074 「威力偵察(1)」
竜歴二九〇四年五月中旬
「攻撃っ!」
春が訪れた北の地方の山林の中、声なき命令一下、一斉に銃撃が開始される。
その先、数百メートルは離れているが、射撃する側の身体能力、知覚能力が格段に優れているので多くが命中していた。
その様は、半ば狙撃兵の集団のようですらあった。
目標は、青鼠色の軍服をまとったタルタリア陸軍の一般的な歩兵。その数は200から300名程度。
場所は、緩やかな傾斜に挟まれた谷間。しかし雨量が少ないので水はけの関係か樹木はなく、草原と言えなくもない地形が広がっている。
だからこそ軍隊も進めるのだが、そこをやや散開した横隊で警戒しつつ進んでいた。
だが、銃撃を受けるまで相手に気づく事はなかった。
全員が只人だからだ。
一方の銃撃をした側に只人はいなかった。全ての兵士が、主に首から上に只人にはない身体的な特徴を持っている。
そして特徴は見た目だけでない事は、銃撃の正確さによって証明されていた。
高い視力により目標を的確に捉え、小銃の反動も優れた筋力により完全に制御し、高い身体能力は正確な射撃を可能とする。
中でも数名が放ったとみられる銃弾が命中すると、頭が弾けるように砕け、胸に向こうが見えるほどの穴が開く。
他の多くは通常の小銃弾だが、なんの防御もない相手に対して十分な威力を発揮する。
もっとも、そうした銃撃は全体の半数程度。残り半数は、高い精度ではあるが通常の弾丸だ。そして命じた側は、残り半数に関してはそれで十分だと考えていた。
優れた射撃を行う半数による実質的な狙撃で、十分な効果を発揮していたからだ。
何しろ最初の一撃で50名近くに銃弾が命中していた。
そして攻撃はまだ始まったばかりだった。
「第4中隊並びに狙撃手は、友軍が接敵するまで射撃を継続。他の中隊は第1射の後に突撃。ただし術者は、各種欺瞞と防御の術による突撃の支援を優先。前に出過ぎるな」
攻撃前に部隊を率いる甲斐は、部下たちにそう命じていた。そして一つの機械のような正確さで、甲斐の率いる蛭子衆第一大隊の約半数が自らが放った銃弾を追うように突撃を開始。
突撃する特殊な気配、つまり魔力の多い彼らの手には、淡く赤い輝きを放つ刀か槍、もしくは複雑な模様が描かれた札が握られていた。
そして彼らが約300メートルを10数える程で接敵する間にも、後方からは銃撃が続く。
銃撃を受ける側は、第一射を受けた時点で多くの兵士が伏せるか何かの遮蔽物へと身を隠す。だが遮蔽が十分でない者、行動が遅れた者は第二射以後の標的となる。
加えて射撃が二方向からの為、遮蔽が十分でない者が銃弾の餌食となっていった。
さらに接敵する前に、真っ直ぐではない軌道を魔力の帯で描きつつ、10枚以上の札が目標へと殺到。首など人にとっての急所へと、狙い違わず達して切り裂く。
しかも札の大半は、一人に対してではなく次々と目標を変えて殺到し、さらに殺戮を振りまいていく。
そうして全体の3分の1ほどが倒されるか負傷した段階で、赤い刃を手にした黒装束の先頭集団が白兵戦へ突入していく。
その動きは、走っている時以上に人ではありえない素早い動きだった。しかも相手の兵士の多くは、銃弾を避けるために地面に伏せるか、しゃがむか、岩や樹木など何かの遮蔽に隠れていた。
つまり白兵戦の態勢にはなく、襲撃側は一方的に攻撃していった。
その一方的殺戮とすら言える惨状を見た兵士は、慌てて小銃の先に付けられた銃剣を迫る黒装束に突きつけるも、まるで動きが違うためかする事すらなく同じように倒されていった。
その段階、戦闘開始から数十秒、白兵戦開始から10秒程度で、銃撃を受けた瞬間に「迎撃!」と命じた指揮官は、「た、退却!」と慌てるように命じ直す。
だが、退却と命じた事が彼の寿命をより短くさせてしまった。
声に気づいた一部の黒装束が、指揮官を守ろうとした兵士らを難なくなぎ倒し、その指揮官を赤い刃で切り裂いた。
それで兵士達の士気は完全に崩壊し、あとは言葉にならない悲鳴を上げつつ一目散に来た道を引き返していく。
そしてのその間も追撃は続き、少し離れた場所を逃げていた兵士には後方から狙撃による銃弾が浴びせかけられた。
「撤収!」
戦闘が始まってから3分程度が経った頃、攻撃と命じた指揮官が黒装束の兵士達に命令を下した。
その前に、「捕虜は取るな。息のある者にはとどめを刺せ」と冷酷な命令と残敵掃討を命じていた。そしてそれらを合わせても、戦闘時間自体は最初の銃撃から5分程度しか経っていなかった。
黒装束の兵士達も命令に忠実で、非常に洗練された動きで、しかも常人には有り得ないほど機敏で常識はずれな動きで命令をこなし、そして一言も私語を発しないまま全てを完了し、その場を後にした。
そして後方の陣地へと引き上げると、まずは大隊本部小隊で集まる。他の中隊は他の任務中で幹部達はいない。
「朧、周辺の状況はどうだ?」
「3キロ以内の周辺に他の敵影なし。鳥や動物も見えなくなったね」
朧は、大隊で一番年少の白い髪と毛を持つ半獣。戦闘中は狙撃兵として、そして今聞かれているように優れた知覚力を活かした観測員として重宝されていた。
「吉野、他の状況は?」
「はい。変化ありません。ですが、あちらの尾根向こうにかなりの数がいます」
「正確な数は分かるか?」
「恐らくは大隊規模。魔力の気配は、呪具以外もあり。複数の半獣と推測されます」
物静かな天狗の男は、任務で聞かれた時だけ多弁になる。そしてその横、同じ天狗ながら黒髪に大天狗特有の魔力による銀と虹の混ざった光彩を見せる女性に甲斐の視線が向く。
「大隊副長も同じか?」
「はい。吉野特務中佐と同様です。それとこちらが、襲撃した敵中隊が有していた魔力探知用の呪具と護符になります。他はありません」
「詳細な分析は後方に任せるとして、二人はこれをどう思う? 感想で構わない」
「先ほど戦った別の中隊の装備と同じです。アキツの基準では、あまり良い品ではありません」
「同感です。先ほどの呪具を戦闘前に少し分析しましたが、これと同様に様々な点で雑な二級品と考えられます。タルタリア陸軍が使う『付け札』も付いていました」
吉野は曖昧だが、大隊副長の鞍馬は断言に近い返答を返す。全てに才を見せる彼女らしく、そして誰もがその言葉に信頼を置いていた。
だから甲斐も強めに頷いた。
「要塞外縁に対してとは言え、威力偵察部隊の装備がこの程度だとすると、全体の質が同じと考えて良いのかもな」
「まだ断定は危険かと。最低でも、対抗術で相手側の探知距離を探るのは重要です」
「そうだな。だが、射撃と攻撃発起点の距離を取ったが、完全にうまくいった。これが一般的なのか? タルタリア軍はスタニアでの半獣の征服で対魔力戦で戦い慣れている、という軍の想定をもう少し探らないと駄目だろうな」
「それなら、次の情報収集の機会が来そうです」
鞍馬が長い耳を動かすと、甲斐にそう告げる。
吉野も少し遅れて似た反応を示し、逆に朧は周囲を見渡すも手を横に振る。
つまり視界に映らない場所で、魔力か生命力の反応があったという事だ。
そしてそれは、既に見つけていた尾根向こうのタルタリア軍の斥候大隊らしかった。
「各員の魔力はまだ十分あるな?」
「問題ありません」
「では次の狩りといこうか。曹長、各中隊と隣の第二大隊に連絡」
「了解しました。大隊長」