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028 「新年」

 ・竜歴二九〇四年一月一日



「どうして一月一日が一年の始まりなんだろう」


「なに当たり前の事を言っているの」


 一年の始まりの日に、鞍馬は甲斐の間抜けを通り越えた言葉に訝しげな目線を送る。だが甲斐は、意外に真剣に鞍馬を見返す。


「いや、でもですよ、どうして冬至を一年の終わりか始まりにしなかったのかと思いませんか。その方が区切りとして相応しいし、分かりやすいでしょう」


「今度、金剛に聞いてみるのね。由来とか知っているかも」


「金剛様、そんなに長生きなんですか?」


「最初の大天狗の一人とも言われるわよ」


「最初の? ということは、先史時代の生まれなんですか? 竜歴以前の先史時代は最大で1万年近く前から始まっているって考古学では言われてますが……」


「冗談に決まってるでしょ。馬鹿な事言ってないで、さっさとお参りに行くわよ」


「は、ハーイ」


 新年の晴れ着姿に着飾った二人は、着付けをした店を出ると人の流れに乗った。その先には、秋津の大地を守ってきた代々の竜を祀った大きなヤシロ、『竜の社』があった。

 「お社」と言えば『竜の社』を指す。

 もっとも竜都のものは分社で、大元は西の古都にある。

 ただし竜都なので、都の中心にある竜宮の側で拝礼する者もいる。それでも、『竜皇』の住む竜宮と『竜の社』はやはり別というのがアキツの民の一般的な感覚だった。


 なお、竜は数百年に一度『生まれ変わる』と言われている。連動して、新たな時代が始まる事が多いとされる。ただ、竜の実態は殆ど知られていない。知っている者はいるとされるも、決してそれを流布したりはしない。


 だが数百年に一度、力が弱くなるのは古い記録からも確かだし、おとぎ話の昔から生きている氏神の様な大天狗ハイエルフの語り部がその話を今に伝えている。

 海の向こうの大東国セリカの崩壊も、竜が老齢で力が弱くなったのが原因と言われる。

 そして今の竜である『竜皇』に関わりなく、『竜の社』は国とは違って古くから信仰として敬う存在だった。

 道中でそんな話を甲斐がすると、鞍馬は今度は呆れなかった。


「竜にまつわる話なら、それこそ金剛に聞いてみるのね。でも、変革の時に力が衰えたって話は、たまに聞くわね。それにセリカで竜が滅びた時に、アキツの『竜』が逆に凄く力を増したって噂話も」


「それは僕も聞いた事があります。磐城は武家の時代からの奴なので、自分もそんな気がしたし、そういう話は当時色々と聞いたって。似たような話は他にも」


大鬼デーモンの磐城が感じるなら、力が上下したのは事実なんでしょうね。私も似たような話は何人も聞いたわ」


「金剛様からは聞いた事ないんですか?」


「いいえ。仮に聞いたところで、「さあ」とか「そうだったかも」って返されて終わりよ」


「ハハハ。確かに言いそう」


 竜都でも屈指の竜の社の敷地内に広がる森の合間の参道を抜けつつ、甲斐と鞍馬はゆっくりと歩みを進める。

 周囲は二人と同じ様に着飾った参拝者で溢れ、道の脇には様々な出店、屋台が出て正月の賑わいを盛り上げていた。大道芸を見せている芸人もいて、正月の賑わいに花を添えている。


「それにしても大きな木ばかりですね。しかも奥の方は殆ど自然林になってる」


「ここは初めて?」


「はい。いつでも行けると思うと、なかなか行く機会がなくて」


 甲斐は仕事柄観察眼に優れているので、大きな木という以上の情報をついつい見てしまう。

 鞍馬はそれに小さく苦笑しつつ、木や森には一家言あるとされる天狗エルフらしいところを見せることにする。


「それじゃあ、竜都になる前、武都として殆ど一から作る時にこの竜の社と周辺一帯を全面的に作り直したのは知ってる?」


「ここの竜の社のことは殆ど知りません。でもその時に、この森は作られたって事ですね。流石は天狗。森には詳しい」


「アキツ各地から苗木や種、それに樹齢の浅い小さい木を植林して、そのあとは山道脇以外は最低限の営林だけにとどめたそうよ。だから一番樹齢の長い木で350年ってところね」


「350年。天狗や大鬼くらいか。でも大天狗の古参よりは短いんですね」


「金剛は自分と同じくらいの年の木は、南の山奥の深いところにあるって言ってた事があるわ」


「山奥か。ねえ鞍馬」


「なに?」


「今更だけど、天狗や大天狗は、やっぱり森や木に愛着が深くて、だから隠居したり出家したら森に篭るんですか?」


「まあ、そう言われるわね。でも一つだけ訂正。森じゃなくて山に篭るのよ。アキツは山が多いから。天狗の由来も、大きな木々よりも山に由来するって言われる事もあるわね」


「なるほど。で、好きなんですか?」


「ええ、好きよ。木や森が魔力を放つわけでもないのに、力をもらってる気分にもなるわね」


 言いつつ、鞍馬は周りの木々へと首ごと巡らせる。

 そんな彼女に甲斐は少し目を細める。


「今もそうだけど、野外任務の方が何となく機嫌が良いですよね」


「そう? あまり意識した事はないけど、多々羅(ドワーフ)が地面や金属が好きなのと同じなんでしょうね」


「野外が好きなのは半獣セリアン獣人ビーストも同じみたいですけど」


「朧なんて、家は寝るだけ、寝心地の良い寝ぐらがあれば十分って、言い切ってるくらいだものね」


「あいつらしい」


 言いつつ笑うと、鞍馬が半目がちに甲斐へ視線を向ける。


「笑い事じゃないわよ。あの子、屋内が嫌いで書類仕事も進まないから事務の従兵を追加で付けてたのに、それでも遅れがちなのよ。銃や装備の手入れは、屋内にいても熱心にするくせに。よくあれで二つ名持ちになれたものだわ」


「相応しいだけの力があるって、軍が認めたからでしょう。それに、入るには教育受けた上に適性検査と試験があるでしょ。僕らもそうだったし」


「ええ。あの子も一通りの将校教育は受けている筈なのに、疑問に思うわ」


「でも、前の任務で朧の優秀さは実感しましたよ」


「兵士として最優秀級なのは認める。でも、将校としてはどうかしら。しばらく私の直属から外せないわ」


「次の部隊編成では、本部小隊に入れますよ。そこでしつけてやって下さい。朧は観測員、狙撃手としてとても優秀ですから。それよりも、書類仕事も手伝ってあげたらどうですか。鞍馬、得意でしょう」


「助言くらいしてあげられるけど、それ以上は当人の為にならないわ。それに私、書類に埋もれている甲斐達に代わって、方々に脚を運んだり、会議や会合にも出ているんだけど?」


 鞍馬の半目が、甲斐をじっとりと見る。

 それに甲斐は誤魔化し笑いを浮かべるしかなかった。


「任務ご苦労様です。でも僕が隊長で鞍馬は副長だから、仕方ないでしょ」


「それはそうだけど、こういうのは隊長が外回りして副長が事務処理と内の事をするものじゃない?」


「僕だって、会議とか他への顔出し、その他諸々はしてるじゃないですか。だから書類仕事が進まないわけですし。ああっ、三が日が終わったら新年の挨拶回りや行事があるから、また書類が溜まる。書いても書いても終わらない!」


「近代化に即した新たな部隊編成。蛭子の特務将校約40名、支援の兵など込みで100名の大隊。人数的には中隊の半分程度とはいえ、それを短期間で編成し、新規装備を受け入れ、訓練もして、書類の山で当然ね。ご苦労様、大隊長殿」


「大隊副長もね。とりあえず竜神様に、書類仕事が減りますようにってお願いします」


「え? そのお願いはやめなさい」


「どうしてですか?」


 少し裏切られた感じがした甲斐だったが、何やら真剣な声なので顔に出さないように鞍馬へと顔を向ける。

 そうすると、鞍馬の表情も意外という以上に真剣だった。


「だって叶ったら、前線送りが早まるか長期任務が与えられるって事でしょ。せめて当面の書類の山が片付くまで、前線送りは勘弁してもらいたいわ」


「あー、確かに……」


 自分で言った事ながら、げんなりとなる甲斐だった。


 

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