039 「協力開始」
・竜歴二九〇四年三月初旬
もうすぐ春を思わせる少し寒さが和らいだ三月初旬の竜都。その繁華街の一角にある甘味処で、二人の天狗の女性が歓談していた。
男女を問わず歩いていても振り返るほど美しい二人の姿は、国一番の繁華街にあっても目立つ。
天狗がアキツの公民の20人に1人ながら、竜都には天狗が比較的多い。それでも二人は目立っていた。
もっとも、当人達は周囲の視線など気にもしていなかった。
「そう、もうすぐ黒竜国へ」
「はい、軍の演習で。ですが、あまり他の方には」
「勿論です。商人は情報が命ですが、信用も大切です。決して口外しないと誓いましょう。また貴重な情報、ありがとう御座います。この度のご恩は必ずお返しします」
エリザベータことメグレズの言葉に、鞍馬が小さい笑みと共に頷く。
ひと月ほど前に知り合ってから既に一度会っていて、今回で2度目。加えて、手紙を同じ数やり取りしている。だから言葉遣いこそ丁寧だが、かなり親しくはなっていた。
勿論、鞍馬にとって軍の演習というのは嘘だが、黒竜国のある黒竜地域へ赴くというのは嘘ではない。全てを嘘で固めるよりも信憑性が高まり、かえって相手が信じやすい。
「ありがとうございます。それとこちらが、お求めだった特級の勾玉になります。お約束しておきながら、これ以上お渡しできないのが心苦しい限りです」
言葉の途中で、鞍馬は小さな木箱をエリザベータに差し出す。中には、制御用の1枚の札と6つの妖しい光が灯る勾玉が収められていた。
そしてその中の一つをエリザベータが手に取る。
「お気になさらず。これだけでも大変助かります。では、拝見を。……素晴らしい品ですね。特級の中でも飛び抜けた品質。これらの石に込められた魔力は鞍馬のものですか?」
「一部は」
「では他は違う方が?」
「はい。玉の質が高いだけでなく容量が大きいので、知り合いに頼み複数人でそれぞれ身につけていました」
「そうなのですね。それにしても、この石の魔力は単に密度が濃厚なだけでなくムラも曇りもない。魔力で個人の特定は無理ですが、皆様が良い状態での非常に高い魔力の持ち主なのが良くわかります」
エリザベータはアキツ特有の勾玉状の魔石を陽の光にかざしつつ、少しうっとりとした視線をその石に注ぐ。
「そういった事も分かるのですね」
「魔力は心より湧き出るもの。込める者が健全な心を保てる状態であってこそ、質の高い魔石が生まれます。ですが我が帝国では、虐げた者から魔石を収奪しているのが実情。そのせいで1つ当たりの魔力量は少なく、質の悪いものが大半を占めています。アキツの国内市場には出回らないような三級かそれ以下の品ばかり。本当にアキツが羨ましい」
エリザベータの言う通り、三級やそれ以下とされる魔法物品や魔石はアキツの国内市場には殆ど出回らない。それ以下については、目にする事すら稀だ。
勾玉は特級、一級、二級と分類され、アキツでは二級以下の品を勾玉ではなく魔石と呼ぶ。
『玉』ではなく『石ころ』という事だ。勾玉も最初は「魔が玉」と呼んでいたものが、雅な当て字に変化したとされる。
勿論、鞍馬はそんな事をわざわざ口にしたりはしない。
「それでも、我が国を除けば世界有数の亜人人口でしょう」
「ええ。とは言え、総人口の約6、7パーセント程度。数にして1000万人。もっとも、良質な魔石を生み出せる天狗は、20万人いるかどうか。アキツとでは話にもなりません。でなければ、私どもが買い付けに来る事もなかったでしょう」
「確かに。ですが、他の西方列強は? アルビオンやオストライヒ、北方妖精連合、ヘルウェティア誓約国、それに極西の精霊連合と、亜人の多い国もあります。それにアルビオンやガリアは、植民地にもかなりの数の亜人が住んでいますが?」
「クラマはあまり魔石の国際市場についてお詳しくないのですか?」
小さく首を傾げるエリザベータに鞍馬は苦笑を返す。
「遠い親族に商いをしている者はいますが、私は無骨者ですので。その親族の話では、リーザのように諸国から買い付けに来る者同士で競りを行うとか」
「というよりも、主な産地であるアキツが市場を作り、そこで価格を決めているのが現状ですね。西方の魔石産出国は、多くが自国消費分の確保で手一杯。アルビオンですら、一部を輸入している状況」
「輸出国は多くはないと聞いたことがありますが、やはり?」
「ええ。輸出しているのは、西方で余剰がある北方妖精連合、ヘルウェティア誓約国ですが、どちらも質は高いながら人口の限られた小国。極西の精霊連合は、国内需要の増加で最近は輸出が減りました。市場に出回る量は少なく、西方諸国が取りあっている状況。西方諸国の持つ植民地産の質は、亜人を優遇する気がないので我が国のものと似たり寄ったり。それに対してアキツは、質、量共に圧倒的」
「圧倒的、なのですね」
「ええ、間違いなく。本国6000万人、勢力圏全域で1億人の亜人が住む世界最大の亜人大国。この世界の半数の亜人がいるとすら言われます。さらに、世界中で大半が滅びた魔人が数十万人も。魔石の生産量は、世界の3分の2とすら言われる。
当然どの国も喉から手が出るほど欲しいが、強すぎて手が出せない。だからこそ、世界最大の陸軍国であるタルタリアとの戦争を、世界中が固唾を飲んで見守っています」
「そしてリーザは、戦争が始まるまでに買えるだけの勾玉を買うのですね」
「その通り。戦争になれば入手が難しくなり、値段も一気に跳ね上がります。気がかりは、いつまで続けられるか。それに戦争が始まれば国に帰れなくなるかも、という事ですね」
「アキツは明らかな敵対行為、諜報活動をしない限り、敵国人でも行動を縛ったりはしません。それに海は安全なので、多少遠回りかもしれませんが祖国に帰るのは問題ないでしょう」
そう鞍馬は言い切ると、エリザベータが軽くため息をつき、そして苦笑する。
「本当に祖国への信頼が厚いのですね」
「はい。私は国に育てられましたから。あなたの見立て通りに。七つの月を名乗る異邦人さん」
言いつつ鞍馬は、今までと雰囲気を変え挑戦的な瞳を差し込む。最後に口調も変える。
暗に蛭子だと自分の素性を明かし、同時に相手の素性も調べがついていると言ったに等しいからだ。
不意打ちの言葉と態度の変化なので、エリザベータは軽く息を飲む。だがそれも一瞬で、挑戦的な笑みを返す。
「……もう全てお判かりのようですね」
「我が国の諜報網は、少なくとも国内においては優秀よ。それに、わざと長い耳を出していては、突きとめてくれと言っているのも同じ。ただし一つだけ減点」
「お伺いしても?」
揶揄した言葉に苦笑したエリザベータが軽く首を傾ける。
それに対して鞍馬はあっけらかんと返す。
「他国の者から見れば、蛭子は生ける化け物。でも私は前に立つ者であって、後ろで策を弄する者じゃないの。紹介状を出してあげるから、そっちの窓口に行ってちょうだい。もう準備はしてあるの、七連月さん。それとも別のお名前があるの?」
「メグレズ。四番目の月が私の今の名。それと私、いいえ我々の目的は、この国での情報収集もあるけど買い物も本当よ。それに、できるだけ多くの知己を得ておく事も」
「買い物に知己ね。それは表の顔としてでしょう」
「表の顔も重要よ。我々は自分達で資金も調達しないといけない、貧乏所帯だから」
「上に強請れば何でももらえる私達とは大違いね。まあ、それはいいか。今、私が公的立場で言える事は、さっきも言った通りよ。好きにしてちょうだい」
手をヒラヒラとさせあえて軽くあしらうと、それにエリザベータ改めメグレスが苦笑する。
「余裕ね。まあ、そうでしょうけど。その気になれば、私程度は羽虫を叩くよりも容易いのでしょう」
「え? 私は手は出さないわよ」
「……そうなの?」
「当たり前でしょう。私は軍人。国家の刃、醜の御楯ではあるれけど、そういうのは別の部署のお役目。命じられない限り、身を守る以上はしないわ。万が一勝手な事をしたら、私が国から処罰されるじゃない」
やや憮然として鞍馬はそう返す。
それにメグレスは意外そうな表情を向けた。
「凄いわね。それだけの力があるのに、国に従えるなんて。あ、勘違いないでね。本気で感心しているし、賞賛したいくらい。それに、我が国の大半の者に今の言葉を聞かせたいくらい」
「権力や権威があってこその力よ。絶対的とでも言える力でない限り、多少の力だけあっても仕方ないわ。それよりも、タルタリア帝国は三百年の伝統を誇る大国なんだから、国を支える人達は十分に忠誠心を持ち合わせているでしょう」
「貴族と騎士など上流階級の大半は、自分たちの拠り所でもあるから彼らなりの忠誠心を持ち合わせているわね。でも問題山積み。実際の忠誠心が怪しい者、勝手に解釈する者も多いのが実情。お金と権力にしか興味ない者も大勢。
大多数の民衆は皇帝陛下と真教を盲目的に敬いはするだろうけど、命じられた事以外は出来ないでしょうね。殆どが知識も教養も与えられていないから。初等教育すらないのよ」
「体制の古い国は色々と大変ね」
鞍馬は本当にそうだと言わんばかりに、机に肘をつけ手の上に顎を置いてしまう。
そんな鞍馬を、メグレスは挑むように見続ける。
「古いどころか、この国は伝説の時代ですらある二千年以上前から続いているんじゃないの?」
「私のご先祖様の言葉通りなら三千年だそうよ。でも、半世紀前に体制を刷新した近代国家。伝統は重んじるけど、それはそれ」
「竜が君主を務め、魔法が広く使われる国なのに? 本当に不思議」
「魔力や魔法は、私たちにとって当たり前のものだもの。竜皇陛下だってそう。何日か前にも空を飛ばれていたでしょう。それに対して、近代科学文明の産物や知識は、極論便利だから使っているだけ。だから二つは違和感なく並立するのよ。というのは、私が教えを請うた先生の言葉」
「それがこの国の在りようを端的に現していると言うのね。魔法文明がこれだけ隆盛しているのに、簡単に近代科学文明を受け入れた理由が理解できる気がするわ」
「そう? 私個人としては、融通の利かない古い価値観のままの宗教に縛られていないからだと思っているわ。異質だと盲目的に拒む必要もない。便利なら自分達に合わせて取り入れる。ただそれだけ」
「それは私達に対する皮肉? 私が言うのも変だけど、それは魔力を持つ者のある種の傲慢であり、アキツ人の考え方よ」
「まあ、そうよね」
「……否定はしないのね」
「生まれ、立場、土地、環境、それに国。種族以前に色々違うんだから、違っていて当然でしょう。同じでも戦争するのに、異質なら尚の事」
「……そこは同意するわ」
「うん。ところで、こんな問答みたいな雑談をしていて構わないの? 私達アキツの天狗はこういった問答は好きだから、私もついしてしまったけれど」
「それもそうね。もっと建設的な話をしましょう。アキツの深いところと我ら七連月との話を」




