表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/156

057 「謀略失敗?(1)」

 ・竜歴二九〇四年四月三日



「まだ何も報告や動きがない。何故だ?」


 アリョーシャ・ウスチノフ陸軍尚書は、陸軍省の執務室で独白していた。人払いしているので、その声を聞く者はいない。

 だがウスチノフとしては、彼の疑問に明確に答えてくれる者がいて欲しいと心の底から思うほどだった。


(計画では一昨日の襲撃。そこから諸々会議や手続きをして1週間以内のアキツとの国交断絶。それで堂々の戦争開始。準備不足のアキツに対して、戦略的な奇襲攻撃による迅速な進撃の予定だった。なのに、このままでは台無しではないか!)


 彼の計画通りなら、遅くとも昨日には彼にとっての朗報を受けている予定だった。

 だが、2日経っても何の報告も上がって来ていない。齟齬や誤差はある程度考えられていたが、既に待つのも限界だ。


 それなのにアキツとの境界線は平穏なままで、現地からは定時報告以外は届いていない。念の為、状況を問うてみたが、アキツは境界線の町の辺りに国境検問や警備の最低限の兵士しか置いていないので、軍事的緊張すら殆どない有様だった。

 逆にアキツの政府が何か動いたという報告もないし、アキツの軍隊の方は黒竜地域中央の平原地帯での大規模な演習準備で忙しそうにしているだけだった。


(役立たずの犬どもめ! だが、実質的な人質すら取ってあるから裏切りは考えられん。しかし、ヘマをしてアキツ軍に攻撃を受けたのなら、アキツの軍か政府に反応がある筈。現地は何もない草原だと聞くが、不案内で道にでも迷ったか?

 連絡方法がないのが痛いな。アルビオンが開発したという魔力を用いた音声無線装置とは言わないが、せめて無線電信装置が馬で持ち運べれば……いや、無い物ねだりはよそう。連絡自体危険だし、今は待つしかないか)


「アントン・カーラ元帥がお越しになられました」


 ウスチノフが解答のない思考にふけったところで、執務室前の次ノ間にいる副官の声。


「……通せ」


 今日カーラ元帥が現地の総司令官就任に向けての根回しで、今日出頭を命じていたのをすぐに思い至り、なるべく平静な声を返す。

 少しすると扉が開き、品の良い初老の男が入って来る。


「アントン・カーラ元帥。お呼びにより出頭致しました。アリョーシャ・ウスチノフ陸軍尚書閣下」


「うむ。ご苦労カーラ元帥。そこに掛けてくれ。今日は陛下の御内意を伝えるだけ。正式なものではないから気楽にしてくれたまえ」


 カーラ元帥を執務室の応接区画に座らせ自らも席へとつく。

 そして型どおりの簡単な世間話に興じる。

 勿論だが、カーラ元帥はウスチノフの謀略の一件は全く知らない。彼は皇帝の覚えもめでたいので、謀略に加えた場合に皇帝に謀略が漏れる可能性があったからだ。

 そして皇帝が謀略を知るべき事でないと考えるくらいには、彼にも節度があった。


(毛並みが良い上に陛下の覚えもめでたいとは、羨ましい限りだ。だがまあ、私の謀略が上手くいかなければ、苦労する事になるかもな)


 そう思うと、カーラ元帥への暗い感情が首をもたげると同時に、同情にも似た感情も湧いて来るのだから不思議だ。


「カーラ元帥、アキツ軍は恐ろしい魔物モンスターの群れ。一筋縄ではいかないだろうが、勇敢で博識な貴君なら総司令官職をやり遂げられると確信している」


「恐縮です、陸軍尚書閣下。彼らの得意な事をさせず近代の戦いを強要し続ければ、大きな問題はないと小官も考えております」


「強要か。何か策があるのかな?」


「策という程ではございません。戦いの常道として、敵より多い戦力を用意します。勿論、数だけではなく、質の面でも彼らより多い戦力を揃えます。その上で、火力戦を強いて彼らが得意な白兵戦を可能な限り行わず、さらに彼らの魔法の届かない間合いでの戦いを展開するのです。

 亜人デミは人より身体能力に優れてはいますが、多くの火力を投じれば白兵戦より遥かに効率よく倒せます。この事は、我が帝国がこれまで行ってきた領土拡張での経験から導き出されたもので、それをより徹底させようと計画しております」


「なるほど。流石はカーラ元帥だ。私も安心して貴君に前線を任せられる。それに、その言葉をお伝えすれば、皇帝陛下も得心される事だろう」


 ウスチノフは半ば演技ながら、内心かなり感心していた。しかし宮廷人でもあるので、演技の方が前に出てしまうのは仕方のない事だった。

 それに相手のカーラ元帥も、そんな事は承知の上だから気にする必要すらない。

 だからカーラ元帥は座りながらも恭しく頭を下げる。

 そして彼も宮廷人なので、顔を上げると違う表情を見せた。


「はい。明日は皇帝陛下の元に参じますので、同じように申し上げようと考えております。ところで陸軍尚書閣下、この戦法を行うべくお計らい頂きたい議がございます」


「私も小鬼ゴブリンどもは、この機に一気に叩き潰すべきだと考えている。何なりととはいかないだろうが、何を用立てれば良い?」


「御心強い言葉、流石は陸軍尚書閣下。では、単に兵力を多く投じるのではなく、砲兵を重視していただきたく。また、機関銃を多く。それに十分な弾薬も」


「火力戦を強いるのなら当然だな。出来る限りはしよう。だが、小鬼どもばかりを気にかけている事が出来ないのは貴官も十分承知の事と思う」


「はい、勿論に御座います。老大国のオストライヒはともかく、軍国主義のゲルマンに隙を見せるのは良策では御座いません。それに北方妖精連合の亜人達に対しても、手を抜くのは考えものかと」


「だから兵ではなく武器弾薬か。兵の方は?」


「大陸内陸部のスタニアから、追加で半獣セリアン以外の兵をある程度まとまった数で頂けますか?」


「……役に立つか? タルタリア語どころか数字すら理解しない連中も少なくないと聞くぞ。弾除けなら亜人どもで十分だろう。あいつらは頑丈なのが取り柄だ。良い弾除けになってくれるだろう」


「ですが相手も亜人。我が帝国の領土拡張でも、半獣同士の戦いの場合に手を抜く者、裏切る者があとを絶ちませんでした。信頼できる者達以外、むやみに増やすべきではないかと。それとスタニアの兵は、主に牽制や陽動、それに囮に使います。アキツ軍を火力の網に誘い込む為の」


「策を考えての事か。分かった。多少時間はかかるかもしれないが、スタニアからの徴兵と引き抜きは行おう」


「感謝致します」


 そこでカーラ元帥が言葉を切るだけでなく沈黙した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ