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058 「謀略失敗?(2)」

 カーラ元帥の沈黙はお茶を飲むためだったが、それにしてはゆっくりとお茶を飲みすぎていた。

 何かを聞きたいか、何かを言わせたいのだとウスチノフもすぐに察する。


「それで、貴官が本当に聞きたいのは、いつ開戦するのか、いつ自分は総司令官となるのか、と言ったあたりか?」


「そこまでは申しません。ですが策を整えるには、相応の時間が必要です。戦とは戦う前に既に決まっていると、古来より言われております。不十分な状態は可能な限り避けたく存じます」


「当然だな。……陛下も私も、最初の決戦は夏前だろうと考えている。6月赴任、1ヶ月以内に掌握と準備の詰めと言ったあたりだろうか」


「……欲を言えばもう1ヶ月欲しいところですが、戦に無理は付き物。ですが一方で、戦は相手あっての事。私は来月には現地に赴きたく思います。必要なものを順次お送り下さるのなら、成し遂げて見せましょう」


「流石はカーラ元帥。見事な御覚悟。貴官の着任より早く求める物が現地に届くよう尽力しよう」


「……つまり、その辺りに戦争は始まると? 噂では、アキツ軍の強硬派が痺れを切らしているとか」


「その事は私も耳に挟んでいる。ここ数日が開戦の最初の山ではないか、ともな」


「なるほど、そうでしたか。だから本日小官をお呼びになられたのですか?」


 探るような目が上品な顔の奥から垣間見えるが、ウスチノフは笑って誤魔化す。


「私は預言者ではないよ。貴官が陛下の元に参じる前に少し話をしたかっただけだ」


 その後も多少話はしたが、雑談以上にはならなかった。

 そしてウスチノフの焦りは強くなる。明日、カーラ元帥が皇帝ゲオルギー2世から征東軍総司令官を任じられれば、帝国内では開戦したも同然だからだ。

 皇帝が気軽に口にした言葉だが、文官たちの手により既に準備も整えられている。




 だが、いつまでたってもウスチノフにとっての朗報はもたらされなかった。

 その為、カーラ元帥が征東軍総司令官改め極東遠征軍の総司令官に任じられた翌日の午後遅く、別の人物と宮廷内の談話室サロンで顔を合わせていた。

 ヴィクトル・カリーニン内務尚書だ。

 

「戦場となるべき場所は、平穏なままのようですな」


「はい。我々の分析では、魔物モンスターどもの穏健派が急進派を止めたのではと推測しております」


 カリーニンの一見世間話をするような言葉に、ウスチノフも調子を合わせざるを得ない。

 あくまで雑談、せいぜいが簡単な意見交換程度の場だからだ。


「あの国も一枚岩ではないと?」


「恐らくは。様々な亜人デミがおりますし、邪悪な魔人デーモンすらいる国。国論が一つなど、ある筈もないでしょう」


「確かに、そうやもしれませんな。ですが、困りましたな。カーラ元帥は征東軍総司令官に任じられ、来月には東に向かわれると陛下にお約束したそうですぞ」


「昨日、私も同じような事をカーラ元帥より聞きました。ですが、大きな問題はないかと」


「ふむ。同じ事をもう一度行うと?」


 少し目を細めたカリーニンの態度に、ウスチノフは内心汗をかきつつ頷くより他なかった。

 ここで本当の事を言ってくるとは予想外だった。そしてこの場は、話しても問題ない場だとカリーニンが言ったも同然なので、彼も周りをはばからなくて良いと判断する。


「……2週間以内に、必ず」


「フム。2日後ならともかく、2週間では少しばかり遅いのではありませんかな。既に皇帝陛下は決められたのですぞ」


 そう返され「1週間」と言い直そうとして寸前で思いとどまる。物理的に考えて不可能だからだ。

 万が一に備えて謀略に使える部隊の予備は用意していたが、連絡を取って事を起こさせるには最低でも2週間が必要だった。


 電信で知らせるにしても、情報漏洩には細心の注意を払わなければならない。かといって秘密裏に郵送の文書で命じるなどしていたら、時間がかかって仕方がない。何しろ現地は帝都から5500キロメートルも彼方だ。

 そうした袋小路に陥ったので、ウスチノフは全力で思考を巡らせる。

 そこにカリーニンがポツリと呟いた。


「そういえば、来週の今頃にアキツ軍が黒竜地域の中原で大規模な軍事演習を始めるとか。開戦が伸びれば、演習も予定通り行われるやもしれませんな」


 (だからなんだ!)と叫びたいのをぐっと堪えるも、何か一言くらい言いたくなったのを止められなかった。


「まったく、魔物どもの好戦的な事、この上ありませんな」


「ええ、まったく。帝国に対する脅威と言えましょう」


「……」


 そこでウスチノフは、カリーニンに誘導されかかっていると気付いた。勿論だが、カリーニンは雑談をしているという態度以外は見せていない。


(カリーニンは、失敗した謀略の代替手段として、連中の演習を開戦の口実にしろと言いたいわけか。だが理由としては弱い。やはりこいつは軍事の素人だ。それに政治的にも不味くないか? ……いや、カリーニンが言うという事は、皇帝陛下は納得される可能性が高いという事か)


「……ええ、大いなる脅威と言えましょう。すぐにも外務省に厳重な抗議を行わせても良いくらいだ」


「キーロフ外務尚書は既に何度か抗議文を送り、アキツ側からは帝国の安全を脅かすものではないと概要すら伝える返答がありましたが」


「だから外務尚書は生ぬるい。軍団規模の演習ですぞ。やはり戦争準備に他なりますまい! 姑息な魔物どもの事、演習と偽り戦争準備をしているのです」


「ほう、それは興味深い。事実ですかな?」


「い、いや、あくまで私見だが」


 適当な言葉を並べたのでとっさに予防線を張ったが、カリーニンはウスチノフの言葉にとても関心を抱いているように見えた。


「いやいや、ウスチノフ陸軍尚書のお言葉、軍事に素人の私などより確かでありましょう」


(つまり、既に内政上では戦争が始まっているから、この線で皇帝陛下に押せと言うことか。確かに、アキツに戦争開始の責任を内政上では擦りつける事は一応出来るが……)


 内心を見透かされたのか、カリーニンが頷く。


「皇帝陛下にお話しし、御裁可を仰ぐべきやもしれませんな」


「ええ。しかし」


「私が重臣達を集めましょう。帝国の危機をみすみす看過するわけには参りませんからな」


「……お願いできますかな。私はそれまでに軍をまとめます」


「そちらはお願いできますかな。では2日後を目処に」


「ええ、お互いここが正念場ですな。では私は早速」


 そう言ってウスチノフは足早に去った。

 それを見送るカリーニンは内心嘆息する。


(目の粗い謀り事を企てるから失敗する。だからこそ、私にとっては好都合というべきか。これで我が帝国は、世界から見て今回も攻める側となる。だが矛を納める時には、帝国内ではやりやすくなる。もっとも、我が帝国内では笑えぬ喜劇になりそうだな)


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