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064 「夜襲」

 竜歴二九〇四年四月十六日



 深い夜の帳の中、荒野に悲鳴が響いた。

 しかし短い時間の間でしかなく、連続していた多くの悲鳴は止んだ。それよりも、馬の鳴き声の方が多く響いているくらいだった。


 最初の一撃は、遠くからの銃弾によるもの。

 真夜中に野営中の数十名からなる騎兵部隊に対し、寝ずの番の歩哨任務についていた兵士の頭を弾けさせる。射抜くのではなく弾けさせる時点で、小型の大砲並みの高い威力である事がうかがい知れる。

 ほぼ同時に、同じく歩哨に立っていた二人目が、こちらは通常の銃弾らしく頭を射抜かれて糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 そしてその次の瞬間、恐らくは銃弾を放った者達より近づいていた者達が一斉に、夜の闇中を駆け始める。その速さは常人のものではなく、馬の全力疾走にすら匹敵する速度。距離は100メートルほど。

 その距離を数秒で地表を飛ぶ様に走破したのだが、襲われた側も無防備ではなかった。魔力の接近を知らせる宝珠オーブ状の呪具アイテムが光を放ち警告を告げる。

 また別の箱型の呪具は大きな警告音を出した。


 そして眠っていた兵士達も、既に敵地なので無警戒ではない心理状態にあったので一斉に異常に気づく。

 ただ、相手の方が動きがずっと早かった。

 軍人なので即座に敵の夜襲と判断したまでは良かったが、彼らの多くが最後に見たのは淡く赤い光を放つ刃だった。

 もしくは、眼前に迫る淡い光を出す何かのカードだった。


 そこから一方的な殺戮が開始されたが、情景を見る事が出来たのなら、月明かりも殆どない曇り空の夜の闇の中で、淡く赤く光る無数の何かか、何かの淡い光の航跡のようなものばかりが見えただろう。

 だがそれよりも明るいのが、襲われた側が使っていた焚き火と篝火、それに角灯ランタンの光。その光に、淡く赤く光る細長い獲物を持った者達の影が時折映し出される。


 その影をよく見れば、夜の闇だから黒いのではなく着ている服装が黒を基調としているのが分かっただろう。

 さらに裾や袖口など各所に銀糸があしらわれ、黄色か金それに赤が要所に使われており、少し派手にも見えたかもしれない。


 だがそのような論評をする者は一人もなかった。

 第三者はおらず、襲われた側はほとんどが抵抗どころか刀槍、小銃、拳銃など武器を手にする間も無く一方的に倒されていった。

 身体能力があまりにも違っていたからだ。


 更に言えば、相手を探す能力、特に夜間視力、聴力、嗅覚の全てが懸絶した差があった。しかも黒い集団は自分たちを隠蔽し、偽る術すら持っていた。

 加えて高度な魔法的な捜索手段を持つ為、本来は偵察力に秀でるとされる騎兵は、特に夜において黒い集団の獲物でしかなかい。


 黒い集団に襲われた側は、タルタリア陸軍の騎兵2個小隊の80名ほど。襲ったのはその2割の16名。

 最初の完全な奇襲で3分の1を文字通り瞬殺。相手が気づき、迎撃しようとする間に3分の1を鏖殺おうさつ。そして最後に、ようやく馬に乗れないままの騎兵と襲撃者の戦闘となったが、ごく短時間で残り3分の1を殲滅された。


 奇襲、夜襲という大きな要素はあったが、個体能力の圧倒的な差がもたらした結果だ。

 高い知覚力、潜伏能力、視界といった夜間の行動力など能力差がなければ、そもそも騎兵相手に奇襲や夜襲どころか近寄ることすら難しかっただろう。

 それに人と馬とでは機動力、移動力が違う。近寄ることが出来ないばかりか、本来なら人の方は追われる側でしかない。

 それが本来の人同士の戦闘だ。

 つまり相手は、ただの人ではないという事になる。


 そして短時間のうちに人ではない者達だけになると、夜の静寂が戻ってきた。

 その戦闘現場の中心には、二人の男女の姿がある。


「制圧完了しました、大隊長」


「ご苦労、大隊副長。中隊本部はあったか?」


 声をかけた鞍馬クラマに、大隊長の甲斐カイが大隊長らしく頷く。

 鞍馬は耳が大きく上に伸びた黒髪に銀虹の虹彩が出る大天狗ハイエルフ、甲斐は頭に2本のツノがあるオーガ。周囲の者も、二人同様に人ではない特徴を主に首から上に持っている。

 とはいえ、周囲に二人を見る者はなく、他の者は任務についていた。


「はい。大尉の階級の者を確認しています。地図、書類なども押収しました。数から見ても、騎兵斥候中隊のうち半数の2個小隊で間違いありません。なお、第1中隊が残敵を確認中です」


「生存者の確認は?」


「既に確認済みです。この場にはいません」


「そうか。分散で偵察され面倒かと思ったが、この方がやりやすいな」


「はい。では次を?」


「うん。その前に、第2、第3中隊に状況確認をしてくれ」


「了解しました」


 答えるなり鞍馬は腰の右側の小物入れから1枚の札を取り出し、何かを念じるような仕草を見せる。

 すると札の上の複雑な模様や文字、記号が淡く光だす。

 魔力の輝きだ。


 現状では、この世界で唯一の携帯型の遠距離通話手段の『念話』だった。

 もっとも、西方のアルビオン精霊王国では、魔法と近代科学文明を融合させた遠距離通信手段を開発してはいる。だが相応の設備や装置が必要で、まだ携帯できるものは開発されていない。

 それ以外だと、無線による電信が既に列強各国を中心に使われ始めていたが、長短の信号だけで音声通話は出来ない。それに電波を送受信する鉄塔などの設備が必要で、携帯はまず不可能だ。


 そして現状のアキツでは、かなりの遠距離まで直接声を届ける事が出来る魔術による『念話』を、限定的ながら使用していた。

 遠距離と言っても距離の制限があり、『念話』を使うには受ける側は魔力か魔石ジュエル、それに『念話』用の札を持っていればよい。

 だが、送る側は魔術を使えなければならない。さらに双方向で会話をするには、両者が同じ魔術を使える必要があった。


 軍に属している魔術師のかなりも、直接の攻撃や戦闘の補助より連絡・通信の為に存在していると言っても間違いではなかった。

 現場での即時連絡には、戦闘で攻撃的な魔術を使う以上の利点があるからだ。

 そして彼ら蛭子と呼ばれる特殊な生まれの者達は全員が魔術を習得しているので、双方向で『念話』によるやり取りが可能だった。


「第2中隊は敵騎兵斥候小隊の殲滅を完了。既にこちらに向けて移動中。第3中隊は敵騎兵斥候小隊を殲滅。残敵確認中とのことです、大隊長」


「了解。これでまずは1個中隊か。タルタリア陸軍の編成だと、騎兵旅団1個で12個中隊。只人ヒューマンは夜に弱いとはいえ、先が思いやられるな」


「主街道の南北に出てくる騎兵斥候の動きを妨害、牽制、可能なら撃退せよ。撃退後は、敵が幌梅ホロバイに達するまで警戒任務とする、と司令部は命じています」


「そうだな。まあ、相手がこのまま分散してくれていれば、今回のように各個撃破の殲滅も十分可能だろ。それに第2大隊も明日から戦闘加入する。僕らは半分の6個を叩くか追い払えば、とりあえずの任務達成だ」


「はい。しかし捜索範囲の広さから、かなりの困難を伴います」


「蛭子なら可能と、上は考えている証拠だ。多少は僕らの力を見せてやろう」


「本気でそうお考えですか?」


 鞍馬の微妙な声色と僅かな目線の変化に、甲斐は少し軽く話しすぎたと態度と姿勢を少し改める。


「冗談だ。だが、可能な限りするしかない。それに今回の襲撃で、相手が騎兵斥候で分散していれば、相手を見つけさえすれば妨害、牽制どころか、短時間で殲滅出来る事も分かった。

 それに魔法と魔力に裏打ちされた高い知覚力で、偵察能力は我々が圧倒的に優勢なのもな。広い範囲の偵察でばらけた騎兵は、ある意味で僕らの相手には一番だ」


「はい。今回の襲撃で、夜襲及び奇襲による襲撃が効果的なのも確認出来ました。タルタリア軍は、夜間警戒、魔力警戒が予測されたより疎かです。おかげで我が方の戦闘時間についても、魔力を消費する時間が短く済みます」


「そうだな。魔力の多い幹部は良いが、1日に何度も贅沢に魔力を使う戦闘はしたくない。だからだ、大隊副長。第2、第3中隊と合流したら、既に所在を確認している別の中隊を今夜中に仕留めるぞ」


「はい。第4中隊の偵察隊が既に捕捉済みです」


「そうか。だが第4中隊は、偵察隊以外は出すなよ。機関銃が間に合えば、あれを使っての待ち伏せも出来たんだがなあ」


 そう呟いてから、甲斐は小さく嘆息する。

 そして肩をすくめた。


「無い物ねだりを言っても始まらない。使える手駒で仕事を続けよう」


「はい、大隊長」


 彼ら、特務旅団第1大隊の夜はまだ続きそうだった。


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