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052 「不法入国(1)」

 ・竜歴二九〇四年三月末日



入国査証ビザはお持ちですか?」


 夜明け前の最も夜が深い暗闇の中を進む百騎を超える騎馬集団の前に、突如一人の男が現れた。

 お互いに夜目が効く上にかなりの月明かりがあったのに、その男は突然眼前に現れたように見えた。

 他に人影は見えない。


 見た目はアキツ陸軍の黒い軍服姿。最近支給が進んでいる茶褐色ではない。ただあまり見慣れない軍服で、銀糸をあしらうなど装飾が少し派手だ。それでいて参謀飾緒などはない。

 ただ、上から大きい頭巾フード付きの外套マントを羽織っており、階級を示す徽章や意匠を確認する事はできない。


 一方、突然現れた人影と、その者の言葉を受けて慌てて止まった騎馬の集団も、同じようにアキツ陸軍の軍服。しかし肋骨服と言われる、左右のボタン飾りを紐飾りでつないで肋骨のような見た目の黒い上着に赤い長袴パンツと革靴。

 竜歴2800年代に西方で流行った騎兵用の軍服だ。それをアキツ陸軍も、他国に合わせる形で採用していた。


 そしてアキツ陸軍の特徴として、かなりの縦長の水平ピケ帽を被っていた。男の方は頭巾で見えていないが、頭巾の上からも上に大きく張り出した帽子をかぶっているのは分かった。

 アキツに西方の装束が流れてきたのは天下泰平の時代だが、定着したのはここ100年ほどの事。自分達に合わせて軍や紳士の衣装の一つとして水平帽が採用されたという経緯がある。

 アキツの住人はオーガなら2本のツノ、半獣なら耳が頭の上にあるので、頭を覆うのを嫌がった。

 だからアキツで西方風の帽子といえば、中の空間が確保できる水平帽だった。海外に出るアキツ人も、大抵は頭を隠す水平帽か頭巾をかぶる。


 自分達の伝統装束でも、小さな烏帽子や頭巾など頭の上の被り物でツノや耳は晒すものばかり。雨や日光を防ぐという目的で、大きな頭巾つきの衣装や笠を付けるに止まる。

 特に半獣は、耳が聞こえにくくなるとして、頭の被り物は嫌う傾向が強い。

 他には、寒冷地用として顔の横に耳があっても隠れるほどの大きな毛皮の帽子が採用されている。

 この大きな毛皮の帽子は、耳の長い天狗エルフに好評だった。

 この時も、騎兵の一部は大きな熊毛帽をかぶっていた。


 そんな騎兵だが、よく見れば違和感がある。

 4騎から6騎程度がほぼ同列ながら、それほど厳密に隊列を組んでいない。これが軍の行軍なら、もっと規則正しい隊列を組むだろう。

 夜の中を進む騎兵の集団には、そうした不自然さがあった。



「任務中にて馬上から失礼するが、そちらも友軍に対して無礼だろう。頭巾を外し官姓名を名乗られよ!」


 突然現れた男に対して、指揮官らしい騎馬が権高な態度に出る。その指揮官の軍服には大尉の階級章が付いていた。

 対する男の階級は大きい外套のせいで見えないが、見た目も動きも普通で魔力も殆ど感じられない。


 ただ、1人だけというのは解せなかった。巡回警備中なら複数での行動が基本だし、騎馬の必要な場所なので馬なしというのも違和感が大きかった。

 馬から降りたわけでもなさそうで、男の近くに馬はない。

 また周辺に、他の兵士の気配はない。


 何もない荒地とも言える草原を徒歩で移動して平気なのは、よほどの魔力のある者くらいだ。

 そもそも今は、夜明けがやや近いとはいえ真夜中だ。

 だからこそ騎馬の集団の指揮官は不気味に感じ、やや下手に出たとも言えた。

 それなのに男の態度は全く変わらなかった。


「無礼とは心外ですね。我が国にはいない半獣の部族が、我が軍の軍服を着ている。そんな怪しい集団に入国査証を問うのですから、むしろ礼儀正しいと思うのですが?」


「何を証拠にっ! 我々はキタンより移住した青狼族。無礼は許さんぞ!」


「僕の知人が、あなた方の部族をずっと西のスタニアで見たと言っています。臭いも同じだと。これでも不足なら、あなた方を締め上げてお聞きしても構いませんが」


 「なっ!」。今度は絶句した。

 そして話している隊長格だけでなく、男の言葉を聞いた騎馬の集団全体からも一気に殺気が高まる。早くも肩の小銃や槍に手をかける者もいた。

 それでも男は平然としている。


「もう一度お伺いします。入国査証はお持ちですか? 旅券パスポートでも構いません。お持ちでないなら、今すぐ回れ右をすれば見なかった事にしましょう。僕も余計な仕事はしたくない」


 言葉を終えると、親しげとも言える笑みを浮かべた。

 それに対し騎馬集団の隊長格が一瞬目を左右に向けると、素早く騎馬の集団の兵士達が肩にかけていた小銃を手に取る。

 いや取ろうとした。


 騎馬の隊長格の男も合図と共に自らの銃を手に取り視線を男に戻そうとしたが、彼の視界内に男の姿はなかった。

 ただ、隊長格の男の視線は不意に傾き、急速に下に向けて移動。何かの大きな音と共に衝撃を受けると、視界の片方が地面を映していた。

 その視界が変になる一瞬前に聞いたのは、話していた男の声だった。


「攻撃開始!」




「あーあ、一番に始めちゃったよ」


 見晴らしの良い、それでいて自らは遮蔽された場所から、大きく長い銃身を持つ銃を構えたオボロが呑気に呟く。

 しかしその体は手を中心に正確無比に動き、素早く銃に次の弾丸を装填する。

 それに彼女も、甲斐大隊長が動いた次の瞬間に、最初の一弾を最も離れた場所にいる指揮官の一人らしき者に放っていた。


 通常よりもかなり大きく長い銃から放たれた大きく長い弾丸は、拳銃の弾程度なら一撃で致命傷を受けない筈の半獣の頭に命中。

 その半分を弾けさせる破壊力を発揮した。

 銃も弾丸も魔力由来のものはないが、只人ヒューマン相手なら頭全体が弾けたであろう威力だ。

 しかし朧は、銃弾の命中と結果を確認した時点でその目標への興味を失っていた。

 もう終わった事だからだ。


 その後も彼女は、正確に目標を銃弾で射抜き続けた。

 最初は指揮官と考えられる徽章を付けた者を数名。その後、混戦となると攻撃開始した友軍から遠い者を狙い撃った。

 一人も逃すなというのが、大隊長から下された命令だったからだ。

 だから銃の有効射程圏外に相手が移動すると彼女も素早く移動し、予測していた退路を狙える位置から狙撃を続けた。


「僕も接近戦すればもっと戦果を稼げたかなあ」


 そうぼやく彼女の視界内では、仲間、いや友軍の一方的な戦闘が展開され続けていた。

 その様子は、軍事行動でなければ虐殺とすら言えただろう。

 だがアキツの歴史上で、数限りなく繰り返されてきた光景の延長に過ぎなかった。違いがあるとすれば、使用する武器が違っている事くらいだろう。


 「攻撃開始!」の号令と共に、既に騎馬集団の四方を囲んでいた数十名の黒装束が、それぞれの方向から主に赤光りする刃を手に戦闘を仕掛けた。

 それでも第一撃目は、近代の軍隊らしく銃撃によるものだった。

 中には魔術による魔力の光もあったが、距離があったので銃撃が主体となった。


 術、魔法による一般的な有効射程距離は、術自体や使用者の魔力によって変化する。通常は精々50メートル程度、長くても100メートル程度。2、30メートル程度という場合も少なくない。

 それに対してこの時代の一般的な小銃の射程距離は、当たるかどうかはともかく、射程距離は魔法よりずっと長かった。1000メートル先にだって届く。この時も、200メートルは離れていた。

 それでも小銃と同じ距離の札(呪符)による魔法を投射できるのは、高度な術を用いているか、術者が熟練者であるか、もしくは高い魔力を有するかだった。


 だが、今回の相手に対して、一般的な小銃による銃撃はあまり効果がなかった。

 完全に急所を貫いた場合は別だが、半獣は只人より体が頑丈に出来ている。魔力の恩恵もあるが、骨格、筋肉共に只人より頑丈だからだ。

 それに魔術や札などを用いて、魔法的に防御力を強化している者も多い。

 魔法で強化された鎧や服を着用している場合もある。


 一方の小銃の方は、アキツ軍でも西方世界と同様の小銃と、朧が持つような大きな銃弾を用いる大型の小銃がアキツでは開発されている。

 だが大型の小銃は只人相手には過剰だし、只人の腕力では扱えない。何より生産単価が高いので、一部の専門兵用に少数が生産、配備されるに止まっていた。


 そうした状態なので、小銃弾より殺傷力の高い攻撃札(呪符)による攻撃以外では数名の兵士しか落馬しなかった。


 しかし攻撃側は織り込み済みだった。銃撃で混乱を誘うのが目的だったからだ。

 だから第一弾を放つとその銃弾に続くように猛烈な、それこそ目にも留まらぬ速さで距離を詰め、一気に接近戦に持ち込む。

 彼らにとって100メートルの距離は、ものの数秒の間合いでしかない。一部の者にとっては、一足一刀の間合いですらある。


 しかも銃弾を放つと同時に小銃をその場において突撃しており、自分達で自分の援護射撃や牽制射撃をしたような形になっていた。

 詳しくない者が見れば、射撃する者と突撃する者は別だと勘違いした事だろう。


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[一言] 幼女戦記のパ…オマージュw 中の人が居るのかな?
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