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030 「天狗の懇親会(1)」

 ・竜歴二九〇四年二月四日



 秋津竜皇国の首都、通称『竜都』中心部の一角に、この日多くの貴人が集まっていた。

 場所は、『竜皇』が住まう竜宮の南西にある政府の迎賓館。

 広大な庭園のほぼ中央にある大きな石造りの建造物は、5年前に完成したばかりの西方風建築で、アルビオンの高名な多々羅の建築技師に設計を依頼し、調度品や装飾の多くもアルビオンなど西方から輸入した。


 建設の際にあまりの条件の良さに、アルビオン以外のアキツを否定的ではない国からも協力の申し出があったほどだった。

 この為、西方列強でも稀なほどの豪華さと品格を備えていた。

 また、広大な敷地には見事な西方風の庭園が整備されており、ここがアキツである事を忘れさせるとすら言われた。


 ただし迎賓館は、あくまで海外、特に西方地域からの賓客を接遇する場所。文字通りの迎賓施設だった。

 この日も、タルタリアからアキツに以前から訪れていた、タルタリア帝国第三皇女のアナスタシア・ソフィア・アレクセーエヴナ大公女が主賓だった。


 しかし事情は少し複雑だ。

 もともとアナスタシア大公女は、昨年の夏にタルタリア側の要望で非公式に魔法を学ぶために留学してきていた。それを年が明けるとすぐにも、タルタリアから公式のものとしたいと改めて要望が出された。

 表向きは、アキツに合わせた年度始めの4月から正式に留学するというもの。それまでについては、お忍び旅行という体裁が取られることになった。


 この場合、アナスタシア大公女の来訪時にアキツが式典などを行わなかった形になるが、タルタリア側の要望と警備上の理由と表向きは公表された。

 そしてこの件では、当初お忍びを求めたタルタリア側が求めた形なので、アキツと関係の悪いタルタリアも何かを言うことはなかった。

 そして今回の一件は、急速に両国の関係が悪化しているので、少しでも関係改善を図れればとタルタリアからアキツに伝えられていた。


 さらに両国の関係改善を演出する為、外務卿の大仙ダイセンが出席するだけでなく、アキツに滞在する各国の大使や外交官、駐在武官、それに名士を多数招待する。

 このため催しの規模はかなり大きく、アキツが誇る大きな迎賓館が使われる事になった。

 もっともアキツ側としては、広大な敷地と公園で他と隔離された迎賓館の方が警備上都合が良いからでもあった。



「この懇親会パーティーが、無事に終わろうが事件が起きようが、恐らくタルタリアは開戦理由の一つにしてくるという話を聞きました。それでも事件を起こさせるわけには行きません」


 口にした懇親会のその場にいる男が、話し相手の男に小声で語りかける。どちらも、それぞれの制服を着用している、政府関係の男だ。

 話された男は、ごくわずかに口の端を上にしてその返答とする。


「それで事前拘束ですか」


「ええ、そうです」


 二人の男、警備に加わっている、黒地に銀の縁という派手めな軍服姿の甲斐に、警備の主力を占める警察の邏卒らそつの隊長が返す。

 邏卒も軍服とよく似てた西方風の黒い服装だが、相手と比べるとかなり地味だ。よく見れば生地すらかなりの差がある事が分かったかもしれない。


 邏卒とは少し前の警察官の呼び方で、この頃には特別編成の警察官の呼び名の一つとして定着していた。

 アキツの警察官の装備といえば自身の魔力で強化できる警棒だが、邏卒には魔鋼マジックメタル製の刀の帯刀が義務付けられている。なり手には腕利きの者が選ばれる為、競争率が高いし士気も高かった。

 そして厳重な警備が必要な時になると、特に駆り出される。

 また有事の際は軍との協力を義務付けられており、軍人経験者が優先される傾向が強い。


 しかし、仕える省庁が違う軍と警察なので、甲斐は下手とまではいかないまでも命令口調で話す事はしなかった。

 そして警備は一般的には警察が行うが、蛭子衆は要人警護に駆り出される事があるので慣れていたからだ。

 ただし今回蛭子衆が警備に駆り出されたのは、諸外国が建物内の警備には天狗エルフに限るという要望に応えるには、警察、軍共に天狗の現場職が非常に少ないという事情があった。


 何しろ蛭子衆の戦闘部隊に所属する約100名のうち一割に当たる10名が、天狗もしくは大天狗ハイエルフ。戦闘部隊以外の術者も一部動員されており、動員された数は20名ほどになる。

 そしてその全員が建物の中に配置されていた。それだけ、警備ができる天狗が少ない事を示していた。


 アキツの総人口のうち20分の1しかいない天狗は、軍だとさらに低い比率な上に、いても魔法、治癒術などへの配備が多い。

 同様の事情は警察の方が酷く、天狗の警官を探す方が盗人を探すより難しいと言われるほどだった。


 この事情の裏には、魔法の素養の高い天狗は徴兵免除されており、術医か魔法兵、もしくは志願兵や将校しかいないという事情がある。それ以外だと、中央の文官官僚としてしか天狗はいなかった。

 警察の方も、他の職に引っ張りだこなのにわざわざ警察に入りたいという天狗は少ない。いても魔術を使う特殊な部署か中央勤めの上級職が殆どだった。


 そして知能も高いので、魔法に関わらなくとも全体で見ても知的産業に従事する場合が多い。さらに諸外国との折衝、海外派遣といえば、相手側の都合や嫌悪の影響で天狗に白羽の矢が立つ。だからこそ、軍や警察に人材を回すわけにもいかないという事情があった。

 天狗といえば、医療を含む魔法関連の職以外だと、外務省を中心とした中央官僚を始めとした外国人と接触する職業が定番だ。だからこそ竜都には天狗が多い。


 同様の事は天狗と同程度の人口の多々羅(ドワーフ)にも言え、主に様々な技術者や職人になるので軍、警察のなり手は少ない。軍人でも工兵や技官というのが定番だ。

 それに多々羅は、種族的特徴から行軍速度が他と合わせ辛く馬に乗るのも難しい為、軍の側でも勧誘や徴兵はあまり積極的ではなかった。


 もっとも総人口比で20分の1と言っても、数字にするとアキツ本国内には約300万人が住む。これに海外領に住む約200万人が加わる。

 絶対数では、主に西方の亜人も住む国の人口と比べても少ない数ではない。実際、世界中の天狗や多々羅の3割がアキツに住むと言われる。


 アキツの場合は、多種多様な亜人デミ魔人デーモンが暮らすので、職業で種族が偏るのは適材適所になっている結果だった。だからアキツでは、術者、魔法使いといえば天狗と言われるほどだった。

 そしてアキツでも、天狗を一度に多くを目にする機会は魔法を扱うなど特定の職場以外では少ない。

 天狗ばかりとなると尚更だ。



「中の様子は分かりますか?」


「同僚の天狗が言うには、天狗だらけだそうです。アキツ中の海外の天狗が集まっているんじゃないかって。アキツ側も、中の警備で表に出ているのは天狗ばかりだから、壮観だそうですよ」


 少しおかしみを込めた邏卒の隊長の言葉に、甲斐も笑みを浮かべて返す。


「拝んでみたいものですね」


「我々、オーガは無理でしょうね。せめて半獣セリアンでないと」


「違いありません。で、外で拘束した連中は、やはり半獣ですか?」


「はい。正式に入国していた者もいましたが、大半がなんらかの形での密入国と考えられます。言葉もアキツ語どころかキタイ語、タルタリア語も分からない、大陸中央のスタニア出身者と考えられます」


「目的は襲撃? 暴動?」


「押収した武器は旧式の猟銃と刀剣類が若干。殆どは農具や工具、それに簡単な自作武器。爆発物はありません。呪具アイテム、魔鋼の品は、護身用の小さな短刀程度。

 反タルタリアの抗議活動や示威行進に見せかけるのが目的で、この迎賓館まで群衆を連れられるだけ連れて来るつもりだったようです。その準備の手持ち立て看板や横断幕などは押収しました。それにかなりの現金も」


「つまり、そこまで事を荒立てる気は無いのでしょうか? それとも群衆を煽動して事を起こすつもりか」


「一部の者の自供では、タルタリア皇女の懇親会場でできるだけ大きな騒動を起こし、アキツの民がタルタリアに悪感情を抱いているという筋書きで両国の関係を悪化させるつもりだったようですよ。その様を懇親会に来た各国要人が見れば、効果も十分だろうという」


「かなり無理筋ですね」


「ええ。上の方は、外の半獣は囮と考えているようです」


「だがその場合、本命はすでに中、という事になりませんか?」


「上もそれを警戒しています。ですが、会場にはアナスタシア大公女の護衛として伝説の大剣豪がいらっしゃるとの事。万が一があったとしても、全てを一刀両断して下さる事でしょう」


 刀を愛する邏卒だけに、大剣豪に対しておとぎ話に憧れる子供のように甲斐には思えた。もっとも、自分も多少は似たような感情を持っているので、内心で苦笑するしかなかった。


「万が一がない事を願いましょう。それに会場には、我々の生え抜きも警護に入っています。事前に察知する事も難しくなく、中で何かが起きる可能性は低い筈です」


「こちらは大半が数合わせみたいなものなので、頼りにさせて頂きます。ですが招待客が入る時に、例外なく身体検査をして持ち込みは確認済みです。純粋な守りの呪具、呪符以外は、警護の者が持つだけ。腕力では、只人ヒューマンは天狗に及びません。それに」


「各国の大使、領事がいる場所で、何かをする筈がないですからね」


「はい。もしかしたら、会場で何かするかもというのが囮で、本命が外での抗議活動か示威行進なのかもしれません。それで十分と考えているのかも」


「いずれにしろ、我々は外周警備に力を入れるより他ありませんね。ありがとうございました。では、失礼します」


 結局何も分からず、今夜は長そうだと感じさせられる甲斐だった。

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