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003 「国境(くにさかい)」

・竜歴二九〇三年十月中旬


 既に薄く雪が積もる針葉樹林の合間に敷かれた細い山道を、4つの人影が進んでいた。

 しかしその動きは、普通の人とは大きく異なっている。

 一応道の上を進んではいるが、その速度は普通の人が全力で走るよりも速かった。それでいて音はとても小さく、周囲への影響は殆ど与えてない。道のそばに人がいたとしても、通り過ぎた事にすら気づかないかもしれない。

 まるで影のようだった。

 もっとも、周囲に人影は全くない。それどころか、周囲の景色は大自然の真っ只中。かろうじて人の手が入っているのは、その4人が進む道とも言えない道だけだった。


 空はよく晴れているが、時間を考えると太陽は低い。いや、低すぎると言っても構わないだろう。だがそれは、彼らもしくは彼女らが進んでいる大地が、非常に高緯度に位置している証だった。

 この世界で最も雄大な大陸、天羅テラと呼ばれる大地の北東部、その北緯50度を超える場所に彼らはいた。だから既に雪が薄く積もっていても、季節はまだ十月の半ば。

 緯度が20度違う彼らの故郷は、そろそろ紅葉の季節で行楽地は賑わい始めている事だろう。


七連月セプテントリオネスか」


 4人のうち2番目を進む者が、少し上を見つつ小さく呟く。フード付きのマントを目深くかぶったその者の視線の先の抜けるような青空には、白銀色に輝く小さめの月が幾つも並んでいた。

 見た目の大きさと距離間は遠くなるほど小さいが、距離的には等間隔で一定のもの。そしてその世界の大地が丸い事を示すように、見える高さがかなり異なっている。

 昼間にしか見えないという奇妙な月の群だが、北の空ではこれが当たり前だった。

 彼らの故郷からでも、低い空で常に見る事が出来る。


 ただ、言葉通りの7つの月の全てを見るには、もっと西に行かないといけない。

 彼らのいる場所からは、7つは確認できない。全天を見渡しても見えるのは、低く遠い場所にぼんやりと見える1つを足しても6つだった。そして彼らから見て、西に向けてより多く並んでいた。

 そして北の人々は、月の並びで大まかな方位を知る事が出来る。


 呟いた後で小さく笑みを浮かべたのだが、その表情は彼の前を進む者の声ですぐに引き締まる。


「誰か来るよ」


「正確に報告しろ」


 先頭を進む性別不詳な子供っぽい声の報告に、先ほどまで空を見ていた男が訂正を促す。


「数は6。全員騎乗。向こうの斜面の山道。距離は……約5000」


「見た目や装備は分かるか?」


「猟師っぽいね。全員肩に長い棒。恐らく小銃。槍じゃない。鎧、兜なし。馬はかなりの荷物を載せてる。それと……周りに他の存在なし」


「よく見た」


 それだけ言うと目で周りを促す。

 促された3名は一様に反応を示し、声の主に合わせて立ち止まると道を外れて樹林の中へと少し入っていく。

 ただ全員が、周囲に溶け込みやすい色の頭巾フード付きの大きな外套マントを羽織っているので、顔形すら判別は難しい。しかし全員の身長、体格が違うので、おおよその見当がつくかもしれない。


 その後も子供っぽい声の主は、見つけた騎馬の集団へ鋭い視線を向け続けていたが、3人の方に振り向く直前に言い切った。


「こっちに気づいた動きはなし」


「双眼鏡か望遠鏡は持っているか?」


「こっちを見るガラスの反射はなかったけど、不明」


「そうか。どう思う?」


 そう言いつつ、質問していた者がフードを下ろして顔を露わにする。

 容貌は何処にでもいそうなアキツ人のそれ。その容貌を良いと思うか悪いと思うかは好み次第。少し目つきが悪いのが欠点なくらいで、どこにでもいる黒髪、黒目の普通の顔立ちだった。

 身長170センチほどの、アキツ人としては中肉中背。年の頃は20代の半ば程度。顔のどこを見るかで、20代前半に見えたり30近くにも見える。全体としては若めの印象だ。


 ただしアキツ人らしく、直毛の少し長めの黒髪の頭の上には2、3センチほどの2つのツノが生えていた。

 オーガと呼ばれる種族の証だ。アキツ以外で蔑む者は小鬼ゴブリンとも呼ぶが、他の人間種族と比べて小さいと言えるほどの背丈、体格の種族ではない。

 それにツノさえなければ、大陸東方で見かける只の人にしか見えない。


「見た限りは、僕らと同じ猟師姿だね」


 ややのんびりとした口調と態度で言い返しつつフードをとったのは、性別不詳の10代の少年のような顔立ち。ただし髪は白く、頭の上には丸みを帯びたネコ科の耳が自然に生えていた。当然だが頭の横に耳はない。

 顔の方も、瞳が金色で瞳孔が縦長になっている。そして口を開くと、犬歯が少し大きいのも見ることができる。マントを脱げば、お尻の少し上から複数の尻尾が生えているのも見えただろう。

 彼もしくは彼女は半獣セリアンと呼ばれる種族で、世界各地に似た種族が居住している。この為、世界的に見ると亜人デミの代表格ともされる。


「この辺の猟師は、面倒を嫌って越境はしないと事前情報にあります。西方からの放浪者でしょうな」


「もしくは放浪者を装った間諜スパイですね」


 残る二人も、それぞれの意見を口にしつつ外套と一体になった頭巾を取る。

 片方は身の丈2メートルに迫る、体の全てが分厚くできた頑健や堅牢という言葉が似合う大男。一見強面ながら愛嬌のあるギョロ目に、強い巻き毛の剛毛の黒髪、そして最初の男同様に頭の上にツノが2つ。もう一人よりもツノは少し長く、内側に向けて牛のように曲がっている。

 だが最大の特徴は、肌の色が緑ということだろう。


 アキツでは大鬼おおおにと呼ばれるが、大陸の西方地域では悪魔の代名詞とされる種族、もしくは魔人デーモンだ。そしてアキツでは昔は悪魔に当たる言葉そのものが無かったので、大鬼デーモンとして括られている。

 様々な肌の色なのと、かつて似た種族が西方などで猛威を振るった歴史がある事から、魔力の多い種族の総称である魔人の代名詞ともされる種族だ。


 悪魔と呼ばれるほどの嫌われ具合で、他国からアキツの勢力圏以外の多くで入国禁止や厳しい制限が出されるほどだった。

 そしてアキツの勢力圏以外では、ほぼ絶滅した種族ともされている。絶滅したのは、数に勝る人の手により滅ぼされたからだ。


 もっとも、「魔力」と呼ばれる人の内より湧き出す特殊な力、持つ者の身体能力を大きく高めたり、「魔法」などに使われる「魔の力」自体を忌避する人や国家、それに宗教も多いので程度問題かもしれない。


 もう一人は見るからに女性。女性としては長身で、すらりとした伸びやかな肢体が男物の服の上からも感じ取ることができる。

 抜けるような白い肌に長く伸ばした黒髪で、目元涼やかな凛とした誰もが振り向く顔立ち。一見二十歳前後だが、不老長寿の種族なので見た目で年齢は分からない。

 そして耳が上に向けて長く伸びており、彼女が天狗エルフである事を雄弁に伝えていた。


 また頭の後ろで結んだ長髪は一見黒なのだが、よく見ると少し銀色がかっている上に光が当たっていないのに少し虹彩が出ていた。虹彩は、魔力と呼ばれる超常現象によるものだ。

 完全な銀色の髪を持つ天狗は、中でも永遠とすら言われる長寿と膨大な魔力を誇る大天狗ハイエルフと呼ばれる上位の種族とされる。


 彼女個人の詳しいことはともかく、天狗はアキツだけでなく天羅大陸各地、特に現在でも西方の一部に居住している事と見た目の優美さから、世界各地で人の社会でも受け入れられている亜人の中でも珍しい種族だった。


 そして4人全員が、人もしくは只人ヒューマンではない事をその姿が雄弁に伝えていた。少しのちの時代に広義の意味で人もしくは人類種と定義される事になるが、まだその時代ではなかった。


「半獣はいたか?」


「全員タルタリア風の熊毛帽かぶってるから不明。でも、多分いないね」


「確かか?」


「気配や仕草で何となくね」


「私も魔力の気配は感じません」


 緑の大鬼の質問に、白い毛の半獣だけでなく黒髪の天狗も断言した。そして彼女の能力に疑問を感じる者は、この場には居合わせていなかった。

 だから緑の鬼は、隊長格の男の鬼に顔を向ける。


「どうされますか?」


「どっちにしろ、僕らの進行方向だしね。……殺す?」


 犬歯をのぞかせる笑みと共に白髪の半獣は、無邪気に好戦的な瞳を向ける。しかも、背中に背負っていた自分の身長くらい長い銃の準備を早くも始めていた。

 だが美貌の天狗が、それを軽く手で制する。


甲斐カイ隊長、殺すのは反対です。こちらが迂回してはどうでしょうか? 幸い距離もあります」


 一見人道的で真っ当な言葉だが、冷静な口調からは殺す事自体を問題視している雰囲気は感じ取れない。

 そしてその言葉に、甲斐と呼ばれた隊長も淡々と頷く。


「他に、相手の素性を知る為に捕まえる、という選択肢もあるな。だがどれも僕の性に合わない」


「まあ、殺すと、帰還しない事で我々の存在を向こうの連中に気取られる可能性が出来ますな。それで、どのように?」


 緑の大鬼の疑問に男が視線だけ向けて、さらに他の二人も順番に見る。


「素通りや迂回は好みじゃない。ここは一つ、大人しくお引取り願おう。ちょっと言ってくる。気取られないようにもう少し距離を詰めたら、三名はそこで待機。行くぞ」


「お待ちください」


 言いつつ再び移動を始めた甲斐に対して、大天狗が言葉尻の最後を遮る。


「今回我々は軍服を着用していません」


「だから猟師として彼らに接触する。この先でも、何かあればそうする予定だろう。それにこっちの国の側だし、戦闘行為もしない。現場の指揮権は僕にある。問題はないと思うが?」


「その点を意見したいのではありません。この地の猟師は、あまり単独で活動しません」


「それは理解している。だが、鞍馬クラマオボロは女性。女性はあまり狩りに出ない。かと言って磐城イワキを連れていってみろ、即座に戦闘だ。もしくは連中、こいつの顔を見た途端に逃げ出すぞ」


「自分、鬼ごっこは得意なんですがね」


 磐城と言われた緑の大鬼が軽くおどけるが、これには鞍馬と言われた天狗も反論はしなかった。

 だが、甲斐への強めの視線は改めようとしない。

 だからだろう、甲斐が軽く肩をすくめる。


「わかった。オボロは待機場所で周囲の監視。発砲の判断も任せる。磐城イワキは補佐。鞍馬クラマは一緒に来い」


「了解しました」


 今度は反論はなかった。

 そして距離を詰めると、鞍馬を連れた甲斐は徒歩の猟師を装いつつ、こちらに向かってくる騎馬の集団へと歩みを進めていった。


本来ならこの世界独自の様々な単位や度量衡があるでしょうが、我々の住む世界と同じ物理法則の世界。

10進数が基本で、度量衡(単位)はメートル・グラムとします(ヤード・ポンド法など他は出しません)。他の単位なども同様とお考え下さい。

多分、自動翻訳されているんでしょう(笑)

本当は尺貫法、ヤード・ポンド法に似た独自の単位にしたかったけど、分かりやすさを優先して断念しました。

魔力、魔法関連だけ独自の単位があるかも。


また一年は365日など、時間の長さ単位も同じとさせて頂きます。

つまりこの世界は、並行世界の地球?(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 好い雰囲気であります♪
[良い点] ヤーポン法、視すべし!慈悲はない! 某、航空事故調査報告番組を思い出しながら [一言] 皇国の守護者といいますか、幼女戦記といいますか、良い感じの匂いがする作品の感じ
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