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046 「春浜での移動(2)」

「さっきすれ違った将校連中、黒服だったな」


「参謀連中じゃないのか? 下っ端の黒竜派遣組はこれに変更になったが、上は黒服のままだろ。それとも兵部省か参謀本部のお偉い将校様か?」


「いや、飾緒とか派手な飾りは付けてなかった。参謀じゃない。それになんか、他と違った見た目だったな。裾とか銀だったし」


「銀は白銀ミスリルの糸だろ」


「全員、すごい魔力持ちだったよな」


「あの派手な軍服と徽章は特務の連中だよ。女将校もいただろ」


 今までの黒色の軍服に変え、急ぎ導入が進んでいる茶褐色の軍服に身を包んだ兵士たちが、街中の道を歩きつつそんな話をしている。

 場所は春浜の駅近くの繁華街の少し外れたところ。数が少ない高級な宿や店は全て将校達が占有しているので、下士官や兵士は脇に追いやられていた。

 そんな状況の同じ区画で、他と違う軍服の将校の集団とすれ違ったのが珍しかったのだ。だが彼らは、下手な将校や参謀よりさらに珍しい者達だった。


「特務って確か蛭子だろ?」


「噂ではな。実際は知らん」


「蛭子か。俺、初めて見た」


「まあ、蛭子の生まれは10万人に1人って言うからな。俺も初めてだ。しかもさっきの集団、全員がそうなんだろ」


「それより、すっごい美人いたよな!」


天狗エルフだったからな」


「今の娘、天狗の中でもずば抜けてたって!」


「そんなに気に入ったんなら、今夜のお誘いしてみろよ。上手くいけば、魔力全部吸い上げられてボロ雑巾のように捨ててくれるぞ」


「上手くいってそれかよ!」


「俺もその噂聞いた事ある。あんなに綺麗でも、生まれた時や小さい頃は、その、凄いんだろ」


「大人になっても、魔力を大量に使うと元の姿に戻るって噂もあるよな……」


 そう言った兵士は、少し後ろを向くも気味悪そうな表情を浮かべる。

 蛭子の噂は様々あるが、あまり良いものでないのは常人にはあり得ない魔力を持つ為でもある。だがそれよりも、生まれる時、幼い時に文字通り化け物のような姿をしている「忌み子」だからだ。


 だがこの辺りの事情は、アキツは緩いくらいだった。アキツ以外なら、宗教などの理由もあって生まれて即座に悪魔の子などとして処分の対象になる。

 西方の亜人デミが住む一部の国が例外くらいだ。

 アキツでは殺しはしないが、それでも時の政府や権力者が保護してきた歴史がある。


「それこそ噂だろ。一騎当千って聞くし、だから出張ってきたんだろ」


「一騎当千ねえ。なら、オレ達が前線に行くまでに、敵を全部倒しておいてくれないかなあ」



 そんな風に話されているとも知らず、同じように予想外の混雑の影響を受けた者達は今日の寝床へと向かっていた。


「晩ご飯、思ってた以上だったね。羊の丸焼き、食べがいもあったし香草が効いてて美味しかったぁ」


 朧が嬉しそうに耳と尻尾を動かしながら、大隊本部小隊の面々に笑顔を向ける。それに他の三人も返す。

 甲斐と鞍馬、それにもう一人、幻影、念話、防御など主に支援の魔術に長けた天狗の男性将校の吉野だ。

 天下泰平の時代には長らく蛭子衆の教官を勤め、術の実力は鞍馬も一目を置いている。既にかなりの年齢なせいか温和で控え目、それに無口なので静かに笑みを返すだけだ。頬に大きな蛭子の痣があるので、少し話辛いからだと当人は話していた。


「いい材料使ってたよな。保存のきくものは、少し分けてもらえないかなあ」


「大隊長は本当に料理好きですね。前線で振舞ってくれるのですか?」


「そうなの?! やった!」


「できるならしたいが、そんな暇はない。それに大隊には炊事兵がいるだろ」


「僕は大隊長の料理の方が好きだなあ」


「なら、戦争が終わって野営する事があれば考えてやるよ」


「えーっ! それっていつ? 何年後?」


 洒落にもならないが意外に核心を突いているような朧の言葉に、その場の全員が苦笑せざるを得なかった。

 彼らは今から戦地となる場所に向かうのであり、これから起きる戦争はいつ終わるか誰にも分からないからだ。

 それでも人は休息を取らなければならないし、休める時に休むのは軍人の義務のようなものだった。




「天幕は私達の装備品と同じだけど」


「この簡易寝台、最新型だそうですよ。欲しいですよね」


「この後も、ここを通る部隊が使うから無理よ」


「ですよね。まあ、使うのは僕達が初めてらしいので、今晩の快適な睡眠を楽しむとしましょう」


 他が就寝まで自由に過ごしているので、天幕の点検という名目の二人きり。しかし部下達が意図して二人にしてくれたのは間違いなかった。

 ただしこうした配慮は、甲斐と鞍馬に対してだけではない。


 生まれと育ちから、蛭子は蛭子以外と知り合う可能性が低い。そしてこの部隊の蛭子は、3分の1が女性将校。生まれがどうだろうと、男女が長期間一緒に過ごせば何もない筈もない。

 だから今も、二人のように他から気を使ってもらった者達が、各所でそれぞれの時間を過ごしている筈だった。

 その中でも、他と完全に視界が隔てられた甲斐と鞍馬は、優遇されていると言える。


 そんな二人が居るのは、アキツ軍でいうところの軍務用天幕。比較的最近になって導入が進められている装備の一つ。天幕は何種類かあるが、指揮所、野戦病院など様々な用途に使われる、建物の形状に近い大きな天幕だった。

 これ以外だと、三角形に近い天幕らしい形をした宿営用天幕がある。兵士が利用するのはこちらが主で、軍務用の半分の大きさながら兵士6名が寝泊まりできる。

 また、各兵士が背中に背負う一人用の簡易天幕もあるが、それらは一般兵用だ。


 今回の場合は折りたたみ式の簡易寝台が置かれていて、甲斐達の大隊に属する幹部将校が使用する。

 これ以外にも同じような天幕が周囲に並んで設営されており、蛭子の将校、下士官達が使う。

 逆に言えば、蛭子衆が将校、下士官のみで編成されているので、この天幕の使用も問題ないとも言える。

 例え民間から一言があったとしても軍隊には軍隊の道理があるので、蛭子衆が通常の部隊のように兵士ばかりなら、普通の天幕しか認められなかったかもしれない。


 そしてこの天幕を『視察』する甲斐と鞍馬は、僅かな時間ではあるが当面はお預けになるであろう逢瀬を少しばかり楽しんだ。

 

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