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【ネトコン12入賞】アキツ年代記 〜幻想世界と近代戦争〜【書籍化】  作者: 扶桑かつみ
第一部「極東戦争開戦編」

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051 「戦争決意(2)」

「内政を預かる者として、魔石ジュエルの増加は非常に好ましいですな。アキツ本国は先の事としても、黒竜地域を制するだけでも我が帝国にとっては大いに益がありましょう。あそこだけでも、帝国とほぼ同数の亜人デミがおります」


 旗色が悪くなり始めていたウスチノフの肩を持ったのは、内務尚書のヴィクトル・カリーニン。

 タルタリア帝国では皇帝が絶対者なので、臣下の中で最も高い権力を持つのが内政の長である内務尚書だった。この点、首相(宰相)を置いているゲルマンなど西方列強より遅れた政治形態を持っていた。

 そしてカリーニンは、実際上でも皇帝を除けば最も大きな権力を持ち、発言力も大きかった。


 また、この場ではそれほど積極的には見えないが、戦争を望んでいる有力者の一人と見られていた。

 アキツに戦争を仕掛けて勝つ事で、自らの権力をさらに拡大させ、さらには政敵を蹴落とそうと考えているのだ、と。


 もっとも、見た目と口調は紳士的で、宮廷内、重臣達からの受けも良い人物だった。

 そして力のあるカリーニン内務尚書の言葉だけに、皇帝も何かを言わざるを得なかった。


「黒竜地域だけなら、当面海軍はいらないか」


「左様に御座いますな、皇帝陛下。それに財務尚書の懸念する戦争予算についても、戦域を限定すれば懸念する程にはなりますまい。誰もが知るように、帝国陸軍は世界最大で御座います。それにオーガに対する対策も十分だと仄聞そくぶんしております」


「アキツは鬼ばかりでありませんぞ。半獣セリアンも多いし、多々羅(ドワーフ)天狗エルフも少なくない。魔人デーモンも大勢いる。政治の中枢には大天狗ハイエルフまでいるではありませんか。彼らの魔の力を侮ってはなりません」


 外の世界を体感的にも知るキーロフ外務尚書の言葉にカリーニンは片眉をあげるに留めたが、口を開いたのはウスチノフ陸軍尚書。人至上主義の彼には、そうした論法は通用しない。


「だが過半数以上が野蛮な小鬼。半獣ならば我が方にも多数いるし、協力的な部族も軍には揃えてある。他はアキツも数が少ないと聞く。小鬼が多少強かろうが、チビどもばかり。心配ご無用だキーロフ外務尚書」


「そうだな。アントンも同じように言っていた。そうだ、アントンを征東軍総司令官にしよう。確か今は決まった役職に就いていなかっただろう」


 ゲオルギー2世は言い切った。

 そして皇帝が言い切ったという事は決定事項だ。そしてさらに征東軍と言う言葉まで口にした。これは、戦争も決意したと言える発言だった。

 だからすぐさまウスチノフ陸軍尚書が反応する。


「畏まりました。ただ、準備と現地への赴任を考えると、アントン・カーラ元帥の征東軍の総司令官就任には2ヶ月はかかるかと」


「序盤は現地に任せれば良いだろう。前に聞いた話では、決戦までは準備に時がかかるのだろう? それまでにアントンに掌握させれば良かろう。アリョーシャもアントンを推薦していたではないか」


「は、ハハッ。それでは、そのように取り計らい致します」


 皇帝の次なる決定の言葉に、ウスチノフ陸軍尚書が深く頭を下げる。

 なおアントン・カーラ元帥は、この場にはいないが皇帝お気に入りの軍人だ。博識で上品な貴族らしい軍人なので、ゲオルギー2世は重臣よりも彼の言葉を軍事面では重く見ていた。

 しかもウスチノフ陸軍尚書と同じく主戦派なのだから、軍の意思は統一されていると皇帝は考えていた。


「皇帝陛下、アキツに対する戦争は御裁可されたと考えて宜しゅう御座いますかな?」


 カリーニン内務尚書の慎重さを含んだ言葉に、皇帝が彼の方を向く。そして周囲をゆっくりと見渡した。


「以前から蛮族鎮定の準備は進めていた。この場は開戦の是非を問う場ではあるが、最初から決まっていたようなものであろう。セルゲイには苦労をかけるやもしらぬが、動く前から軍の動きに枷を付けるのも良いとは思わぬ。

 まずはやらせてみようではないか。幸い我が帝国が攻める側。主導権は我が帝国にある。無理が過ぎるようなら、矛を収めるのも容易かろう」


「「ハハッ」」


「うん。だがな、以前にも言ったように、我が帝国の品位、威信を落とすような、理由なき開戦はどうかとも思っている。アルビオンは言わずもがな、ガリア、ゲルマンも五月蝿いからな」


「ご心配には及びません。蛮族どもは好戦的で、こうして話している間にも攻めかかってくるやもしれぬ程です」


 皇帝の懸念にウスチノフ陸軍尚書が即答した。

 それに皇帝は、頷きもせずに言葉だけ返す。彼は既に決断したので、後は臣下の仕事だからだ。


「そうか。ではアリョーシャ、頼むぞ」


「ハッ、お任せを」


「うん。では今日はこれまでとしよう。皆も頼むぞ」


「「ハハッ」」


 皇帝の決定に、重臣達は頭を下げるのみだった。

 そしてこの日、タルタリアの対アキツ開戦が密室の中にいるごく僅かな者達だけの手で決定した。




「ウスチノフ陸軍尚書」


 談話室サロンでの話し合いが終わり、皆が一面が中庭に面した廊下を兼ねる広間ロビーで二言三言社交辞令の言葉を交わし去っていく。

 そうして最後に残った二人、カリーニン内務尚書がウスチノフ陸軍尚書に声をかける。


「陛下の御懸念を取り除く件について貴殿にお任せしていましたが、如何ですかな?」


 大きな空間が取られた廊下を兼ねる広間とその周りには既に誰もいない。

 しかし影には彼らの側近が見張りについており、二人の声も少し低いものとなっていた。


「カリーニン内務尚書も心配性ですな。手筈は整え、既に動き出しております。キーロフも文句は言えますまい」


「外務尚書も慎重ですからな。私同様に。しかし、生半可な事ではアキツから手を出しますまい」


 「私同様に」というところで、ウスチノフは片眉を上げる。彼は、カリーニンが参戦派だとこれまでの何度かの話で確信していたから、他に誰も聞いていないのに用心な事だという気持ちがあった。

 そして破顔する事で彼への回答とした。


「ええ。ですが所詮は、低俗な魔物モンスターども。文明国と違って野蛮この上ない。我が軍も抑えるのに苦労しております」


「だが抑えきれない、と」


「向こうが仕掛けてきたら、我が方だけの努力ではどうにも」


「確かに。それで、アキツ軍はどの程度の規模で仕掛けてきますかな? 昨年秋の騒動では、我が方の間諜スパイが多数侵入していたと言い立てておりましたが」


「現地は草原なので、機動性に優れた騎兵による奇襲を予測しており、既にその兆候を捉えております」


「それは看過出来ませんな。防ぐ事は?」


「勿論。国境線は軍も増強し警戒を厳しくしております。我が軍をご信頼あれ」


 「それは頼もしい」。見え透いた茶番とも言えるやり取りだが、二人とも表向きは気にせず会話を続ける。ウスチノフ陸軍尚書としては、これでカリーニン内務尚書が完全な共犯者となったからだ。

 一方のカリーニン内務尚書としては、何の記録にも残らない雑談をしたに過ぎない。


「自身から戦争を仕掛ける事はないと言いつつ向こうから仕掛けてくるとは、アキツも焦っておるのでしょうかな」


「さあ、どうでしょうかな。魔物どもの考えなど、小官には理解しかねます」


「魔物と言いますが、大天狗すらいる国。あまりの物言いは、陸軍尚書にいらぬ風聞が立ちますぞ。最近は、諸外国だけでなく国内の亜人も何かと騒がしいようですからな」


「長耳の貴族もどきですかな? 確かに耳が長いだけに、気をつけねばなりませんな。ハッハッハッ! それでは失礼」


 これ以上は喋りすぎと感じたのか、さらに笑いながらウスチノフ陸軍尚書はその場を離れていった。

 一方のカリーニン内務尚書はまだ動かない。


「今の話の裏を取れ。早急に」


「畏まりました。ですが、これに関して一つお話が」


 気配はカリーニン内務尚書一人で前を向いたままさらに小声で話すも、彼の言葉に返す人物は影も気配もない。


七連月セプテントリオネスか?」


「はい。既に陸軍の策謀に気づいている様子。軍内部に、間諜が相当入り込んでいるかと」


「軍は兵士の管理が行き届いていないからな。しかも末端には、下級の兵隊とは言え亜人もいる。それに邪教徒も。だが、それではアキツから手を出す事はないか?」


「七連月とアキツの繋がりは不明です。あるとしても、天狗の国際情報網程度かと。最近、何人かの貿易商がアキツに入っているのは確認しております。ただ、現地での監視、追跡は不十分です」


「不確定な場合は、悪い方を想定しろ。両者は関係ありと見るべきだ。私は開戦が少しずれ込む前提で動く」


「畏まりました」


 その言葉を最後に言葉は途絶え、カリーニン内務尚書はゆっくりと歩き出す。

 しかしその内心は落ち着きばかりではなかった。


「暴走機関車を御するのも難しいな。今回は喜劇で終わってくれれば良いが」


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