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043 「鉄道輸送」

 大竜の軍港を出発後、甲斐たち蛭子衆第一大隊は、彼らだけの特別編成の汽車に丸一日揺られて目的地へと向かう。

 距離にして約950キロメートル。平均時速50キロメートルとしても20時間もかかる。しかし、鉄道が敷設される前ならば馬でも3週間近くかかった事を思えば、鉄道の移動力は革新的であり驚異的なものだった。

 だが、その汽車に揺られる兵士達にとって、鉄道移動はもはや日常でしかない。


 彼らが進んだ路線は、黒竜地域南部の中央に広がる平原をほぼ真っ直ぐに横断する、アキツ本国より立派な主要路線。単に立派なだけでなく、当然のように往復の線路が敷かれている。アキツがこの地に進出して40年以上経つので、十分に使い込まれた路線だ。

 要所に大都市があり、主要な駅などからは他へと伸びる路線を見る事もできる。


「朧じゃないけど、船は本当に快適だったわね」


「うん。南鳳財閥肝入りの船というだけありましたよね。この汽車も全員に二等客車を用意してくれたのは、ありがたいですけど」


 列車に揺られつつ、座席に並んで座る甲斐と鞍馬が小声で話し合う。というよりも、食事以外は話すしか娯楽や退屈しのぎがなかった。


「さっきの駅で追い抜いた列車、一部だけど貨車にも兵士を載せていたわよね」


「客車が足りないんだろうけど、三月の黒竜で貨車はないよなあ。北に向かうほど、まだ雪や氷が随分と残ってるし。懐炉札が手放せません」


「朧が言っていたけど、長靴ブーツの裏のふくらはぎのあたりに1枚ずつ貼ると足先が全然違うそうよ。あの子、昔から冬はそうしているんだって。その為に魔術も学んだくらいだって自慢してたわ」


「なにその裏技。懐炉札2枚でいいなら僕も作ろうかな」


「大隊長がそんな事しないの。作ってあげるわよ。今、術者のみんなで暇な時に全員分を作り足しているから。船でもしてたし」


「助かります。術者には何か手当か特配をします。あと何かしらの申請も」


 そう言いつつ、甲斐は客車内を軽く見渡す。

 一見愚連隊のようだが、生まれてこのかたずっと国に育てられ教育を受けただけあって、蛭子衆は規律が良い。だから、ふだ博打を始めるような者もいない。少数の者が手荷物とした本を読んだり、日記などを書いて静かに過ごしている。

 もっとも大半の者は、これから寝不足になるのが確実なのもあって、船でも本土の列車でも、そしてこの列車でも寝溜めの為に寝て過ごした。

 休むのも兵士の仕事で、彼らは熟練者の集団でもあった。


 ただし、二等車と言っても西方で一般的な個室コンパートメント型ではなく、高級将校も個室はない。人口の多いアキツで普及が進んだ、中央の通路を挟んで二人で向かい合う四人席が並んでいる。

 それに客車ごとに魔法型の暖炉ストーブが置かれている。

 普通なら暖炉の近く以外は暖かいとも言い難いが、この暖炉はちょっとした術を施してあり、弱い風も起こして車内の空気を循環させていた。この為、全体的にかなりの暖かさがある。


 また二等車なので、座席は三等車のような木だけではなく、棉の詰め物が椅子と背もたれに入っている。

 それでも長時間座っていると尻が痛くなってしまう。だから大半の者は、座席に毛布などを敷いていた。部隊としても、慣れた下士官達の手回しで予備の毛布を配布してあった。


 他にも道中の食事では、携帯食ながらかなり豪華な食事が用意されていた。さらに部隊としても、主に本土で事前に買い込んだ間食や持ち運べる甘味を入手させていた。

 軍全体でも、長期保存に向いた熱量食として羊羹を大量に準備しており、前線での定番の甘味になっている。

 それ以外にも保存のきく豆菓子や、西方菓子でこちらも保存向きの「しょこら」も、かなりの量が用意されていた。

 娯楽の少ない軍隊で、食事が重視されている証拠だ。


 蛭子衆は正式には陸軍所属ではないが、将校、下士官の集団なのでそうした物の入手は比較的容易かった。

 そして何より、まだ戦争ではなかった。


 なお、甲斐達が乗る列車は、この時代の平均的な編成とは少し違う。

 汽車はアキツ国産の勾玉ジュエル型。だから炭水車は、積荷のほとんどが水になり、玉水車と呼ばれる。

 途中停車の補給では水だけで済むので、石炭型よりも早く作業が終わるのも利点だ。しかも石炭を積まない分だけ、水を多く積み込めた。

 石炭型は水3に対して石炭1の重量くらいだが、勾玉型はほぼ全てが水になる。


 その汽車が寝台車がわりの便所付き二等車を3両、『浮舟』輸送用のほぼ台車だけにした無蓋貨車を10両、それに通常の有蓋貨車を1両を連結していた。

 無蓋貨車は通常より長い大型貨車で、その上には防水布で覆われた『浮舟』が固定して積載されている。

 『浮舟』には既に必要な物資、弾薬、食料なども大半が積載してあったので、有蓋貨車には貴重品や武器の一部などしか載せていない。


 そうした列車が載せる部隊が中央直属という扱いなので、最優先で路線上を進んでいく。だから途中の駅では、幾つもの列車を追い抜いていった。

 加えて、途中で駅に停車することはない。

 甲斐達を載せた列車は、真っ直ぐ続く線路の上を夜中もひた走った。


「そういえば僕達の列車って特別編成なんでしたっけ?」


「特別というより専用ね。資料読んでないの?」


 会話を再開した甲斐を、鞍馬が半目がちに見据える。

 通常の大隊だと、参謀や副長の将校は置かない。副官や専任下士官程度だ。

 だが蛭子衆第一大隊では、所属や任務が特殊で多岐に渡るので、副長が置かれ参謀も兼ねていた。しかし鞍馬の反応から、今の甲斐の発言は隊長として失格なのを意味する。


 もっとも甲斐としては、普段言葉で返したように暇つぶしの会話をする為にあえて言ったに過ぎない。ただ、軽く見据える程度には問題発言ではあった。

 甲斐も自覚があるので、少し反省気味の声になる。


「この列車のなら十分に。でも、すれ違ってきた列車とは随分違いますよね」


「『浮舟』を載せているのは、全て無蓋の大型貨車。でも、さっき追い抜いた列車は、大型と標準型の二種類を引いていたでしょ」


「確かに。運ぶ荷物で変わるんですね。今まであまり注意してなかったから、暇つぶしとはいえちゃんと見ると新鮮です」


「暇つぶしって……。ハァ。じゃあ、おさらいしましょうか、大隊長殿?」


「うん。周りの幹部達も知りたいみたいですからね」


 鞍馬は気づいてなかったが、どうやら周りに座る本部小隊の将校、それに一部の中隊長や副長達が、聞くともなしに二人の会話を注意しはじめていた。

 そして自分達が、小声だから大丈夫と思って普段の口調で会話している事に思い至り、鞍馬は少し心拍数が上がるのを自覚する。

 そんな鞍馬に甲斐が笑みを浮かべる。


「僕達の関係は、新しく加わった連中ももう知っていますよ。それに移動中の今は待機で半ば任務外。あと、ついでに言えば、四六時中肩肘張っていたら身がもたないでしょう。で、講義の方は?」


 その言葉を受けてしばらく甲斐の顔を半ば睨むように見つめるも、小さくため息をついてから、さらに小さく咳払いをする。


「標準的な汽車が牽引する車両は、炭水車や車掌車を除けば、人を乗せる客車、貴重品を運ぶ郵便車以外に色々な貨車。貨車は有蓋と無蓋があって、標準型は積載量10トン、大型は15トン。今回『浮舟』を載せているのは、大型の中でも無蓋の型。でも、無蓋は珍しいそうよ」


「箱型の方が、荷物は積みやすそうですもんね」


「その辺りでしょうね。でも無蓋は大型貨物専用。けど、国内だと大きな貨物は鉄道より船で運ぶから、必要性が薄いのかも。でも内陸だと、北の果てから川沿いに回り込むから面倒なんじゃない? 逆に黒竜の中央を走る線路は、見ての通り直線ばかりだし」


「前来た時も思ったけど、呆れを通り超えるくらいに真っ直ぐですよね」


「黒竜国って遊牧民の国でしょう。だから、開発や工事が楽だったて資料で見たわ。草原と荒地ばかりで、村や町どころか農地すら無かったって」


「視界一面に広がる畑を見ると、開拓の歴史を感じそうになるなあ」


「畑が広がっているからこそ、侵略者から守らないといけないのよ」


 その言葉に多くの者が車窓を眺める。

 まだ春先なので、雪の溶けたところからは赤茶けた大地が覗いている。そして見渡す限り、大型の蒸気スチーム牽引車トラクターにより区画整理された畑が広がり続けていた。

 話を聞くと、一面に緑の畑が広がる景色を幻視しそうになる。


「本当にそうですね。この黒竜には、40年の間に500万のアキツからの移民とその子供達も住んでいますからね。と、良い感じに話をまとめてもいいんですけど」


「あっ、そうだったわね。次は汽車と編成ね。今の主力の機関車は、石炭型、勾玉型共に、1編成は15両から25両程度が一般的。軍用列車は22両で計算されるそうよ。数が変わるのは、機関車の馬力以外に主に引く貨車と重さが関係するからね」


「1編成10トン貨車25両として250トン。4頭立ての大型馬車で約170台分か」


「それ少し間違ってる。馬車も貨車も、本当に限界まで積まないでしょう。実際に積み込む物資を重さにすれば6割程度。飼い葉とか軽くかさばるものなら、さらに軽くなるわね」


「つまり1編成150トンですね。でも馬車との比較は同じだから、どっちにせよ随分運べるんですね」


「そうね。しかも移動速度が段違い。馬車が1日かけて進む距離を、たったの1時間。今進んでいる黒竜鉄道なら、真っ直ぐな線路だから時速50キロも出るそうよ」


「有利なことこの上ありませんね。欠点はないんですか?」


「線路の上しか進めないという事くらいね。それと軍では、実際の輸送では混乱や消耗を想定しているから馬車150台分。大きな戦争になれば、丁寧に積み込んだり定数通りの貨車が揃ったりはしないでしょうから」


「出る前に小耳に挟んだけど、鉄道省はまだ戦争が始まってもいないのに徹夜続きで大変みたいですよ。想像しただけでも、胃が痛くなりそう」


「フフッ。えーっと、1個師団の兵員数が約2万名。馬が5000頭」


「もう、それだけで街が動いているようなものですね」


「茶化さない。師団輸送の中心となる輜重大隊は、四頭立ての馬車が400台。弾薬大隊がその半分。馬車が全て大型として、最大で900トン積載可能。他の部隊も当座の分は自力で持ち運ぶけどそこは除外して、糧秣と弾薬に限れば輸送列車が6編成もあれば1個師団の輸送力という事ね」


「しかも師団が持っている物資は、糧食が兵士個人の携帯を入れても1週間分。馬糧も同じ。弾薬は当座の1回戦分だけ。あとは後ろから運ぶしかない。

 これが軍団単位、軍単位となったら、もう、鉄道沿線から外れたら大部隊での戦争は無理でしょ。後ろから物資を運ぶ馬車が全然足りない」


「実際、30年ほど前のガリアとゲルマンの戦争では、ゲルマン陸軍の各軍団は複数の鉄道線に沿って進んだって教本にあったわね」


「その手の教本や資料は僕も読みました。ガリアが鉄道を破壊しながら撤退したのもあって、鉄道運行が事前の予定から狂いに狂って進撃と補給が大変だったとも。今回の戦争だと、お互い主な線路は1本だから大変を通り越えそうですね」


「その上タルタリアは本国から何千キロも離れているのに、大陸横断鉄道がほぼ完成したからと言って、戦争するなんて正気を疑うわね」


「それを邪魔しに行こうとしている僕らも、随分と正気を疑われていますけどね」


「その任務を確実を期す為の新兵器なんでしょう」


 話は、彼らにとっての本題へと移りつつあった。



1個師団の兵員数:

史実世界の19世紀の標準、もしくは日露戦争頃の日本陸軍を基準だと、約1万8000名。馬が4500頭。

同じ時代でも各国で多少の違いあり。この世界のアキツ陸軍は、編成が史実とは少し違っている。

また第二次世界大戦頃の日本陸軍だと、装備が随分と増えているのもあって馬中心の師団は兵員数が2万5千名。馬が8000頭くらいになる。(自動車両の装備数で馬の数は大きく変化する。)


ただしこの世界のアキツは、魔法があり個々の兵員の腕力も普通の人より大きいなど、違いはあると考えられる。

取り敢えず、食べる量は普通の人と同じくらいと想定しているが、史実日本と比べると食生活が豊かなので同じとはいかないだろう。

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