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066 「鉄道敷設」

 ・竜歴二九〇四年四月二十二日



 アキツが自治領ドミニオンとしている黒竜地域に侵攻したタルタリア帝国軍は、開戦から約1週間で先鋒の騎兵旅団がアキツ軍が守る大黒竜山脈山岳要塞の外縁部に、主力の歩兵部隊の先鋒が境界線と大黒竜山脈の北の裾野の中間点となる幌梅の町に達した。

 その間アキツ軍は積極的に抵抗する事はなく、軍人はもちろん現地滞在者も全て引き揚げていた。


 境界線の黒竜里から幌梅の町まで、ほぼ東西(正確には東北東から西南西)の主街道を通り約160キロメートル。さらに東に向かい、幌梅から大黒竜山脈の北の裾野までは約80キロメートル。

 平原と荒れ地が広がる乾燥した土地で、アキツが大要塞を構える大黒竜山脈までは雨量も少ない。森林と言えるほどの樹木はなく、川や湖など常に水のある水辺でないとあまり見られない。


 古くからの街道が通っているが、多少整地された地面は乾燥した気候地域の硬い地面の上に、馬の蹄の跡と馬車の轍が薄くあるだけ。

 この地域は夏が雨季だが、雨量は農業ができるほど降らない。

 悠久の昔から遊牧民が住んでいるが、人口は非常に希薄だ。

 野戦には相応に向いた地形だが、少数で多数を迎え撃てる地形ではない。


 この為、タルタリア軍の進撃自体は順調と言えた。だが、先鋒全体だけで20万人の大軍勢。さらに直ぐ後ろには増援の10万が、鉄道で境界線に移動しつつあった。

 さらにタルタリア帝国領側の境界線の町であるダウリヤからは、兵士より多いと言われるほどの人夫が動員され、既にタルタリア領内に備蓄・準備されていた資材を用いて鉄道敷設が凄まじい勢いで行われ始めていた。

 加えて、軍隊を追いかける形で馬車による輸送の兵と、運ぶ為の人夫が続く。そして進撃路が伸びるのに従って、その数は比例して増えていた。


 ただしダウリヤから幌梅は、鉄道を敷く為には測量など基礎から行わなければならない。

 多少の測量やごく簡単な調査は戦争前に交易や旅行を装って行われていたし、場所の選定もほぼ済んではいたが、すぐに枕木と線路が敷ける訳ではない。


 幌梅から東は、10年ほど前までアキツが敷いた鉄道跡が残されているが、タルタリアの調査で線路どころか枕木まで撤去されている事が判明していた。

 その先、大黒竜山脈の出口までアキツの手によって鉄道は敷かれている。だが、鉄道の終着点は大規模な陣地、つまり山岳要塞の奥に存在する事は開戦前から判かっていた。

 そしてそこ以外に、周囲数百キロメートル範囲に鉄道はない。


 先鋒のタルタリア軍には、可能ならば自分たちの鉄道延長工事が完了するまでに、アキツ軍の山岳要塞の突破が期待されていた。

 現地のアキツ軍の状況の詳細は判明していないが、戦前の兵力予測から考えてその程度は可能だろうと楽観視されていたからだ。


 なぜなら、アキツは島国で海軍国というのが一般論だからだ。加えて、魔物モンスターの国で魔法が盛んだが、逆に西方発祥の近代科学文明は遅れていると思われていた。

 ただし思われているというよりは、距離的に遠すぎる魔物の住む異世界に等しい異国なので、「よく分からない」というのが実際だった。


 タルタリアの政府、外務省、軍、それに貿易商などはそうも言ってられないのだが、タルタリア帝国の中枢を占める貴族達は、アキツの事を数少ない曖昧な情報でしか知らなかった。

 そしてその程度で十分という認識しか持っていなかった。


 何しろ、遅れた魔法を使うだけの魔物の国でしかないからだ。

 そのような者達は、タルタリア帝国はスタニアと呼ばれる天羅テラ大陸内陸中央でのこの1世紀ほどの間の侵略で十分に体験し、蹂躙じゅうりんしてきた実績と歴史があればこその認識だった。

 そして彼らの蹂躙じゅうりんした地域で見て、体験した魔法は大きな脅威ではなかった。半獣セリアンの魔力に裏打ちされた身体能力の方が、遥かに脅威だった。

 だが身体能力に優れていても、銃砲によって圧倒する事は可能だと分かっていた。


 それでも一部識者、実情を知る者の声を聞き入れ、多くの者から見れば過剰と言えるほどの準備と戦力を、アキツとの戦争に投じるべく準備をしていた。

 その成果が、タルタリアとアキツの境界線のダウリヤの街の鉄道駅の側に作られた貨物発着施設と資材置き場にあった。

 少なくとも、戦争に際して手抜きはしていなかった。



「どえらい鉄道資材ですな」


「イワン軍曹、どれくらいあるか知っているか?」


 タルタリア陸軍の下士官と下級将校が、野積みされた膨大な資材の山を前にして雑談をしている。どちらも鉄道を専門とする徽章を付けている。

 軍隊と鉄道はほぼ同類と言える時代なので、彼らも立派な軍人だった。


「はい、ウラジミール少尉。とりあえず、蛮族どもが鉄道を敷いているところまでの分というのしか聞いとりません。ですが、一度にこれだけの資材を見たのは初めてです」


「だろうな。俺もだ。大陸横断鉄道でも2、3年前からの工事は相当だったが、今回は急ぎだからそれ以上だな」


「急ぎですか、納得です。1メートル当たりで400キログラム。それがこの山ですか」


「軍曹、それでは複線だ。それに本国の近辺とここは違う。確かに本土は枕木を1メートル当たり1本半敷き、1メートル当たり40キログラムの標準型線路を使う。枕木も重量編成を無数に走らる為に多めに敷く。だがこいつらは違う。何より急ぐ」


「そうなのですか? これから随分と軍隊が使うんですよね。しっかりしたもんを作らなくて良いので?」


「私もそうしたいが、ここで敷くのは軽便鉄道の単線だ。取り敢えず敷いて、取り敢えず保てばいい。その間に、本命の標準型を敷く」


「なるほど。そう言えば大陸横断鉄道も、境界山脈から東はかなりが単線でしたな」


「それも言ってくれるな。4000キロもあるんだぞ。だが今回は、さらに余裕があれば軽便鉄道を標準型に付け直して複線にするそうだ。国内の残りも、合わせて複線にするんじゃないか? でないと、先が続かんだろう」


「噂ではアキツ本土まで攻めるそうで。ですが、軽便鉄道の単線でこの山ですか」


「そうだ。この山だ。数字にすると、もっと理解できるぞ。普通の単線なら必要量は1メートルで200キログラム。軽便鉄道でもその半分はいる。占めて2万5000トンくらい必要で、その6割が既にこの山だ」


「軽いやつでも、枕木は重いですからなあ。肩が抜けるかと何度思った事か」


「うん。しかも距離にして240キロメートルも敷くんだ。できれば3ヶ月でな」


「気が遠くなりそうですな。で、6割って事は1万5000トン、戦艦と同じくらいですか。汽車に目一杯積んで運んだとして……70編成も使って運び込んだんで? よく、軍隊と並行して運び込めたもんですなあ」


 イワン軍曹は、資材の山を見つつ感心を通り越して心底呆れていた。

 そしてそれにはウラジミール少尉も全然同意だった。


「冬の間、こっちの連中が死ぬ気で運んだそうだ。軍隊と軍需物資の輸送とかち合わないようにな。それでもまだ6割だ。あと4割を、何十万の軍隊、その軍隊を維持する食い物やその他諸々と一緒に運ばねばならん。大急ぎ以上の敷設工事をしながらな。運行する連中が目を回していた」


「先が思いやられますなあ。大陸横断鉄道の延長ではなく、資材が少ない軽便鉄道にするわけだ」


 そう言い合うと、二人して遠いどこかを見つめる。

 しかし途方に暮れてばかりもいられないので、軍曹は気を取り直す。


「ところで、人夫も兵士以外に大量に送り込んできたそうで。亜人デミの連中用なんざ、まともな宿舎もないと聞いてます」


「使い潰してでも急ぐ、という事なんだろう。魔力封じの枷に監視の兵士の事を考えると、普通の人夫の方が効率が良いようにすら思えるんだがな」


 二人の視線の先の少し遠くには、話題にしている亜人、つまり半獣の一団が綱でつながれ力なく歩いていた。

 人夫というより囚人や奴隷の姿だ。

 常識的な倫理観を持つ二人の視線が、自然と厳しいものになる。


「スタニアの亜人は言葉も通じませんからなあ。西の連中の方が、まだ言葉が通じます」


「そうだな。だが人が足りとらんのだろう。何せ西方国境勤務の我々が派遣されたほどだ」


「旧都モスキーやその近辺からも随分と来とるようです。さっき一緒にいた連中なんか、帝都組ですよ」


 下士官同士の情報を聞いて、ウラジミール少尉がたまらず嘆息する。心なしか肩まで落ちていた。


「文字通り根こそぎだな。だが、最大でも半年、可能なら3ヶ月で240キロの線路を敷けというのだから、それも当然か」


「最大で半年ですか」


「そうだ。敷かないまま冬が来たら、前線は飢えと寒さで戦争どころじゃない」


「そりゃあ大ごとだ。でも、そんなに急ぐんなら、人より蒸気牽引車、蒸気排土車、それに起重機がもっと欲しいところですな。蒸気排土車1台で、人夫100人分の仕事を簡単にしてくれます。1日に3キロも鉄道を敷けとか、機械も少ないのに10万の人夫がいても可能なのでしょうか。正直、上の正気を疑いそうになります」


「その上なんだが、ゲルマンから機関車と鉄を大量に買い付けたはいいが、そこで当座の金が尽きたと言う噂だ。ガリアはもっと金を貸してくれるというが、その金で買うのはゲルマンの鉄か武器か砲弾になるだろう。作業車も多少は買ったと聞くが、あまり期待しない方が良い。それにゲルマン製かガリア製だと、石炭で動くやつだ」


「そうですか。ですが作業車が魔石ジュエルで動くとしても十分な量がありませんから、石炭型の方が欲しいところですな」


「我が帝国は、質はともかく石炭は十分あるからな。そら、次の汽車が入って来たぞ。相変わらず酷い黒煙を上げてやがる」


「アキツでは蒸気以外を上げる汽車はないと言いますが、実際どうなんでしょうね」


「魔物の国だぞ。魔石の質も量も最高。製鉄くらいしか石炭はいらんだろ。それより軍曹、仕事にかかるぞ」


「ハッ。あれは、我々が扱う荷物でしたな。兵たちに命じます」


 そう言って、二人は急ぎ足で歩き出した。

 そしてウラジミール少尉とイワン軍曹は、この仕事を手始めとして「極東戦争」全期間において、幸運も味方して鉄道輸送を支えるべく愚痴を言い合いつつ働き続ける事になる。



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