059 「国交断絶」
・竜歴二九〇四年四月十四日
アルビオン様式の豪華だが落ち着いた調度品に囲まれた部屋で、数名の男達が葉巻やグラスを片手に話し合っている。
窓から見える景色は、石造りの高層建造物が所狭しと建ち並ぶ大都会。竜歴2904年のこの時、世界で最も栄えている都市と言われるアルビオン精霊連合王国の首都、いや世界の都ロンディ中枢の一角にあった。
「ネルソン首相、タルタリアがアキツに対して国交断絶を言い渡しました」
「それは大使館に対してかな、バーラム卿?」
数名の中で話す二人は、ネルソン首相と呼ばれた方は長い耳を持つ天狗で、もう一人はかなりの年の只人。一見、青年と老人だが、天狗の方が上位なのは、互いの態度からも明らかだった。
ただし青年の髪は金色。大天狗ではない。
「国に対してもです。外務省の掴んだ情報では、タルタリアの外務尚書ニコライ・キーロフ侯爵は、駐タルタリア大使の筑波伯爵を呼びつけて国交断絶を言い渡し、駐アキツ大使のオッチャーヤンヌイ大使が外務卿の大仙侯爵に国交断絶を通知しました」
「バーラム卿は二人と面識は?」
「外交官時代にダイセン侯爵がアルビオンに来訪しており、その時に。キーロフ侯爵は外務大臣になってから一度。どちらも外交を預かる者としては信用できるかと。それにどちらも好戦的な人物ではありません」
「好戦的ではない、ね。ダイセン侯爵は私も少し昔に会ったが、食べる事が好きな男だったな。我が国の都会料理は特にクソまずいと話す正直な奴だった」
「外務を預かる方々の人となりはともかく、あとはタルタリアかアキツが宣戦布告をするかどうかですな」
二人の紳士に続いたのは、軍服姿の偉丈夫。
誠実そうな風貌が高潔な騎士を思わせる。階級章に似合わず、軍服の装飾も控え目だ。
「するでしょうか、ラミリーズ陸軍大臣?」
「タルタリア、アキツ両国共に、前世紀末に世界の国々との間で結ばれた『戦争条約』に調印しております。宣戦布告を行って48時間後に開戦。その前段階の国交断絶と見れば、タルタリアは定石を踏んでおります」
「それはそうですが、国際法上の規定に宣戦布告は必ずしも必要ではありません。48時間後から戦争を始める事についても紳士協定のようなものです。今回の国交断絶自体が、戦争開始の合図で問題ないと私は考えます」
「バーラム卿の意見に私も賛成だ。突然攻撃しないだけ、あの帝国にしては紳士的なほどだ。だが、なぜタルタリアはアキツに戦争を仕掛ける? 理由は?」
ネルソン首相は分かっているであろう事を、口もとを僅かに上に向けて話し相手に問いかける。その皮肉げな笑みが、現状の復習をしようという意図だと他の者に伝えていた。
だから陸軍大臣ではなく外務大臣が問答を買って出る。
「アキツ国内で反タルタリア感情が高まっていると、タルタリアは再三再四訴えていました。加えて、既にアキツの植民地状態の黒竜国への強引な進出を年々強めているとも」
「確か黒竜地域の半分はアキツ領ではなかったか?」
「面積的には3分の1程度。残りの主要部に国際法上では黒竜国がありますが、アキツの保護国の様な有様。現在は残りのほぼ全土が自治州の扱いです。既に我々の視点での外交権はありません」
「そしてアキツが完全に領有化していない地域こそタルタリアが欲しい場所で、何の権利もないのに難癖を付けているんだったな」
「はい。ですが本当に欲しいのは、土地ではなくそこに住んでいる1000万の亜人ではないかという分析も出ています」
「アキツ産の魔石は質が良いからな。我が連合王国でも欲しいくらいだ」
「はい。タルタリアとしては、自国の質の悪い魔石では西方での競争に勝てないのでアキツを欲していると言うのが、あの帝国の水面下から伝わってきている話になります」
「水面下? 何ですかな?」
興味を持ったラミリーズ卿がつい口を挟んだが、この場合は問答で、復習ではなく本当に知らないと顔に書いてあった。
そしてこの表裏のなさが、彼の魅力であり欠点だと言われている。今回の場合、魅力が優ったのは他の二人の反応を見れば明らかだった。
「あの帝国では、今では邪教とされる真教の古い教えを信奉する地下組織が以前よりありました。そして近年になり、あの帝国にある反政府派の多くを糾合した組織に発展。7つの派閥があることから、北の昼の空に浮かぶ七つの月の名を取って七連月と名乗っているそうです」
「そしてその七連月は、外圧を利用してタルタリアを自分達の手に取り戻そうと考えているのですか?」
「そう邪険にしてやるな。弱者の知恵だ、ラミリーズ卿。それより、我が国にいるタルタリアとアキツの大使は何か言っていたかね、バーラム卿?」
「タルタリアのオトリーチュヌイ大使は、こちらから問い合わせる前に通達がありました。アキツの英彦大使は、こちらから話を聞いたところ本国からは何も連絡はないとの返答でした」
「アキツ政府は混乱している、と言ったところかな?」
「恐らくは。自治領内での軍事演習を戦争理由にされるとは、考えていなかったのかも知れません」
「植民地や海外領ではなく自治領だからこそというのがタルタリアの因縁の一つだが、東の果ての国は外交経験の不足で詰めが甘いといったあたりかな?」
「繊細な対応が求められる場所ではあるでしょうが、自治領での軍事演習を戦争理由にしていては、西方諸国は毎年どこかが戦争しなければなりませんな」
憮然とした口調でラミリーズ卿が呆れていた。
それだけ、タルタリアの今回の国交断絶、そして事実上の開戦が強引なこじつけという事だった。
「ですが、何か不測の事態が起きた影響かもしれないという話を、タルタリアの我が国の駐在武官が報告しております」
続いたラミリーズ卿の言葉に、皮肉げな苦笑で賛同を示すした二人が少し意外そうな表情へと変化させる。
「大使からは何もありませんが?」
「あくまで推測という事でしたが、暗号電がこの会議の前に。ウスチノフ陸軍尚書が参戦派であるとしても、通常ではない動きがここ最近見られたと」
「そういえば、去年の秋にも覗き見を失敗していたな。そして今回も悪巧みをしたが失敗し、次善の策として強引に因縁を付け、形だけ自分達の帝国の威信を取り繕おうとした、という辺りか。底が浅いな」
「タルタリアは、アキツを主権国家として認めていない節があります。西方諸国への取り繕いよりも、皇帝の首を縦に振らせる為の方便、いや、言い訳のようなものかも知れません」
「かも知れんな。あの帝国は、かつて皇帝の気分で戦争を決めたり、突然やめた事もあったからな。あの時は大変だった。そして今も変わらずか。我ら天狗でも、もう少し変化していくものなのにな。これでは、大天狗が政権を持つアキツに足元を掬われるのがオチだな」
「……我が国はアキツ支持を変わらずで?」
「公債を出すなら、市場には自由に買わせる。告げ口は北方妖精連合あたりが熱心にするだろうが、手助けくらいしてもよかろう。西方ではアキツが不利過ぎる」
「軍の方は?」
「陸軍は何もしない。悪いなラミリーズ卿。海軍のアンソン卿には多少骨を折ってもらうかも知れないが、実際には覗き見程度だろう。おっとそうだ、始まったらアキツに観戦武官を多めにやってくれ。久しぶりの大戦だ。君らも見たいだろう」
「はい。数十万の規模の陸戦が発生すると予測されています。見逃す手はないかと。それに、人の軍と亜人の軍の激突というのも非常に興味深くあります。それにアキツの手札にも」
「ハハハッ。君が赴きたそうだな、ラミリーズ卿」
「叶うならば。ですが、参謀本部の生え抜きを相応の者に率いさせるつもりです。2ヶ月以内には、第一陣をアキツに送り込みたく」
「分かった。私も骨を折りましょう。宜しいですな、ネルソン首相」
「バーラム卿も乗り気だったとは、少し意外だ」
「当然でしょう。アキツとタルタリア、二つの大国が正面から戦争するとなれば、世界全体への影響は必至。そして当事者以外にとっては、外交の戦争だと私は認識しております」
自慢げに言い切ったが、アルビオンの真骨頂が外交なのは事実なので聞いた二人も反論はできず、苦笑したり皮肉げに笑みを返す事しかできなかった。




