032 「特務旅団(1)」
・竜歴二九〇四年二月某日
「先日は警備任務ご苦労、『凡夫』。それに野暮用があったのに、第一大隊の再編作業も終わったそうだな」
「大隊副長以下、部下達が優秀なもので」
とある部屋で、甲斐と狸の獣人が話していた。
部屋はそれなりの調度が施されているが、どちらかと言えば実用第一の作り。向かって右側の壁一面の本棚に、分厚い本や書類をまとめた綴じ込みがぎっしりと並んでいるのが一番目立っていた。
客をもてなす椅子や机はない。
「お前と『天賦』は、相性が良いとかの程度じゃないからな。本当は、俺の下に置いて置きたかった。だが、役に立っているならそれで良い」
「ご配慮感謝致します」
椅子に座り大きめの長方形の机に肘をついている方が狸の獣人。首元に蛭子の大きな痣があり、体毛の上からもそれが分かるほどだった。
年齢は獣人なので当人達以外には分かりにくいが、記録と当人の言葉が正しければ、もうすぐ100歳。変革より前の天下泰平の時代から、看板を掛け替える前の蛭子衆にいる古株の一人だ。
何代目かの『幻惑』の二つ名を持つ幻影の術の達人だが、獣人の寿命を考えるとそろそろ退役、隠居を考える時期になる。
もっとも、非常に魔力が多い蛭子なので、最低でも倍は生きるだろうと言われていた。
「それで村雨総隊長、ご用件とは?」
「ん? ああ、来いとだけ伝えたんだったな」
総隊長と呼ばれた村雨は少しとぼけたように言葉を返すが、本当にとぼけているわけではない。少し面白そうな表情が見て取れる。
表向きは善人でも心の内は狡猾でずる賢いことを狸を揶揄して言うが、目の前の獣人もその類型に見えてしまう。
それに村雨は、『狐の七化け狸の八化け』を体現するかのような幻影術の達人であると同時に、交渉ごとも得意としている。まさに、誰もが思い浮かべる狸だ。その狸は、特務少将の階級章を付けた軍服をまとっている。
甲斐としては、例え相手が上官であっても下手に言質を取られないように気をつけたいところだった。
「はい、『幻惑』特務少将。どのようなご用件でしょうか?」
「わざわざ言い換えるな。悪かった。だが、それより先に言っておく事がある。先日の懇親会で君の大好きな副長に接触した奴だが、今素性を洗っている」
「すぐには分からないのですか?」
「表の素性だろうが、タルタリアの貴族だ。迂闊には手が出せん。近いうちに『天賦』と私的に会うというので、そこで探りを入れても構わないと考えている。もっとも上は、同じ種族同士の関係強化の一環程度ではないと見ている。
あの国の水面下は、随分と荒れているからな。農奴、亜人の不満は高まり続け、一揆、暴動は日常茶飯事。革命という声も聞こえてくる」
「反体制派が接触してきたと?」
「そうだ。だから向こうも、あの会場で一番魔力の高い鞍馬に手札を一枚見せたんだろう。他人の魔力量が一目で分かる奴は、我が国にも少ない」
「亜人の少ないタルタリアだと、さらに少ないでしょうね。噂に聞く秘密結社でしょうか?」
「『七連月』か? どうなんだろうな。知っての通り、私は専門ではないからなあ」
「これは失礼を致しました」
「気にしてない。まあ同じ穴の狢同士、本題の仕事の話をしようか。お前のところの大隊を含めた暫定版だ。これをたたき台に、部隊の本格編成を進める」
言いつつ1枚の紙面を机の前に立ったままの甲斐に示す。
そこには以下のように書かれていた。
「特務旅団」
蛭子衆戦闘部隊・戦時編成概要案
・旅団司令部(総隊長:特務少将、総副長:特務准将)
本部小隊(6名)
支援小隊
・第1大隊(42名)
(隊長:特務大佐、副長:特務大佐から中佐)
本部小隊(4名)
中隊(12名)×3隊
支援中隊(2名)
・第2大隊(42名)
司令部小隊(4名)
中隊(12名)×3隊
支援中隊(2名)
・第3大隊(欠番)
本部小隊(4名)
(未定)
・第4大隊(魔法大隊)(54名)
司令部小隊(4名)
中隊(12名)×4隊
支援中隊(2名)
・支援隊
工兵小隊、術医小隊、通信小隊
輜重(補給)小隊、糧食小隊、弾薬小隊
総数453名。うち蛭子148名。
※( )内は蛭子の数
「根こそぎじゃないですか。しかも連隊ではなく旅団。当初予定より大所帯になるんですね。これで、どこかの戦線に参加しろとか言わないで下さいよ」
「言われそうだよなあ」
全体を指揮する事になるであろう村雨が、嫌そうな顔を見せる。だがそれも一瞬だった。
「まあ、それはともかく、我々は陛下の直臣ではあるが、編成式、閲兵式、お披露目、そうした派手なものは一切なしだ」
「我々は日陰者ですからね。編成後、直ちに実戦配備ですか?」
その言葉を聞くと甲斐に目線だけ送る。
「取り敢えず、お前ら第1大隊は訓練でもしていろ。他はまだかかる。そこでだ、万が一この編成で平野に放り込まれるとして、他に何か欲しい兵科はあるか? 中隊までなら騎兵以外は手に入るぞ」
「我々が前線に出るとしても、後方での各種活動が想定されている筈です。仮に前線配置だと、夜襲なら大きな成果を望めるでしょうが、戦列を組むにしても散兵程度では我々の特性を殺してしまいます」
「分かってる。あくまで、だ。それに上も分かっているから、突破部隊については鋭意編成中だ。噂くらい聞いているだろ」
「武家の時代の名誉称号を冠し、貴族や武士、と言うより大鬼、獣人の次男坊、三男坊を集成した重編成の部隊だとか。中には腕に覚えのある女性兵がいるとも」
「新しい道具も出来つつあるから、上はやる気満々だ。もっとも、指揮や訓練は前途多難という以上らしいがな。何せ魔人は将校だらけだ。それより、欲しいものは?」
「騎兵以外でしたね。なら、機関砲を」
「機関砲? 機関銃とも言うやつか?」
「はい。只人は、銃弾に対して我々より遥かに脆弱です。弾をバラ撒ける兵器なら、銃撃できないように頭を下げさせるか、突撃を砕くにはもってこいでしょう」
「で、得意の白兵戦に持ち込むわけか」
「突撃してきたところを機関砲でなぎ払って終わり、の方が楽でしょうね。仮に配備して頂けるなら、弾幕を形成できる様に最低でも中隊編成を希望します」
「ふむ」。そう言いつつ腕を組み、さらに目を閉じて考える仕草をする。だが甲斐は、それが村雨の演技だと知っている。
部下の前で本当に考える仕草は見せない男だから。
そして考えるにしては短い時間のあと、村雨の視線が再び甲斐に向けられた。
この辺りから、ミリタリー描写だらけになりそうです。




