻影術による欺瞞の効果であり、狙撃手に同行している術者が行なっていた。


『敵は混乱。当方に気づいた様子なし。攻撃続行』


 鞍馬が観測を続ける望遠鏡の向こうでは、狙撃を受けて混乱する兵士達が右往左往している。

 一瞬で指揮官を5人も失い、明確な命令を下す者を失った軍隊などただの烏合の衆と言わんばかりの情景だ。


 一般的な歩兵大隊なら、大隊長1、中隊長4、小隊長16。このあたりまでが将校になる。加えて目の前の敵には、偵察力強化の為だろう臨時編入と思われる半獣の小隊がいた。


 このうち最初の一撃で大隊長1、半獣の部隊長1、前衛の中隊長3を狙撃。さらに第二撃で、伏せるなどの対応が遅れた小隊長を5名。

 熟練した下士官は簡単には餌食になってくれないが、小隊を率いる少尉や中尉の中には経験が浅く迂闊な下級将校がいる。権高なだけの貴族将校は、対応が遅くいい的だった。


 狙撃はその後も機械的な正確さで続けられ、1分ほどで僅かな数の銃で射すくめられた1000名いる大隊が崩れ始める。訳の分からない攻撃が続く上に、多くの指揮官が一度に多数いなくなったからだ。

 怖気付いた1人が、命じる者もいないので後ずさりを始め、2人が一歩後退し、3人が前を向いたまま後ろに数歩移動し、4人が背を向ける。

 崩れるまであと一息。

 当然、命令し、制止する下級将校と下士官はいるが、少しでも身を晒した相手には容赦なく銃弾が浴びせられる。

 そうでなくとも、兵士にも銃弾は容赦なく撃ち込まれていく。


「タルタリア軍の兵隊って、狙撃兵師団とか偉そうな名前の割に、狙撃自体を知らないみたいだね」


 獲物を物色する朧が、ゆっくりとした目線で獲物を探しつつも観測と指揮を行う鞍馬に話しかける。それほど、狙撃する側に危険がないという証だ。

 鞍馬もつい苦笑してしまう。


施条ライフル銃のことを狙撃銃って翻訳したのよ」


「じゃあ本当は施条銃師団?」


「直訳だと小銃師団ね。普通に歩兵師団と訳すべきところを、昔の我が国の翻訳者が意訳しなかったという説らしいわ」


「フーン。まあ、どっちでもいいよ。でもさ、毎日狩をする半獣がこっちに気づきもしないなんて、スタニアの草狼族は狩人すら失格だね。はい、もう一人。じゃなくて二人」


 そう言った直後に、一瞬だけ体の動きを、心臓の鼓動まで完全に制御した朧が銃弾を放つ。その1秒ほど先では、失格扱いされた半獣下士官の頭の半分が弾け飛んだ。

 しかも銃弾はまだ十分な威力を残しており、その先にいたもう一人の半獣の胸へと吸い込まれた。


 そしてその一撃で、崩れかけていたタルタリア軍の大隊が完全に崩れた。しかも命じる指揮官が次席の次席の指揮官程度しか残っていないので、部隊としての統制は既に失われたに等しい。

 それを確認し、鞍馬は強く頷く。


『各員、有効射程圏内から敵がいなくなるまで射撃を継続。その後、術者の支援に回れ。術者は各種幻影術と攻撃魔術、攻撃用の式神サーヴァントを準備。追撃する』


 その『念話』の声で、それまで狙撃手の支援にあたっていた術者4名が動きだす。それと同時に幻術も全て解除され、全員の姿が相手に対して顕となり、銃弾も普通に視認できるようになる。

 だが、すでに彼らを見る者はいない。知覚に優れた半獣も、既に戦意を失って背中を見せている。しかも半獣は只人ヒューマンより運動能力に優れるので、我先に逃げる様子が遠望できた。

 そんな状況を見つつ鞍馬は独白する。


「反撃なし。銃撃なし。降伏なし。楽な相手で助かるわね」

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