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006 「帰り道」

 甲斐達がタルタリアの北の僻地での偵察任務を終え、約3週間かけ北氷州と呼ばれるアキツの勢力圏に当たる北の僻地の辺りまで戻ってくると、行きとは状況、雰囲気が変わっていた。


「これは山狩りをしてるね」


 朧が大きな体を曲げて顔を地面に近寄せ、足元を確認している。

 何かの跡があるのだろうが、一見何かは見当つかない。

 

「大きく迂回したお陰で帰りは誰にも会わずに済んだが、タルタリア側で少し様子を見て戻るべきだったかもな」


「今から見に行く? 半日もあればいけるでしょ」


「私は反対です。それよりも、隠密行のままここを素通りするべきです」


「自分は現地警備隊への接触を提案します。軍服を着ておりませんので、狩られる側と勘違いされても面倒ですからな」


 朧の呑気でいて好戦的な提案に、鞍馬、磐城が少しばかり非難がましい声を被せてくる。そして三人が甲斐に視線を向けると、手を伸ばして朧の頭をごく軽く二、三度叩く。


「素通りはなしだ。アキツの国境警備隊と接触する。すぐ近くの街道に出るぞ」


「誰にも気取られる事なくこの地を去る事も十分可能ではないでしょうか?」


「それはどうかなあ? 半獣セリアンの中には鼻が利くのも沢山いるよ。もう、臭いだけなら僕達を見つけているかも」


 珍しく朧が鞍馬に異を唱えるが、これは専門分野や種族の差からきていた。だから鞍馬も反論はせず、決定権を持つ甲斐へと視線を向ける。


「朧が正しいだろう。だからこそ誰かを見つけ、山狩りになっているんだろう。それから、ある程度は素性を明かす」


「軍装なしで?」


「うん。本来の特務として振る舞う。接触以後は二つ名で呼び合うように。それと、朧は人前で極力喋るなよ」


「はーい。いえ、了解しました」


「まあ、多少魔力を出しつつ近寄ろう。磐城がいれば、アキツ側が撃ってくる事はないだろがな」


 甲斐は朧の態度に軽くため息をつきつつも、磐城の胸を手の甲で軽く叩く。それに応え磐城が破顔した。


「ハハハッ。自分は歩く身分証明ですからな」


「敵からは、問答無用で撃たれますけどね。だから、顔は極力隠しておきなさいよ」


 鞍馬は磐城の笑えない冗談に釘を刺したが、それは間違いなく真実だった。

 戦闘状態でなくとも、アキツ以外で肌の色の違う鬼を見たら即座に逃げるか戦いになるというのが一般的だからだ。

 だが幸いにも敵からも味方からも銃撃される事なく、街道に出る事が出来た。

 そして朧が臭いと言ったように、すぐにも反応があった。


 街道に出て少し歩くと、数百メートル先の道に数名の人影。西方風の黒装束には黄色と赤いあしらいが各所になされている。間違いなくアキツ軍の軍服姿だ。

 その中には、頭の上にツノではなくイヌ科の耳がある種族も混ざっていた。


 甲斐達が敵意を見せずゆっくり手を振るなど合図を送ると、明らかに警戒していた向こうも反応を示した。

 そして向こうからも距離を詰めてきたので、すぐにも対面に至る。


「なんだお前ら……、失礼しました。そちらの方は?」


 その場の指揮官らしい下士官の階級章を付けたオーガが厳しい声で質問してきたが、頭巾フードをとった磐城のツノと肌の色を見るとすぐに態度が改まる。

 この反応は間違いなくアキツの民のものだ。

 大柄で通常と異なる肌の色の鬼は、大鬼デーモンと呼ばれるように鬼の上位種族とでも言える魔人であると同時に、アキツでは上流階級もしくは特権階級に位置するのが普通だからだ。

 だから下士官は、磐城を高貴な者と考えたという事になる。


「特務だ。詳細は軍機にて明かせない。だが、友軍である事は、彼が何よりの証明になるだろう」


「ハッ。了解しました」


 言葉を返しつつ、甲斐は懐から手帳を取り出す。上質の黒い革で装丁された表紙の中央には、竜を意匠化した金属の紋章が取り付けられている。

 それに加えて、甲斐は首に下げた魔法金属マジックメタル製の金属板の階級章も取り出して示す。それは身分証明の為のものだが、特務の将校の証でもあった。

 その階級章は魔法的細工が施されており、持つ者の魔力に反応してぼんやりと光っていた。偽物ではないという証だ。


 当然、それを見た下士官が敬礼を返す。下士官から見れば、特務でも大佐ともなると雲の上の階級。後ろの兵士達から見れば、星の彼方に等しい存在だ。ただ兵士にとっては、上官すぎて現実感のない状況でもあった。

 その為下士官と兵士の間に温度差があったが、甲斐は彼ら敬礼に軽く答礼しつつ手帳と金属板をしまう。


 それが済むと、後ろの兵士が「特務って蛭子だよな」「本当にいたんだ」「見た目は変わらないんだな」などと囁きあっているが、こういう場面ではよくある事で大抵は無視する。

 だが今回は言葉を重ねておく事にした。


「蛭子の証のあざをお見せしようか? 全員付いているが?」


「い、いえ、結構です。お前ら黙っていろ! ところで指揮官は、特務大佐殿でありましょうか?」


「そうだ。彼は私の部下で指揮官は小官だ。それで何があった? 話せる限りで構わない」


 大鬼を指揮下に置いているという事で、下士官の態度はさらに改まる。もしくは怯えが出る。大鬼以上の大物、もしくは化け物が目の前にいると考えたからだろう。

 そしてそれは間違いでもなかった。


「ハッ。タルタリアの密偵による複数箇所から北氷州領内への潜入を確認。さらに南下され、黒竜地域で何かの機密を見られた可能性があります。

 しかもタルタリア側から迎えの間諜が多数入り込んだと見られ、各所でタルタリア側の牽制を目的とした戦闘も発生。当方にも損害も出ております。

 現在、周辺にいる北氷州国境警備隊は、総力を挙げて追跡中。他は押さえましたので、脱出するなら既にこの地域からしかありません。また逃走する反応を幾つか捉えてもおります」


「任務ご苦労。それで、捕まえられそうか?」


「なんとも言えません。多数入り込まれたので、対象に対する臭いでの追跡も限界に近い状態です。それに手練れで、追跡の際の損害も無視できません」


 そう言って下士官は国境の山を見る。

 だが甲斐は下士官の視線は追わず、朧と鞍馬を一瞬見た。

 先ほどからそうだったが、彼らは国境警備隊以上に侵入者の存在に気づいていた。


「この辺りにいるようだ。お手伝いしよう。我々はあとは帰るだけだから手は空いている」


「ハッ、しかし」


「構わないと言っている。勿論、越権行為になりかねないのも承知している。今の我々が、任務とはいえ軍服を着ていない事も。だが、機密漏洩は国家の大事。それに我らは特務だ。君達が少し見ないふりをしてくれたらいい。手柄は君達に譲る。それと万が一の際の責任は、我々が太政官に負えば良いだけだ」


「は、はい。ですが同士討ちなどの可能性を考慮すべきかと……」


「蛭子が並の兵士の銃弾に当たるとでも?」


「い、いえ、そのような事は」


「硬くなるな。邪魔にならないようにするし、仕留めたら知らせる。それで、こちらは全員軍服着用か?」


「はい。それと既に全員の殺害許可が出ております。潜入した者と出迎えの区別もつきにくいので、逃走阻止を最優先にせよとの命令です」


「殺害か。我々なら捕縛が可能だが、それでも?」


「はい。捕縛は不要です」


「分かった」


「お願いします。それで、その、当方の指揮官にお伝えしても構わないでしょうか?」


「勿論。そちらの指揮官には、後で我々からご挨拶にお伺いするとお伝えしてくれ。では諸君、仕事にかかるとしよう」


 言い終えると、兵士達の前から一瞬で姿を消す。

 魔力の恩恵による類稀な身体能力を活かした体術と、鞍馬が会話の途中から準備していた魔力を殆ど使わない簡単な幻影魔術の効果だ。

 特務や蛭子衆とも言われる彼らは、一般兵士の前でそうした『演出』を時折見せるのもある意味任務のようなものだった。

 よく言えば神秘性、悪く言えばハッタリは、たいていの場合は植え付けておいて損はない。




「相変わらず責任感が強いですね」


 かなりの速度で木々の間を走りつつ、甲斐に並んだ鞍馬が話しかける。その口元には、小さな笑みが浮かんでいる。

 それに対して甲斐は、同じく笑みを返すも苦笑だった。


「思った以上に大ごとになっていた。僕達が相手国内で警戒されても、行きに処理しておくべきだった」


「僕は最初からそう言ってたけどねー」


「国境警備隊に通報だけでもしておくべきだったかもしれません」


「まあここは、あの時強く言わなかった我らも同罪。連帯責任という事ですな」


「僕達は太政官直轄とは言え国に仕える軍人で、僕が上官かつ指揮官で、僕が決めて命じた筈だが?」


 鞍馬に続いた二人にも聞こえるよう、甲斐は少し強めに言葉にした。だが、周りは苦笑と微笑の合間といった笑みを返す。


「本来私は同格の二つ名持ちの特務大佐ですが、今回は階級などそれこそ飾りです」


「それでも僕が先任だ。……こんな不毛な会話を続けても仕方ないな。二手に分かれる。『魔眼』、『鉄壁』は南、僕と『天賦』は北。見つけ次第処理しろ。一人も逃すな」


「了解!」


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