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037 「アキツ海軍(2)」

 半世紀ほど前に帆船の時代が終わると、状況は大きく変化したと考えられる様になる。

 竜歴2900年代初頭のアキツ海軍は、世界の列強で2番目の規模があると世界的に評価されていた。


 だがその強さは、あまり正しくは評価されていなかった。一位のアルビオン精霊連合王国だけが、アキツ海軍の強さを十分に理解していた。

 帆船の時代が終わった今、他の西方列強がアキツの海軍力を侮っていたのは、魔石ジュエルの優位と距離の優位があるだけと考えている節が強い。

 その根拠の一つが主力艦艇の保有数にあった。


 この時代の主力艦艇とは、竜歴2800年代の終盤に登場した新世代の革新的な戦闘艦艇になる。

 新たな戦列艦で、主に戦艦バトルシップと呼ばれる。船の中心線上に機械の力で動く旋回砲塔の形で強力な大砲を配置し、大馬力の機関を搭載し、主要部が分厚い装甲で守られた動く鋼鉄の要塞だ。


 大きさは、全長110メートルから130メートル程度、排水量1万トンから1万5000トン程度。

 主砲の有効射程距離は、平均で7000メートル。その距離で、主要部は30センチ口型の巨大な砲弾を防ぐことができる。

 技術上の制約からこれ以上は難しかったが、今まで戦闘で使われてきた様々な技術や魔法を大きく上回る能力だ。


 これを補助する準主力艦艇が、攻撃力と装甲は戦艦に劣るが速度性能、機動性に優れた装甲巡洋艦と呼ばれる艦艇になる。

 それ以外は、主力艦を投入するほどではない航路や拠点の防衛など様々な任務に使用される巡洋艦クルーザー、中でも防護巡洋艦と分類される艦艇が数の上での主力となる。


 そして何より、竜歴2900年代序盤は西方列強の間で戦艦、装甲巡洋艦の建艦競争が激しさを増し、巡洋艦よりも戦艦、装甲巡洋艦の整備に列強各国は力を入れていた。

 戦艦は単に主力艦というだけでなく、他に撃破出来る戦力が存在しない海上の動く要塞で、戦略的な価値を有する海上の決戦兵器と認識されていたからだ。

 但し、建造や保有するには相応の予算、海軍の規模が必要なので、簡単に数は揃えられない。小国では保有すら難しかった。


 一方のアキツは、軍艦を多数建造、保有する西方列強に対して、距離と燃料の優位があるので戦艦、装甲巡洋艦をそれほど重視していなかった。

 また、近くに脅威となる海軍部隊が存在しない事も、アキツ海軍の装備、編成に大きな影響を与えていた。


 アキツは、西方へと続く大南洋と自分達の勢力圏となる大東洋の境目とされる、天羅大陸東南域の魔来海峡より東にある海軍力を重視すれば良かった。

 大東洋の反対側に当たる遙か西方の極西大陸の西岸一帯は、全てアキツの勢力圏だったからだ。


 その先の極西大陸と南遠大陸を繋ぐ二大陸地峡は、先史文明の痕跡を利用した大規模な運河を作ろうという計画はあった。だが極西大陸での分裂状態もあって建設に名乗りをあげる国はないので、今の所は問題もなかった。

 さらに先の南遠大陸はアキツからは天球の反対側と言えるほどの遠さだし、現地に高い国力を持つ国は大東洋側に存在せず、無視しても問題なかった。


 極西大陸に横たわる勢力境界となっている大河の向こう側には、北部の市民シチズン連邦フェデラルと南部の精霊スピリット連合コンフェデラートが南北に分かれているが、亜人デミ中心の精霊連合はアキツの友好国で、二つの国は分裂戦争以後激しい睨み合いを続けている。

 そして地形障害の少ない長い国境線を互いに抱えている為、常に陸軍が重視されてる。とてもではないが、大きな海軍力を保有する余力はなかった。


 アキツと敵対する市民連邦は、アキツが勢力圏とする極西大陸西部の諸部族トライブス連合ユニオンとも敵対しているが、対立場所が内陸部である事、何より南の精霊連合との対立を前にして、西に勢力を広げる余力はない。

 加えて地理的にも、市民連邦が大東洋に進出するのは不可能だった。


 こうして広大な大東洋は、1世紀以上にわたって『ドラゴン浴槽バスタブ』となっていたが、アキツとしても何の備えもしないわけにはいかない。

 アキツ海軍は、広大な大東洋での航路防衛、遠隔地防衛と警備、拠点防衛と警備を行わなければならず、数が重視された。

 そして航路や拠点の防衛には、経費、人員など多くの面からも巡洋艦が適任だった。


 戦艦、装甲巡洋艦は、主力艦であり攻撃兵器もしくは戦略兵器に当たるからだ。何より1隻当たりの値段が高いし、多くの兵員が乗り込むなど維持費も高くつく。

 さらに言えば戦艦、装甲巡洋艦は、居住性より戦闘力に重きを置く傾向が強いので、拠点から遠い場所での長期任務には不向きでもあった。


 そうした状況から、アキツ海軍は西方列強に侮られない程度の戦艦、装甲巡洋艦を整備するにとどめ、努力の多くを巡洋艦の整備に注いだ。


 なお、巡洋艦より小さな戦闘艦艇としては、当時は水雷艇と駆逐艦がある。

 しかし、小型の水雷艇は拠点の近くでの運用が前提で、巡洋艦のような遠洋航海は不可能だった。また、大東洋のような波の高い海での運用にも適していない。

 水雷艇より少し大きな駆逐艦も、この当時の任務はまだ「水雷艇を駆逐する艦」の側面が強く、同様に遠洋航海は難しかった。

 そしてアキツ本国の近海には敵となる海軍が殆どいないので、アキツ海軍は水雷艇、駆逐艦の整備には不熱心だった。


 こうして近代のアキツ海軍は、世界最大規模の巡洋艦を保有する「外洋海軍」として編成されていた。

 しかし大抵の国は、装甲巡洋艦、そして戦略兵器である戦艦の数こそが評価の対象だった。

 だから、アキツ海軍を過小評価した。

 魔石で儲けているのに「海軍力の整備を疎かにするとは、やはり魔物モンスターに過ぎない」と。


 もっとも、アキツ海軍も十分に考え、限られた予算の中から最善の兵力整備を行なっていた。

 竜歴2900年初頭において、戦艦10隻、装甲巡洋艦6隻という保有戦力は、西方列強の海軍に比べると確かに多くはない。

 技術の急速な進歩で戦力価値の下がった旧式の戦艦も10隻程度が在籍しているが、これも多い方ではない。


 主力艦の保有数は世界で5番目の順位で、海軍国としては十分ではないように見える。

 何しろこの時期は、世界中で100隻近い第一線級の戦力価値を持つ戦艦があった。

 第一位のアルビオンは40隻、それに続くタルタリア、ガリアを合わせるとほぼ同数もある。陸軍国のゲルマンも近年急速に海軍拡張を行なっており、アキツは何年か前に追い抜かれていた。


 これに対してアキツ海軍の巡洋艦は、第一線任務用の比較的建造の新しい艦だけで、アルビオンを上回る世界最大規模の70隻を超えていた。しかも、毎年4隻前後が新たに就役している。

 大東洋のどの軍港や主要港に行っても、アキツの旗を掲げた巡洋艦を見ることが出来ると言われたほどだった。


 だが西方列強の多くは、自分達が本気になればアキツの巡洋艦など簡単に蹴散らせると考えていた。

 実際、装甲巡洋艦を前にして、巡洋艦を何隻揃えても歯が立たない。火力、装甲で劣り、速度が同等では話にならなかった。

 勿論、戦艦が来たら逃げるしかない。


 しかしアキツ海軍は心配していなかった。

 大東洋にアキツ海軍が脅威と感じるほどの海軍を派遣する現実的な能力を持つ西方列強もなければ、運用する為の拠点もないからだ。

 唯一の例外はアルビオンだが、西の海洋帝国であるアルビオンとアキツは緩やかな友好関係にあり、現時点でお互いの敵は同じだった。


 勿論、アルビオンが本気を出せば、アキツは現状の三倍の数の主力艦を揃えても太刀打ちできない。

 このことは互いに周知であり、その事がアルビオンがアキツに対して安全を確保できる安心材料になってもいた。

 一方のアキツ側は、西方列強全てが敵にならない限り、アルビオンが現状のアキツ海軍を圧倒する主力艦を遠く極東に派遣できないと看破していた。


 当時のアルビオンは、最も強大な国家であるだけに西方列強のほぼ全てが仮想敵といえ、「二国標準主義」とされる主力艦整備を行うことで自国の安全保障の柱としていたほどだった。

 そんな状態では、アルビオンがアキツに向けて大艦隊を送り込むなど、現実問題として出来る筈もなかった。

 それでも万が一西方列強全てが大同団結したところで、東方に艦隊を派遣しても維持、運用できる拠点も能力もない。そのことこそが、アキツにとって圧倒的に優位な点だった。


 アキツ海軍にとってほぼ唯一の懸念は、半ば国が崩壊した状態の東大国セリカ

 この頃のセリカは国として殆ど機能しておらず、主要な地域の殆どが西方列強の半植民地状態になり、各所に西方列強が進出していた。

 特にアルビオンなどは、セリカ主要部の約半分の勢力圏を経済的影響下に置くほど進出していた。


 この件は、アルビオンがアキツと友好関係を結ばねばならない要因の一つにもなっていたが、アキツにとっても自国の安全を高める要素にもなっていた。

 アルビオンが効率よくセリカでの商売をする為には、アキツとの友好関係が必要だからだ。

 それは他の列強にも言える事だった。


 西方列強の各国も、セリカでの自らの勢力圏、市場を確保、維持し、さらには拡大するべく軍隊を派遣していた。そしてその中には、海軍艦艇も含まれていた。

 殆どは中小の巡洋艦で、数も1隻か2隻程度。象徴としての派遣という意味合いが強かった。

 だがその中に、対立を深めているタルタリアの艦艇も含まれていた。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] こういう説明回、私は大変好きです。 世界設定が緻密で有るほど色々と想像が出来て楽しいですね。
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