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031 「天狗の懇親会(2)」

 迎賓館の中は、さながら西方の大国での懇親会パーティーの様相を呈していた。


 アキツ人に多いオーガの姿はなく、アキツでは貴人に多い大鬼デーモン獣人ビーストもいない。

 給仕として半獣セリアンがいるだけで、出席者の大半は只人ヒューマン天狗エルフだった。中には、銀色の髪を持つ西方でも非常に稀な大天狗ハイエルフの姿まであった。

 他には、若干名の多々羅(ドワーフ)がいる程度。


 アキツ人から見れば天狗だらけだが、比率としては只人の方が多く出席者全体の7割程度を占めている。天狗が多いと見えるのは、それだけ天狗が見栄えするからだ。


 そしてこういった場所だと分かりやすいが、天狗はどこ出身でも独特の雰囲気がある。分かりやすい違いは、個性を除けば髪の色くらい。東方は黒か暗めの色が多く、西方は金か明るい色が多い。

 大天狗になると、決まって銀髪を持っていた。

 そんな天狗同士の視線が、会場内の一角で交錯した。それに一瞬ハッとなった方が、態度を整えてからもう片方へと歩み寄る。


「少しよろしいかしら?」


「何かご用でしょうかご婦人」


 声をかけたのは、艶やかなドレスを纏ったプラチナブロンドの天狗。もう片方は、会場の隅で警備任務に就いている軍服姿の黒髪の天狗。

 一見すると何かしらの雑用でも申し付ける風だが、その瞳には好奇心がある事を黒髪の天狗、鞍馬は見てとった。


「あなたの髪に魔力の虹彩が見えた気がしたので、もしかして大天狗でいらっしゃるのかしらと思いまして」


 「いいえ」と鞍馬は首を横に振る。

 そして彼女の情報を頭のなかで一瞬だけ思い出す。


(タルタリア商人のエリザベータ・ソブレメンヌイ。勾玉ジュエルの目利きで来訪。傍流の貴族出身で、大貴族の後援あり。皇族との関係はなし。経済的成功で成り上がる。ただし年齢は偽っている可能性大。まあ、天狗だものね)


 そして首を振り終わると、同じような事を言われた時のお決まりの返事を口にする。


「先祖の血が隔世遺伝というもので出て、少しだけ大天狗のように髪が見える事があるのです」


「まあ。では私と少し似ていますわね」


「似ている?」


「ええ。ですが私の場合、両親は人なのに天狗として生を受けましたの」


「なるほど。それは運の良い事と存じます」


「我が国の実情を知っていても、アキツの方は決まってそう仰られますわね」


 演技かもしれないが、エリザベータは笑顔を返しつつも少し辛そうな表情を見せる。だが、鞍馬は言った言葉を否定するつもりは全くない。


「はい。ですが、亜人デミだからではありません。只人では決して見られない景色を見る事が出来るからです」


「決して見られない景色?」


「300年先の景色です。只人なら60年、長生きでも80年ほど。ですが天狗なら、平均で300年。魔力次第では、さらにその先の景色を見られます」


 鞍馬が言葉を重ねていくと、エリザベータの表情が最初は驚き、次に明るいものへと変化してく。

 アキツでは種族間の寿命差は身近な悲劇ではあるけど、鞍馬は前向きにそう捉える事にしていた。


「まあ、素敵なお話ですわね。アキツの方とはこの手の話を何度も致しましたが、今のような言葉を聞いたのは初めて。あなたお名前は? 私はエリザベータ・ソブレメンヌイ。本当はもう少し長いのですけれど、長いと覚えにくいでしょう」


「いえ。名前を覚えてもらうのは商人の基本だとも聞きます。私は鞍馬一華と申します」


「あなたの事は、イチカとお呼びしても構わないかしら。私の事はリーザとお呼びくださいな」


「出来るなら鞍馬で。珍しい家名なせいか皆がそう呼びますし、私も気に入っております。リーザ」


「家名に誇りや愛着を持つのはとても良い事ですわ。クラマ」


「ありがとうございます」


 話しつつも鞍馬の内心では小さな葛藤があった。

 蛭子の名前は、家名、苗字こそ種族にふさわしいものを国から与えられるが、個人名は基本的に一定の集団の中で順番に数字が当てられる。

 甲斐が三太で蛭子内で甲斐の苗字を持つ三番目といったように、鞍馬は一番目だから一華。男は数字に太や郎、女は花や華といったありきたりな文字が当てられる。

 だから鞍馬は、下の名前が嫌いだった。


「ところで、私、魔石ジュエルの商いをしてまして、今回は素晴らしい魔力をお持ちの方との知己を得る機会とも捉えておりますの。クラマとも、個人的に改めてお会いできないかしら」


「個人としてでしたら。質の高い勾玉ジュエルを得たいとお考えなのですね」


「ええ。しかもアキツは、世界で最も魔力に優れた大天狗の多い国。それなのに、この会場にいる大天狗の方の周りには外務卿の大仙ダイセン様のように人だかりか、アナスタシア様の護衛の方のように人を寄り付かせないかのどちらか。クラマと知己を得られたのは幸運でした」


「残念ながら私は天狗ですけれどね」


 わざとらしくため息をつき、その後に喜色を浮かべる商人らしい物言いに、鞍馬は苦笑する。

 だがエリザベータの次の言葉は、苦笑では済まなかった。


「そんな事ありませんでしょう。クラマは随分巧みに隠されているようですけれど、魔力は相当とお見受け致しました。実は私、石だけでなく人を見る目にも自信がありますのよ」


「これは敵いませんね。私も他国の知り合いが持てる事は、私自身の財産になると考えます。今後ともよしなに」


 笑顔で内心を隠しつつ鞍馬は警戒感を強める。

 通常、魂の内から湧くとされる魔力は、意図的に放つか使うまで見た程度では分からない。

 訓練や経験である程度は把握できるようになるが、たまに一目で分かる才能や特技を持つ者がいる。そうした者の存在は知っていたが、得てして他者に対して秘密にするものだ。

 それに警備の者に話しかけてきたのだから、鞍馬個人の本当の情報も持っている可能性も考えないといけない。

 勿論、エリザベータはそんな様子はおくびにも出さない。


「こちらこそ。それではまた後日。連絡先はタルタリアの商館でお願いします。あなたは?」


「任務中ですので、この場ではご容赦下さい。後日、ご連絡をさせていただきます」


「これは失礼を。ご連絡、お待ち申し上げておりますわ」


 そう結んでエリザベータは次の商売相手へと歩き去ったが、頭を深めに下げて見送る鞍馬は内心汗をかいていた。


(私の魔力、どこまで見抜かれたのかしら。自分から手札を見せるというのも、何らかの意図があってなのは間違いない。あの女、注意しないと。他の蛭子にも安易に会わせられないわね)



 一方、落ち着いた足取りで次の相手を物色するエリザベータこと七つの月の一人メグレズだが、完全に抑え込んだ心のうちは落ち着きとは程遠かった。


(な、なんだ、あの化け物はっ! 今後の接触の為に手札を見せたのは失敗だったか? しかも隠しているが底知れないあの魔力。大天狗だとしても大きい。千年以上生きているという大剣豪もあれ程ではなかったし、先日会った軍幹部の大鬼ですら比較にならないわ。

 しかもこちらの手の内を少し見せたのに、動揺一つ見せなかった。余程精神面の訓練を受けているのか、多少覗かれても気にすらしていないのか、それとも事前に知っていたのか……)


 そこまで考えたところで、会場を回っている給仕から飲み物を調達。心を落ち着ける。


(何にせよ情報が少なすぎる。恐らくあれが、アキツが滅多に表に出さないというヒルコと呼んでる忌み子ね。この国が秘密をあえて出して、気づける者を脅したと取るべきなんでしょう。でも、表向きでも個人的な知己を得られたのはむしろ幸運。慎重なのは勿論として、積極的に接触を続けるべきね)



 そんな二人が互いにすれ違い気味な警戒感を抱くことはあったが、懇親会自体は事件ひとつ起きず大過なく幕を閉じた。

 タルタリア帝国第三皇女のアナスタシアは、警備の都合という事で上座の席で半ば固定され謁見のように各国大使などから挨拶を受けるだけなので、問題が起きる筈もなかった。


 しかも彼女の側に大天狗が刀を携えて静かに控えているとあっては、アナスタシアに対して多少何か問題を起こそうとする者があっても手の出しのしようが無かった。

 少なくとも大半の者がそう考えたと言われる。


 それ以前に、出席者は厳選された両国の関係者に諸外国の大使や駐在武官、名士とそれらの婦人、さらにその随員が若干数。素性の確かな者ばかりなので、会場内で問題が起きる筈もなかった。


 一方で外での騒動だが、警察の事前行動が功を奏し、加えて厳重に警戒されていた事もあり未発に終わった。

 さらに参加者の送迎も万全を期し、少なくとも懇親会そのものは文句の付けようがなかった。


 だがタルタリアは、早くも翌日にはアキツを非難する。

 タルタリア皇族のささやかな催しなのに異常なほどの厳重な警備を必要とした点、会場内にまで武装した警護の者が多数いた点を、タルタリアは警護自体には感謝の言葉をするも、深刻という表現でアキツ国内の反タルタリア感情を強く問題視した。


 しかも今回タルタリアが歩み寄りを見せたのに、アキツ側は反発を強めるばかりであると非難もした。

 アキツで反タルタリア感情が高まりを見せている証拠だと。

 諸外国も、厳重な警備を必要とした懇親会をアキツとタルタリアが開いた事は、両者の関係を却って白日のもとに晒したと見た。




「つまり、向こうが送りつけてきた姫さんを受け入れた時点でうちらの負け、いうことか」


「しかも初手で平和と友好を前に出されましたからね。あれは断り難かった。とは言え、警備を厳重にしただけでここまで難癖をつけられるとは予測した以上でした」


 豪華だが落ち着きのある部屋で、二人の長い耳と銀髪の持ち主が話していた。

 秋津竜皇国の政府を統べる白峰シラミネ太政官と、外交を預かる大仙ダイセン外務卿だ。

 そして二人とも、少なくとも表面上は言葉と違って平静なままだった。


「予測できん時点で、うちらの負けや」


「面目次第もありません。この失態は、いずれお返しします」


「期待しとくわ。せやけど、もう外交の時間やないやろ。兵部卿は3ヶ月以内と言うとるで」


叢雲ムラクモさんがそう言うなら、確かなんでしょうね。では外務省は、アルビオン辺りに向かわせる人選を本格化します」


「頼むわ。いくさは、始めるより終わらせる方が難しいからなあ。タルタリアは、その辺考えて動いとんやろか?」


「皇帝ゲオルギー2世の重臣の中には、見るべき方もいらっしゃいます」


「期待してへんのに、そんな口聞くもんちゃうで」


 目線も向けた白峰の言葉に、大仙は肩を竦めるだけだった。


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