033 「特務旅団(2)」
「砲は?」
村雨の顔には、当然欲しいだろうと書かれている。
それに甲斐は小さく苦笑する。
「あるに越したことはありませんが、この部隊規模を考えれば配備は難しいのではありませんか。それに蛭子衆に本格的な砲兵はなく、他から借りるのも色々と問題があるのでは?」
「まあ、そうだな。うちは大物の術師が大砲代わりだからなあ」
「はい。ですが、研究中という簡易型の軽砲や軽い臼砲があるなら、それをもらって下さい。あれなら軽くて持ち運びも楽だろうし、本職の砲兵連中もあまり文句は言わないでしょう。欲を言えば、歩兵を直接支援するという小型の大砲が欲しいところですが」
「勉強してるな。分かった、掛け合ってみよう。で、とりあえず第一希望の機関銃だが、運ぶ手段は? 砲と付くだけに確か意外に重いぞ。大鬼の連中なら担げそうだがな」
「バラして運ぶと資料にありました。また騎兵用なら防盾と車輪が付いています。どちらにせよ、運搬用の馬くらい調達できるでしょう。うちの輜重でも馬は使うんですから」
「まあそうか」
どこか煮え切らない、と言うか甲斐に何かを言わせたい雰囲気を村雨が見せる。
そこで一つ甲斐は思い至った。
「それと十分な弾薬を。あと、固定配置が効果が高いそうなので、簡易でも陣地を作る為の工兵の増強も欲しいですね。それに機関砲の護衛の歩兵小隊あたりも」
「どんどん荷物が増えてるぞ。全部合わせたら中隊で済まない」
「第3大隊が欠番なんですから、いっそそこに銃火器大隊とかでっち上げて色々と組み込んでは? 第一線向きではない術師を束ねて無理やり大砲がわりの第4大隊を編成するくらいです。もう、前線配備に就ける蛭子はいないでしょう?」
「いたら欲しいな。だが蛭子と言えど、鬼と半獣は、現役の兵士でいられるのは精々50年だ。普通の兵より長いとは言え、全体の数が少ないのでは話にならない。甲斐、政府が抱える蛭子の数を知ってるか?」
「本国だけだと600名で、各年代平均が100名。アキツ全域で1000人程度でしたか。僕はその半分も、顔を見た事がありませんが」
「だいたいそんなものだな。だが、兵士となると年齢制限がある上に、得手不得手がある。お前も、動きの鈍い年寄りを率いたくはないだろ。それに蛭子は全員が魔力豊富という事で一通り戦闘技術は仕込まれるが、優れた兵士になれるのは一部だ。それに高い魔力持ちの時点で貴重だから、上としても無駄遣いも出来ないし、したくはない。
職業軍人だけでなく後方での各種術師を足しても、総動員時に前線任務に耐えうるのは多少無理をしても全体の半数程度が限界。実際は3分の1程度。それなのに引く手数多で、やる事は山積み。嫌になるよ」
「御心お察し致します」
「そんな事言ってると、次の総隊長にお前を推薦して俺は退役するぞ」
「年が若い上に、これ以外能が無いので無理ですよ」
そう言いつつ、甲斐は腰の刀をポンポンと叩く。
そうすると村雨は意外に真剣な眼差しを刀に向けてきた。
「それは新しいやつか?」
「はい。緋鋼製の新型です。込める魔力にもよりますが、怖いくらいの切れ味です」
「そうらしいな。白銀や黒鉄も易々と切れるんだろ?」
「刀同士なら、結局は魔力勝負ですね。魔力を込めないのなら、魔鋼だろうと普通の鉄や岩とあまり変わりません。ただ、こいつは魔力の効率や増幅率が凄い数字です。使ってみても実感しました。単に切れ味が鋭すぎるだけでなく、魔力次第でかなり先まで切り裂けてしまうし、衝撃波で吹き飛ばしたりも出来る。子供の頃の夢に見たような刀ですよ」
「そうか。いや何、只人も、連中のサーベルとか言う刀に白銀や黒鉄を使う奴がいるだろ。実際、どれくらい脅威なのかと思ってな。俺は術者だから」
術者だから刀のことは分からないと言いたいのだろうが、使う当人から感覚的な事を聞きたいだけだろうと甲斐は納得する。
「多々羅連中が魔力を織り込んだ魔鋼は確かに鉄より頑丈ですが、要は武器。使う者次第ですよ。そもそも身体能力が違うので、一度に余程の数で押して来られない限り魔力のない只人は脅威ではありません。
それよりも、銃弾の雨に晒されるような状況の方が厄介ですね。刀で弾くのは限界があります。術で弾けるのも、それこそ術者だけ。新しい防具や軍服は魔力が続く限りある程度の防弾効果は期待できますが、機関砲を雨霰と食らっては堪りません」
「甲斐でもそう思うのか」
「西方列強が銃と大砲の威力で世界征服を進めてきたのが何よりの実証例であると、自分は愚考致します」
「そんな言い方はよせ。それよりついでに聞くが、蛭子はともかく下の連中は銃弾を弾くのはやっぱり無理か?」
下の連中とは、蛭子衆に配属されている蛭子以外の一般兵の事だ。数の少ない蛭子だけでは部隊の維持、運営が出来ないので、様々な面で蛭子たちを支える。
主に身寄りのない者を政府が養い、そして秘密保持ができる蛭子衆専属の兵士として育て上げた者達だ。
身寄りがないという点では蛭子と似ているので、部隊内での結束は高く、古来より同じ方法がとられてきた。
「術者は、防御術があるので多少なら問題ありません。ただし、蛭子以外が刀で銃弾を弾こうってのは、一部の獣人、半獣以外は曲芸の類です。彼らは国が見つけてきただけあって魔力に優れた者ばかりですが、銃弾の雨、砲弾の前には一般兵より少しましな程度にお考えください。我々は銃の効果を演習と実戦で体感していますから、この点は間違いありません」
「間違いない、か。よし、そのまま言いたい事を言え。怒らんし、責も問わん。俺が知りたい」
「はい。それでは。とにかく白兵戦に持ち込めば良いと、我が軍が安易に考えているのは疑問です。極西の分裂戦争でも、戦列を組んだ南側の天狗や多々羅の歩兵は魔力が尽きたところを無数に倒されました。今の軍隊は、あの時以上の火力となっています。
同じような戦争を考えているのなら、全ての兵が短時間でも小銃と、ある程度の砲弾の破片、爆風に対応できるようにしなければ、白兵戦を挑むまでに随分と酷い損害を受けます」
「対処方法は思いつくか?」
「相手と同じように、銃弾で弾幕を張り大砲で相手を吹き飛ばすのが一番でしょう。ですが、上も似たような事を考えていたのではありませんか? 相手が持っているものは自分もというは、軍事の基本です。
こちらの手の内でなら、我々のような部隊を揃えて夜襲する。さらに許しがあるなら敵司令部を急襲、蛇の頭を叩いてしまいます。それで大軍も烏合の衆です」
「こっちの手の内は随分と過激だな」
甲斐は命じられるままに言いたい事を言ったのだが、村雨は楽しげだった。自慢の腹をさすっているので上機嫌な証拠だ。
彼も似たような事を考えていたのだろうと甲斐は推測した。
「まあ最後のやつは、西方でも似たような戦法を昔からやってきている。只人どもも、亜人対策、魔法対策くらいしてるだろう」
「西方で投入される戦力と、今の我々では随分と違うと愚考致しますが?」
「確かに愚考だ。可能性で論じてどうする。それに連中も馬鹿じゃない。こっちと同じように、時代に応じた対策の一つや二つ上積みしている筈だ。まあ、あの国の上層部は、随分と我々を舐めているようだがな。小鬼風情と……随分話が脱線したな。とにかく、第1大隊の仕上げを急いでくれ。お前らが蛭子の先鋒だ」
「ハッ、了解しました。小鬼風情らしく、泥臭くあがきたいと存じます」
「一言多い」