072 「艦砲射撃の結果」
竜歴二九〇四年五月十四日
五月十三日、タルタリア帝国海軍所属の防護巡洋艦アリョール号は、南セリカ海の洋上にて包囲したアキツの艦隊の前で、降伏した後に自沈した。
当事者のタルタリアは、その一件をアキツの報道により1日遅れでようやく知る事が出来た。世界中でも、その報道が行われている。
そして当事者のタルタリア帝国の『帝都』の中枢でも、久しぶりに自国巡洋艦の一件が話題に上っていた。
「アキツ本国に対する艦砲射撃から約3週間、ついに沈みましたか。実に無念だ。ですが、随分と魔物どもの海軍を右往左往させたようですな、ロボフ海軍尚書」
「はい、キーロフ外務尚書。彼らは十分に任を全うしました。外務尚書には、彼らの奮闘に対して陛下へのお口添えをお願いしたく」
「勿論です。彼らはタルタリアの武名を大いに高めましたからな」
「全くその通り。ただ、一部には無辜の民衆を攻撃したという声も、私の耳にまで届いてます。この件については?」
キーロフ外務尚書とロボフ海軍尚書の話に、カリーニン内務尚書が加わる。他にも主な閣僚が顔を出す宮殿内の談話室では、この3人が会話の中心だった。
開戦以来、未だ大きな戦果のない陸軍を統べるウスチノフ陸軍尚書は、巡洋艦アリョール号を巡る会話には加わらず、他の閣僚と話し込んでいた。
「亜人も住む国が、一部国民の手前そう言わざるを得ないだけです。激しく声を上げているのは、攻撃を防げなかった当事者のアキツのみ。世界はアリョール号の奮闘を讃えておりますぞ」
「アリョール号の奮闘に関しては、まったくその通り。奮闘を各国の海軍武官も非常に注目し、そして大胆な行動を賞賛しております。それに彼らの奮闘により、今まで謎が多かったアキツ海軍の手の内が幾つか見えました。各国は帝国に大いに感謝する事でしょう」
「極東の地に蔓延る、得体の知れん魔物の国ですからな。陸でも、いずれ文字通りの化けの皮が剥がれる事でしょう。そして黒竜地域を占領すれば、次は竜の魔王がいる本国。その時にこそ、本格的な海軍の出番となりますぞ」
「はい。その時はアリョール号の復仇を必ず果たしたく」
「フム」。二人の話を聞き、カリーニン内務尚書が納得げな表情を見せる。
ただし、満足な表情ではなかった。そこでキーロフとロボフが視線を交わし、キーロフが聞くこととした。
「まだ何かご懸念でも、カリーニン内務尚書?」
「キーロフ外務尚書はご存知と思うが、アキツの動きです。今回の攻撃を各国に強く訴えかけており、フルンゼ財務尚書の話では国際市場でのアキツの戦争債の売れ行きが伸びているとか」
「それは急ぎ調べ、対処致しましょう。ですが、魔物の国が騒いだところで、どの国も本気で聞く耳は持ちますまい。それよりも、アキツ本土に打撃を与えたという事で帝国内への一定の宣伝になった。十分以上の成果ではありませんか」
「うむ。皇帝陛下も寡兵ながら良くやったと、海軍を評価されていた」
「はい。直接お言葉を頂き、感に堪えませんでした。大艦隊に包囲され自沈し降伏したアリョール号の艦長以下乗組員に対しても、処罰どころか勲章と褒賞を頂けるとの事。また、ガリア領内に入っている2隻の巡洋艦ですが」
「そのガリアから、石炭の補給は出来ないとの通達がありましたぞ。加えて、アキツの艦隊が南越に集まるようなら、退去を勧告せざるを得ないとも」
ロボフ海軍尚書が更に言葉を続けようとしとするも、キーロフ外務尚書が重い言葉を被せる。
その言葉にロボフ海軍尚書が強く頷く。
「退去を通告されても、可能な限り理由を付けて粘る方向です。それでも出なければならない場合は、帝国海軍の伝統を汚さぬよう領海外に出た時点で自沈するようにと、事前に命じております。皇帝陛下からも、必敗の戦いをして無為に水兵を損ねる事のないようにとお言葉を頂いております」
「そうでしたか。分かりました。ですが、まずは残る巡洋艦の幸運を祈りましょう。外務省も、ガリアに対して出来る限りの手を打ちます」
キーロフ外務尚書の言葉に二人も深めに頷いた。
ただしカリーニン内務尚書は、その内心では違った考えがあった。
談話室を後にし、ようやく春の訪れた中庭に面した廊下を歩きつつ沈思する。
(皇帝陛下に自らの得点稼ぎの為に要らぬことを吹き込んで、この楽観とはな。今回の一件で、アキツは完全に攻撃を受けた側となった。その意味を本当に理解しているのか? 何より、戦争をする気の無かったあの国の呑気な民衆を、やる気にさせてしまった。……事態は私の予測より早く進むかも知れんな)
「誰か」
「ここに」
「国外の情報、特にアキツ本国及び領域内。それにアルビオンの動きを知る勢力からの情報収集を強化せよ。外務省はあてにならない」
「畏まりました」
どこからともなく現れた影のような部下は、答え終わるとともにまた消えていく。
カリーニンはその事は一切気にせず歩き続けた。
「というのが、メグレズからの手紙の概要になる」
タルタリア帝国の『帝都』の全く別の場所、別の談話室でも、タルタリア帝国海軍巡洋艦の艦砲射撃が話題になっていた。
タルタリアの水面下で活動する七連月の者達だ。
「メグレズからという事は、10日ほど前の情報ですな。我らがポラリス」
「2週間ほど前、まだタルタリアの巡洋艦が見つかっていない頃に出されたものだよ、ドゥーベ。アリオトの方はどうだった?」
部屋の中央の長い机は上座にポラリスが、左右には7つの席があるが半数程度しか埋まっていない。
ちょうど交互に抜けた状態だ。
「昨日も話したが、蛭子の力を見せつけられただけだったよ、ポラリス。あいつらは、私らじゃあ及びも付かない化け物揃いだ。流石は魔物の本場だけある。それが見られただけでも、俺としては価値があった」
「主人が聞きたいのは、そういう事ではない」
少し神経質そうな男が割って入る。それを半獣のアリオトが鼻で笑う。
「聞きたいのはあんただろ、フェクダ。だけどな、報告書をあげた以上の話はない。あればポラリスに言っている。そんな事も理解できないのか、部屋に引きこもってばかりの奴は?」
「なっ!」
「怒るなよ。それよりポラリス、俺はあいつら、いやアキツともっと手を組むべきだと考える。僅か数十人で、千の騎兵を簡単に潰してしまえるからってだけじゃない。それだけの力がある連中を、国や主君が統制できているからだ。あの国は、底が知れない」
「お前が半獣だから、そう思えるのだろう」
「だからフェクダは余計な口を挟むな。お前は講釈だけしてればいいんだよ」
「何と言う言い草。専門的な事も知らないくせに」
「知ってるし、見てきたさ。いいか、あいつらは西方諸国と同じように全員が同じ軍服を着て最新の銃を扱っていた。その上で魔力を持ち、魔術を使い、色々な魔法の道具を使いこなす。しかも近代的な軍隊としてな。これがどれだけ恐ろしいか、お前理解してねえだろ?」
「その程度、西方諸国もしている。タルタリア帝国軍も、従属下の半獣の部隊を前線でも用いているではないか」
「魔法に関して、質、量、運用その他の諸々が段違いなんだよ。巡洋艦の追撃戦でも、色々と魔法を使っていた筈だ。部屋にばっかり篭ってないで、一回その目で見てこい」
そう言われ、フェクダは言葉を詰まらせる。何度も言われている通り、彼は書籍に囲まれた部屋の主だからだ。
しかもアリオトの言葉は続く。
「だいたいアキツは、全員が魔力持ちだぞ。個人間ですら遠距離連絡に魔術を使う便利さとか、文字の上だと理解できねえだろ? あいつら、何もない荒野を歩きながら遠くにいる奴と話をしてやがる。単に腕っ節が強いだけなら、俺もそんなに評価はしない」
「アリオトの言う通りだ、フェクダ。今度はフェクダがアキツを見聞してくると良いかも知れないな。彼らをもっと知り、そして深く友誼を結ぶ為にね」
「ハハッ。命とあれば」
「うん。それと僕はね、アリオトの言う強力な多種族の結束と統制こそが、竜の本来の力ではないかと推測している。それも調べてきてほしい」
「竜本来の力、ですか」
答えたのはフェクダだったが、その場にいたドゥーベ、アリオトも注目する。
「うん。まだ推論だから初めて話すが、竜は魔力を持つ者に加護を与えるという以上に影響力があるのではないか、と私は見ている。あの国のまとまり方は、伝統、習慣、教育、制度、国家体制などでは説明が付かない。そして竜の力は、彼らが只人と呼ぶ魔力を持たない者にも一定の影響があるのではともね」
「だからこそ、彼らにタルタリアに足を踏み入れさせ、竜の力を復活させようと?」
「それだけじゃないけど、大きな理由である事は確かだ。そして、メグレズからの報告、アリオトの見聞によって確信は深まった。ドゥーベやフェクダは何故彼女らをアキツに向かわせたと考えただろうが、単なる適正だけではなく二人が魔力を持つ亜人だからなんだ。でも、次は人が行く番だ。何しろ、タルタリアは人の国だからね。だからフェクダ、次は私の代わりにアキツを見てきてもらいたい」
「畏まりました。ポラリス様」
「そのような理由があったのですね、我らがポラリスよ」
「確かに魔力を持たない只人でないと、同じ目線、感覚で見るのは難しいな」
「そうだ。そして見極めてからになるが、アキツと我ら七連月との関係を強め、古き教えを復活させる動きを加速する。他の者達にも伝えよ」
「「ハハッ」」
それぞれの言葉に答えたポラリスに三名が頭を下げた。




