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047 「大黒龍山脈にて(1)」

 ・竜歴二九〇四年三月二十六日



 甲斐達、蛭子衆第一大隊は、ようやく終着駅に到着した。しかし、「ようやく」という表現は正しくないかもしれない。

 竜都から4000キロメートルもの旅程を、鉄道と船を乗り継ぎ「たった5日」で到着するなど、半世紀前なら考えも及ばない早さだった。


 特に、半世紀前は事実上の未開発地域だった黒竜地域の発展は目を見張るものがある。だからこそタルタリアは強い脅威を感じ、アキツにとっては手放せない場所になっていた。

 同時にアキツも、近代科学文明の精華である鉄道や蒸気機関の威力に驚いていた。


 なお黒竜地域は広く、大きく内黒竜、外黒竜、東黒竜に分かれる。その総面積は、アキツ本土の五倍にも達する。しかし山脈や荒野も多く、長い冬は大河すら凍てつく大地なので、多くの場所で開拓、開発は簡単ではない。

 しかも主に内黒竜にまだ存続している黒竜国は遊牧民の国なので、南からの移民と農地などの国土の開発を事実上禁止していた。


 逆を言えば、人が多く住むのが難しく開発が放置状態だからこそ、近代以後に勢力圏としたアキツが一気に進出できたとも言える。そして蒸気機関の力と亜人の力があれば、開発は十分行えた。

 甲斐達が到着した場所も、まだ開発が十分に及んでいない場所の一つだった。


 北部の中心都市の春浜から伸びる鉄道は、北東から南西にかけて壁のように大きく横たわる大黒竜山脈の北側の出口付近がアキツ側からの終着駅となる。

 そこからタルタリアとの境界線までは最短でさらに200キロメートルほどあるが、意図的に鉄道は敷かれていない。


 その先、境界線と鉄道終着駅の中間と言える場所に幌梅ホロバイという町があり、さらに先の黒竜里という小さな村がタルタリアとの境界線の町になる。

 それ以外の場所は、遊牧民が暮らす荒地に近い草原が広がるばかりだ。


 境界線を挟んだタルタリア側にはダウリヤという小さな町があるが、こちらは両者の境界線が出来た200年ほど前にタルタリアが建設したものだ。

 そしてこの二つの町を通る形で、大きな馬車がすれ違いで通れる街道が通っていた。


 そこは幌梅からさらに西に160キロメートルも離れていて、最短の境界線との距離の差は二倍近い。それでもそこが両者の境界線なのは、この地域の地形が原因していた。

 最短で結ぶ地域は両者の境界線となる河川が流れている上に、途中が山岳地帯、複雑な地形、さらに湿地などの為、馬車が通れるような道が通せなかった。

 ましてや敷設できる条件が道よりも難しい鉄道となると、遠くても場所が限られていた。


 現地は、縮尺の小さな地図だと一面の乾いた草原地帯だが、実際は真っ平らではないという事だ。

 道でない場所は、馬で進むのも想像するほど簡単ではなく、地形を十分に知らなければ夏場や雨期にだけ出現する沼や湿地に踏み込んだりもする。



「だからって、線路が山までってどうなの? 山を抜けても、境界線はかなり先でしょ」


 山あいを進む汽車の終着駅が見えてきたところで、甲斐達の側にいた朧が窓の外を眺めつつ現地の事を聞き終えるとポツリと言った。

 それに対して鞍馬と甲斐が、周囲にもそれなりに聞こえるように朧に言葉を返す。

 再度の説明の途中だったからだ。


「タルタリアとの交易は昔から限られていたし、今も盛んではない。だから、昔ながらの馬での行き来で十分なのよ」


「だからこの先にある幌梅の街は、何も期待しない方がいいぞ」


「黒竜里って国境の町もあるんじゃないの?」


「むしろあそこは、我々は斥候以外で近づかない。以前に説明しただろ」


「ウッ、そうだった。じゃあ買い物とかは、終着駅の自由時間でするしかないのか」


「予定より早く到着しそうだから、その分の自由時間は出来るだろうな。だが!」


「分かってるって、お酒は飲まないし買わないから」


「当たり前だ。羽目も外しすぎるなよ。さあ、そろそろ降りる準備だ。『魔眼』特務少佐、今度は貴官が『浮舟』を降ろせ」


「了解しました、大隊長」


 私語が多く砕けた口調をよくしていても、朧もこうしたところは軍人としての習慣が染み付いていた。そして終着駅到着と共に、任務を遂行するべき場所だった。



 そうして甲斐達を乗せた列車は、何の問題もなく終着駅の大黒龍山脈西駅に到着。

 10年ほど前までは、120キロ先の幌梅の街まで鉄道は通っていたが、タルタリアとの対立が強くなってくると、採算が取れないという表向きの理由で廃線。線路も枕木も撤去するという、徹底したものだった。

 当時の目的はタルタリアとの対立を煽るのではなくむしろ緩和する為だったが、アキツ内から反対も強かった。


 当時のタルタリアは、西方世界の端でようやく大陸横断鉄道の敷設を開始しようという頃。アキツとしては、先に両者の境界線まで鉄道を敷いてしまい、あわよくばタルタリアへの進出を図ろうという意見も強かった。

 だが、当時のアキツは、世界各地の進出先で対立や問題を抱えていた為、利益が少ない大陸奥地であえて強い姿勢に出る事を控えた。


 またアキツが進出を控えた理由として、アキツ人特有の欠点があった。

 タルタリア領内は『竜の加護』の外の地域になるからだ。

 同じ欠点はアキツ人以外の亜人デミ魔人デーモンも持つもので、大東国セリカが半ば崩壊した事件とも連動していた。

 それでもこの欠点は、より強くなるというだけで、力が衰えるわけではない。それに克服も可能なのだが、当時のアキツにはその為の準備が整っていなかったし、状況的にもまだ難しいと考えられた。


 加えて言えば、大陸奥地へ進出する利点がないと判断されたからでもある。

 「七連月セプテントリオネス」の恩恵で多少住みやすくなっているとは言え、北の大地は多くの人が生きるには寒く過酷な世界だった。


 天羅テラ大陸の北の大地は、一年の多くの時期が非常に寒く雪と氷で閉ざされる。地形も開発には適さない場所が大半を占め、さらに地下天然資源にも乏しかった。

 その事は、大陸北東端の北氷州とアキツが名付けた地域での長年の開発で、アキツは骨身に沁みていた。北氷州を維持しているのも、主に国防の必要性からでしかない。


 それ以外の理由だと、半獣セリアン獣人ビーストが住むアキツでは、本国だけでは彼らが満足する獲物(食用動物)が十分に得られないので、北の僻地は彼らの狩場のようなものでしかない。

 実際、北氷州に移住したアキツ人の多くが半獣だった。

 天下泰平の時代に進出した武家も、獣人が多かった。

 極西大陸の北西部の荒州や、さらにその極西大陸中央への進出も、最初は新たな獲物を求めた半獣、獣人が求めたからという面が強かった。

 この結果、アキツ本国での種族別の人口比率に変化が出たほどだ。


 そして北極海に注ぎ込む北氷河という大河は、タルタリアと黒竜地域の北の果ての長い長い境界線、国境の川となっていた。

 その上流から南に下って外黒竜山脈の西の端をかすめ、さらに南に下がるとタルタリアとの対立地域となる黒竜地域の北西部へとつながる。

 甲斐達が到着したのは、大黒竜山脈の北側。アキツにとって実質的なタルタリアに対する国防の最前線であり要となる場所だった。


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