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055 「謀略阻止の始末(2)」

「言ってなかったか? 大隊副長、いや、鞍馬のご先祖筋の方に少しばかり手ほどきして頂いた」


「大隊副長のご先祖筋? 名のある方で?」


「聞いて驚け、大剣豪の金剛様だ」


 甲斐が少し自慢げに言葉を返すと、磐城がただでさえ大きな目をさらに広げる。

 そしてさらに甲斐と鞍馬を交互に首ごと顔を向ける。


「なんとっ! タルタリアの姫君の護衛をされているとの事ですが、そのご縁ですか? それとも大隊副長からのご紹介で?」


「半ば偶然に知己を得られた。まあ、その話は暇な時にでもしよう」


「次の機会があれば磐城も紹介するわ」


「ハッ。どちらも是非に。それに、時間があれば大隊長と手合わせしたく。本当はそれが言いたかったんですがね」


 言いつつ巻き毛の頭をかく。


「これで開戦が伸びれば、多少時間は取れるかもな。それより、見張りが大隊副長の方で光が殆ど見えないと言っていたんだが、どう対処した? 幻影術でも使って隠蔽したのか?」


「可能な限り光を出すなとの指示でしたので、舞刄札4枚と式神サーヴァント2体で対処しました」


「そうか。手間をかけさせたな」


「恐縮です。ですが、火焔はもちろん、火球爆や迅雷、竜巻といった上級術を使う必要もありませんでした。最後の一人は彼らの名誉をと思って刀を用いたのですが、気づきすらしていませんでしたから」


「その程度だったか」


「僭越ですが大隊長、その程度と仰る当人が瞬く間に十数騎以上を斬り倒しているではありませんか。さらに言わせて頂くと、大隊長と大隊副長で全体の2割を食っとります。少しばかり指揮官率先が過ぎるのでは、と愚考したくなります」


「そうだったな。大隊副長は任務だから当然として、僕は指揮に専念すべきだった。ただ……いや、何でもない」


「ただ、何ですかな。全部話しておきましょう。自分と大隊副長しかおりません」


「うん。気がついたら体が動いていた。本当は、僕も景気付けの数名程度と考えていたんだ。それに最初の誰何すいかも、隊列を止める為とは言え僕の我儘のようなものだったしな」


「大剣豪の手ほどきがそれ程だったという事ですな。これは楽しみだ。ですが、楽しみは後ほどに。お客人の見聞が済んだようで」


 磐城が視線で促すと、その先に曹長を伴ったアリオトが戻ってくるところだった。


「いたぞ、隊長さん。首と胴が離れていたから少しわかりにくかったが、見た顔、いや見た首が3つばかりあった。それにしても、何であんなに綺麗に斬れるんだ?」


「申し訳ありませんが機密です。それより、検分感謝しますアリオト殿。曹長」


「はい。現在、ご指摘頂いた写憶機メモリーと写真機双方で記録を取っております。また服装、装備を調べておりますが、ある程度判明しました」


「中も外も偽物だっただろ?」


「はい、アリオト殿。大隊長がおっしゃられた通り、小銃こそ我が軍の旧式銃ですが、槍はどこのものとも知れません。軍服は一見同じですが、細部と縫製が違うと詳しい者が言っとります。幾つか本物があるやも知れませんが、大半は複製したものではないかと」


「その辺は後方に送れば分かるだろう。できる限り証拠を集めて、後送する準備も進めろ。遺体は夜が明けたら熱処理を開始。灰になるまで処理して埋める。あと、簡易葬もだ。葬儀には僕も出る」


「こんな場所で燃やすのか?」


「燃やすのではありません。勾玉の発熱を利用した焦熱化の魔術を用い、短時間で炭化させてしまうのです。何しろここは魔力の多い者ばかり。勾玉の備蓄もあれば、充填も簡単。戦闘さえなければ、贅沢な使い方もできます」


「確かに贅沢だねえ。それに聞いた事もない話だ。見物してもいいか?」


 本気で感心しているアリオトに、説明した鞍馬が人の悪い笑みを浮かべる。


「どうぞご自由に。ただ、あまり見られたものではありません。木や炭で燃やすのと違い、炎も煙もあまり出ませんから。丸見えですよ」


「ウゲゲッ。気持ち悪そうだな。だが、それはそれで、帰国前の良い土産話になる。見物させてくれ」


「だそうだ、曹長」


「はい。ただ一つだけよろしいですか?」


 曹長が真面目にアリオトに話しかけるも、アリオトの態度はあくまで軽い。


「ん、何だ?」


「風向きでその都度、作業の者達は移動します。それには従っていただきたく存じます」


「構わないが、何で風向きでって、そりゃあそうか」


「はい。火も煙もあり出ませんが、臭いは相当です。ですので、作業自体も風向きが北から吹く時間を狙ってします」


「風に乗って妙な臭いがタルタリア側に流れたら、半獣なら気づくかもって事か。だが国境まで最低でも20キロある。タルタリアに気づく奴がいるかねえ?」


「念のためですよ。アリオト殿」


 途中から曹長の話を継いだ甲斐がそう結ぶと、アリオトが肩をすくめる。そして全員の視線の先には、大きな湖が遠望できた。

 既に朝焼けがかなり進んでいて、澄んだ空気なのもあり遠くまで望む事ができた。

 そして彼らが南側に湖を見ているように、幌梅の町とは違う方向だった。


 巨大な湖を迂回する道をそのまま進むと、大黒竜山脈の南側を通る道へと続く。ただし、多数の馬車が通るような道ではないし、何より鉄道が敷かれていない。

 また、台形に近い形の湖は南北に長く横たわり、長辺は60キロメートル以上あって馬で進んでも回り込むだけで数日を要する。


 偽アキツ軍の騎兵中隊の目的がアキツ軍の振りをしたタルタリア軍への攻撃である以上、国境から離れた湖の北側を通るしかない。

 そしてアリオトとメグレズ、つまりタルタリアの地下秘密組織・七連月セプテントリオネスからの情報と監視、追跡により、甲斐達蛭子衆第一大隊は湖北側の縁を通る間道で完全な待ち伏せを行うことが出来た。


 待ち伏せされたアキツ領内へ侵入した偽アキツ軍は、主要街道を通らずにアキツ軍としてタルタリア軍を攻撃する手筈だったからだ。

 そしてこの「アキツ軍による不意打ち」を、タルタリアは開戦理由にしようと目論んでいた事まで掴んでいた。



「で、我が国は七連月からの情報提供を受け、こうして待ち伏せをした次第だ」


「ですが、証拠を押収し捕虜、いいえ逮捕者は得ましたが、遺体はこうして処分します。今後はどうされるのでしょうか?」


 遺体処理を指揮している第4中隊の天草中隊長が、作業の進捗を確認に来た甲斐に雑談として問いかける。

 上の命令に従うのが軍隊なので任務に従ったが、今回の件そのものが急な命令変更なので聞きたくなるのは人情だろう。だから甲斐も咎める気はなく、逆に苦笑を浮かべる。


「僕も聞いていない。だが、証拠と逮捕者は念のためで、だんまりを決め込むんじゃないかな。急ぎだったが、こっちも隠密裏に進めたからな」


「だんまり、ですか。やはり相手の疑心暗鬼を図るおつもりでしょうか」


「その辺りだろうな。下手にタルタリアに事実を突きつけても、小鬼ゴブリンどもの卑劣な謀略だとか因縁つけて、それはそれで開戦理由にされかねないだろ」


「確かにそうですわね。何事も無かったと装い、タルタリアが次の一手を打つまでの時間を稼ぐ、という事ですか」


「うん。そうして開戦時期を後ろにズラそうという意図を上が持っていると思う。時間が経てばタルタリア軍も前線に部隊を積み上げるだろうが、こっちもより防備を固められる。しかも見ただろ、来る途中の山岳要塞を。あれを固めたら、5倍の戦力があっても落とせるかどうか」


「相手が10倍でもしのぎそうですわね」


「うん。こっちは、山脈の後ろから鉄道で補給と増援を注ぎ込み続ければいい。迂回路は遠回りすぎる上に鉄道もない。だから騎兵集団くらいしか軍事行動できないが、僕らや他の精鋭で邪魔してしまえば、こっちの補給線を断つどころか迂回すらできない。

 それとアキツは、当初はこの辺りの雨季が終わる8月頃の開戦を予想していた。だがタルタリアは、もう開戦しようとしている。だからアキツにとって時間は味方、という事になるんじゃないか」


(階級が1つしか違わないのに、よくここまで分析できますわね。年齢から参謀教育は受けていない筈だし、大隊副長と話し合いでもしたのかしら? 若くして出世するわけね)


 天草は「はい。そうですわね」と納得して頷きつつも、内心感心していた。単に個人として強いだけ、二つ名持ちだけで、特務とは言え大佐や指揮官にはなれないのだと実感させられた。長年裏方の自分には縁のない事だとも。

 そんな甲斐の話を、他にも何名か兵士達が聞くともなしに聞いていたので、少し声を大きくして聞こえるように甲斐は話していた。

 そして聞いているのは全員が将校か下士官の教育も受けているので、より上位の教育を受けていなくともある程度の理解には達していた。

 ただ一人だけ心情面での例外がいた。


「地獄の業火の前で、よくそんな冷静な話ができるな。あんたらのバカみたいな魔力より、その図太すぎる神経に感心するぜ」


「我々は蛭子デビル。地獄は見慣れていますから」


「地獄ね。確かに話しているのも次の地獄の算段だよな。それにしても酷い景色だな」


「だから申し上げたではありませんか」


「ああ。言った通りだった。アキツじゃあ、こんな方法で死体を火葬するのか?」


「魔力のある者の土葬は危険もありますからね。でも本来は火葬炉に入れて、もっと効率よく骨にします。ですが前線では炉は用意できませんからね。あと火葬すれば、戦死者の遺髪ではなく遺骨を持って帰れます」


「骨で帰国ねえ。まあ俺は生身のままもうすぐ帝都に帰るから、この地獄ともオサラバだ」


 げんなりした声で手をひらひらさせつつ、アリオトが二人の前から去っていく。

 威勢の良い女傑だが、初めての壮絶な光景に食傷気味だった。

 そして彼女は、別の目的の場所へと向かっていた。

 そこでは第3中隊の不知火が、魔法の治療薬のおかげで持ち直した逮捕者に、軽く尋問をしている筈だったからだ。


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