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067 「山岳要塞への帰投」

 竜歴二九〇四年四月二十三日



「タルタリア軍主力が無防備都市宣言をした幌梅に入城したと報告が入った。大隊副長」


「ハッ」


 タルタリア軍の進撃に伴う仕切り直しにより新しく設置した野営陣地に到着してすぐ、特務旅団第一大隊を率いる甲斐は部下たちにそう告げた。

 場所は大黒竜山脈のほぼ真ん中を北西から南東にかけて鉄道が通る谷間を挟み、アキツ軍の山岳要塞の大きく東と南に別れた要塞地帯の東側。


 その東側の要塞の北側面は小さな川が流れる谷間になっている。加えて、谷間を縫うように道が山脈を貫いている。

 谷の向こう側にはアキツ軍の陣地や要塞はない。建設計画はあったが、手付かずで戦争を迎えていた。

 谷間の方は、山並みや傾斜などの関係で鉄道を敷くのは無理だが、少数の部隊なら踏破も可能な道が通る場所。

 そして場所が視界と広がりの限られた山間部で、相手が押し入ってきても少数が確定という場所では、隠密にも優れた少数精鋭の蛭子達にとってうってつけの条件だった。


 それに要塞正面にはタルタリアの大軍が押し寄せるのは確定的で、数に劣る現地アキツ軍はそちらに割ける戦力がない。

 しかも南と東の間の前面には四角い空間が山裾となって広がり、本来なら前哨陣地群が作られる筈だった。だが、タルタリア軍の予想より早い侵攻で建設半ばで戦争を迎えた。

 要塞東側の北側面も、時間が足りず陣地構築は未完成。当面の体制が整えられるまでという条件付きで、第1大隊が要塞東側の北の道を守備する事になった。


「あと4日から5日で、タルタリア軍の歩兵部隊の先鋒が山岳要塞外縁部に到達すると予測される。そしてその後ろには、第一波だけで20万。そのすぐ後ろを10万の兵が街道を行軍中。

 加えて今は境界線の辺りだが、鉄道を敷設する為にタルタリア中から鉄道連隊、工兵、そして作業員が犇いている。その数は最低でも3万、恐らく5万はいると考えられる。その上、それらの兵士と作業員の補給を支える輸卒(輸送兵)が10万加わる。

 合わせて既に45万近い人数が、主街道とその周辺を埋め尽くしている。大都市が丸ごと移動しているようなものとなる」


 鞍馬の言葉の間、甲斐は一度全員を見渡していく。

 彼の大隊が、新た任務に向けての移動を理解しているか確認する為だ。

 そして説明が終わると、鞍馬と一瞬だけ目で確認しあってから正面を向く。


「そして上は、我々が開戦から1週間ほど行ってきた騎兵斥候潰しの実績から、当面ではあるがこの地の門番をしろと命じている。あとから来た第2大隊は北方での斥候と遊撃任務を行うが、この地にも早晩敵の斥候か威力偵察部隊が入り込んでくるだろう。それを丁重にお出迎えするのが、我々の次の任務となる。

 だが敵は到着し始めたばかり。しばらくはこの地域の地形や陣地、特性の把握に努めることとなる。それともう一つ、休める時に休んでおけ。幸い要塞の工兵がこの辺りも相応に陣地工事を行っていて、陣地と寝泊まりする所には事欠かない。それぞれ、荷下ろしの合間に確認しておくように。以上」


「解散」


 大隊本部付きの曹長の号令で、将兵達が一斉にばらけていく。

 甲斐の言葉を確認するべく自分達が使う陣地を見に行く中隊長、寝泊まりする場所を確認する第4中隊の後方支援要員達。

 だが多くは、まずは『浮舟』の荷ほどきにかかる。

 一方の大隊長と大隊副長の甲斐と鞍馬は、他にするべきことがあった。

 軍隊は組織社会なので、顔出し、挨拶など人との繋がりを確保しておく義務と必要があった。

 

 

「荒野での任務の方が楽だなあ」


「大隊長、普段言葉ですよ」


 要塞本部のあたりの、銃弾や爆風避けの為に掘り下げられ、凹凸に折れ曲がった細い半地下構造の交通壕と呼ばれる道を歩きながら、甲斐は精神的な疲れを見せていた。

 たしなめる鞍馬も、半ば虚勢を張っているに過ぎない。

 それだけ足を運ぶべきところがあった。


「あ。うん、そうだな。それで、後はどこに顔を出せばいい?」


「次の要塞工兵司令部で終わりです」


「あと一つか。要塞司令部、要塞砲兵司令部、東部陣地群司令部、東部に展開する各師団司令部、輜重司令部と行ったが、ついでに要塞の野戦病院にも顔を出すか? 随分と立派な施設と聞いたが」


 指折り数えながら自らの指を見つめ、最後に鞍馬へと顔を向ける。

 それに鞍馬は澄ました表情で応える。


「大隊長が望まれるなら。ですが我が大隊は、治癒術の使い手には事欠きませんし、治癒札、霊薬エリクシル水薬ポーションもまだ十分な備蓄があります。これを知られれば、むしろ拠出や助力、援護要請を求められるかもしれません」


「それもそうか。ではやめておこう。だが、もっと損害を受けるかと思ったが、拍子抜けなほど上手くいったお陰だな」


「作戦のお陰です。序盤でこちらがこれほど積極的に動くとは、敵は考えもしていなかったのかもしれません」


「近代戦でも、深夜の荒野で戦闘すること自体が常識外れだからな。只人ヒューマンなら尚更か」


「はい。偵察の為に分散した騎兵に対する各個撃破。しかも野営中の夜襲と奇襲。そして時間を空けての襲撃による魔力の消耗回復を前提とした全力攻撃」


「その上相手は、開戦前の偽装兵と違って夜目の効かない只人ばかり。魔法や魔力対策も、本当に備えていたのかと疑うほど、我々から見れば随分と程度が低い。このまま楽に戦争に勝てるんじゃないかと、錯覚しそうになるな」


「銃と砲、爆弾のない戦場なればこそです。奇襲だったので敵の統制だった銃撃がありませんでしたから、数百年前の先祖達と同じような戦闘となりました」


「その上、こっちの武器と防具は数百年前より進歩しているときたからな。この軍服、ちゃんと銃弾を防いだと部下が言ってたな」


「それに戦術もです。組織的な夜襲が敵に対してこれほど効果的とは、私も考えませんでした」


「夜目の効かない只人に、本格的な夜間戦闘は難しいだろう。向こうは半獣セリアンなし、魔術なしだからな。せめて星弾か吊光弾でも打ち上げないと無理だろう」


「ですが、魔力を感知する呪具アイテム護符アミュレットはありました。魔力を視認できる眼鏡も。専用の呪具を持ち魔力の制御訓練を受けている我々でも、魔力を抑えても100メートル以上の接近からの奇襲は難しかったでしょう」


「まったくだな。だが、向こうが魔力対策が現状では不十分だと気付いて対策を立ててくるまで、もう少し同じ手は使える。この場所での戦闘でも、行う機会があるだろう」


「はい。あ、そこを曲がれば要塞工兵司令部です」


 案内図を持っていた鞍馬が指をさした先が、二人の最後の訪問地だった。

 そしてそこで、今後何かあった場合の便宜を測りやすくする為の挨拶をして自分達の陣地と寝床へと戻るが、要塞工兵司令が一緒に付いてきた。



「この辺りは、まだ十分手を入れられてないんだ。悪いな」


「いえ、これだけあれば十分以上です。何せこの数週間は、荒野のど真ん中でしたから」


「そりゃ大変だったな。だが、報告の回覧は見たぞ。『浮舟』を使って物を運び込み、『浮舟』を利用して使い勝手の良い野営地と野戦司令部を作ったんだろ。しかも野外風呂まで。遊牧民みたいに荒野に住み着くつもりだったのか?」


 自分の冗談が気に入ったのか、要塞工兵司令が大笑いする。

 彼は多々羅(ドワーフ)の来島准将。アキツ陸軍での近代要塞建設の第一人者で、実質的に大黒竜要塞を作り上げた人物でもあった。

 既に100歳以上で、若い頃は西方世界で技術の武者修行をし、極西大陸などアキツの海外領土の各所に時代時代に応じた近代要塞を作ってきた人物でもあった。


「もう少し長く展開する予定ではありました。ですが、タルタリア軍があまりにも急ぎ足で、しかも大軍なので止むを得ず」


「随分来るらしいな。だが儂等の作ったこの要塞は、兵と物資の補充さえ十分なら100万の大軍でも押しとどめられる。と言いたいところなんだが、この北の谷間にある間道の辺りは連中の侵攻が早くて工事が時間切れでな。何もない北の谷向こうでは、既に少数の斥候の姿を見たそうだ。それに他にも手を入れないといかん場所があって、手も回らん。それなのに、少数でもここから後ろに回り込まれたら少し面倒だ」


「当面だけとなるでしょうが、我々が門番をしていますよ」


「噂の蛭子に守ってもらえるなら、まあ安心だわな。で、何か必要なものはあるか?」


「そうですねえ。大隊副長?」


 甲斐が鞍馬を促すが、そのやりとりを来島准将が一瞥する。天狗エルフと多々羅は感情面で関係があまり良くないと言われるが、鞍馬の方が来島准将を全く気にした風がないからだった。


「居住区に関しては申し分ありません。将校と下士官用が人数の二倍以上あるので、部屋は個室にしても余るほどです。しかも共用区画には、食堂、休憩室、水洗の手洗い、それに風呂まで。感謝致します」


 天狗に気持ちのこもった感謝まで言われては、来島准将も内心で小さく苦笑するにとどめて大らかに返す事にした。


「本来は最低でも大隊規模、1000人で使う施設だからな。それに要塞戦は長丁場が基本だろ。生活と衛生には気を使わんとな。それより陣地の方は? 何かあるんだろ?」


「はい。奇襲、伏撃に使える交通壕がもう少し欲しいところです。我々は白兵が本領ですので」


「十分用意してあると思うんだが、蛭子にとっては足りんか?」


「あ、いえ、言葉が不足していました。申し訳ありません。陣地は申し分ないのですが……」


「それ以外か。では、専門の将校と1個工兵中隊を3日間回すから、好きに使ってくれ」


「ありがとうございます、来島准将」


 思わぬ高待遇に、甲斐と鞍馬はすかさず頭を下げる。

 そして頭をあげると、来島准将何か思惑がある表情を浮かべていた。


「良いって、良いって。要塞を守る為だ。だがまあ、それじゃあそっちの気が済まんだろう。そこで、蛭子が使っているっていう新兵器を拝ませてくれんか?」


 その言葉で甲斐も鞍馬も合点がいった。

 工兵の親玉が要塞の端っこにわざわざ足を運んだのは、相手が蛭子の特務大佐だからではない。新兵器を見たかったからだ、と。


「それでしたら、整備兵を案内に付けます。存分にご覧下さい。ただ試作兵器なので」


「分かってるって。内密に、だろ。だが本国では、南鳳財閥が大車輪で増産を進めているって噂だ。この要塞にも配備されるかもしれん。だから、後で構わんので要塞の技術系の工兵や整備兵にも見せてやってくれるか」


「はい。幾らでも。といっても、我々もまだ操作は手探りで、詳しい事は分からないんですけどね」


「出来たばかりの新兵器だ。当然だろう。だがまあ、軽く浮かすくらいは見せてくれ」


「それでしたら、ご自身で浮かせてみてはどうですか。魔力を持つ者なら誰でも使えるというのが触れ込みです」


「おっ、構わないのか? じゃあ早速良いか?」


「はい、勿論。こちらにおいで下さい。鞍馬、大隊の方は頼む」


「はい。お任せを」


 内心呆れ気味の鞍馬を残し、男二人は『浮舟』が置いてある場所へと足早に去っていった。

 そしてそんな暇があるほど、まだ大黒竜要塞はのんびりとしていた。

 

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