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026 「冬至祭」

 ・竜歴二九〇三年十二月二十一日



 冬至。この日は、世界の多くの場所で様々な催しが行われる。

 タルタリア帝国も例外ではなく、『帝都』は華やかな装いと雰囲気に包まれていた。


 冬至は太陽が出ている時間が最も短いが、この日を境に太陽が出ている時間が長くなっていく日、つまり太陽が復活する日として、古来より特に北の国では尊ばれていた。

 冬至の前後は日が出ている時間が6時間程度しかない『帝都』のあるタルタリア北部では、特に重要な日だった。


 しかもタルタリアは、内陸にある極寒の大地。冬は非常に厳しく、『帝都』が面する海も冬の間は一面凍りつき分厚い氷で閉ざされる。

 北の空の昼間にだけ見える『七つの月』の恩恵が無ければ、北極圏のように人どころか殆どの生物も住めなかったと言われるほどの寒さだ。


 『帝都』の真冬の気温もマイナス10度に達するので、祝うといってももっぱら屋内で祝うことになる。

 様々な行事についても同様で、宮殿、教会、貴族の屋敷、大商人や資本家の大邸宅、そういった所は派手やかな装いに包まれる。


 そうした中で民衆が集うのが国中にある教会。

 西方世界の教会には、『聖教』と『真教』の2種類ある。

 基本的な教義は同じで、極端にいえば人、つまり只人ヒューマン至上主義。かつて人を救済したとされる人が「救世主」として信奉されている。


 2つの違いは『聖教』の方が穏便で、さらに宗教改革も経ている影響で合理的考えも持っている点。この為2つの宗派に別れているが、そのうち片方は「あまねく人種」と言う教義もあり一部の亜人デミからも受け入れられている。

 それでも西方世界では、人以外の多くの種族が教えに従って駆逐され、滅亡していった。


 小鬼ゴブリンなど西方地域にしかいなかった亜人の種族は、どちらも数百年前に滅び去った。最後の目撃例ですら百年以上前のこと。

 今では、骨格標本や一部文物が大学の倉庫や博物館、それに教会に保存されているに過ぎない。

 その中には、魔人に分類されアキツに住む同族の亜種である、大鬼デーモン獣人ビーストも含まれる。

 他にも、幾つかの少数民族程度の規模しかなかった亜人が、歴史上から姿を消している。


 ただし滅亡したのは、文明程度の低かった種族が多い。しかも戦争で滅亡したのではなく、文明の進展により居住圏を失ったのが大きな要因でもある。

 人が意図して駆逐した場合もあるが、主な要因としては原生林という生活圏を、文明の発達と只人の人口増加による長年の開発で失った事の方が大きい。

 文明化された時代を生き残っていくには、文明程度が低かったのが大きな原因だった。


 それはともかく、タルタリアでは『真教』が信仰されている。

 元は『聖教』より古く、本来は全ての人、亜人、魔人の共存共栄を謳っていた。しかし『聖教』の教えが入って変化し、現在のタルタリア帝国になって先鋭化する。

 さらに人が魔力を利用する為に、都合よく変えていった。

 この為古い教えは『邪教』とされている。


 そうして現在の『真教』の教えは、『聖教』以上の人至上主義。人は神に最も近い存在と定義される。

 『聖教』以上に排他的で、元は周辺民族だった半獣セリアンを支配し、奴隷として使役する。当然、人以外に対して苛烈な支配が行われ、人からの支持は強いが亜人からは敵視されている。亜人を滅ぼさないのは、魔力を利用する為でしかない。

 しかし国民の大多数、9割以上を占める只人からは支持され、帝国支配の根幹の重要な一翼を担っている。


 この為、国名や地域名も古い昔からある亜人由来のものではなく、人由来のタルタリアという言葉を用いていたほどだ。

 古い名前は北方妖精連合に住む天狗エルフ由来で、国是や宗教上で決して受け入れられないからだ。


 一方で、『邪教』とされたかつての教えを守る者たちも水面下に少なくない数がいた。彼らもまた、『真教』とタルタリア帝国にとっては弾圧対象だった。

 だが彼らこそが本来の『真教』であり、昔から行われてきた冬至祭も正しく行う。

 彼らはモミの木に飾り付けをし、青い外套と帽子を被った聖者から贈り物をもらう。



「冬至に乾杯」


「「冬至に乾杯!」」


 主賓の声に、その場にいる全員が唱和しつつ乾杯する。それぞれ右手にグラスを持ち、その中には赤い液体が満たされていた。

 場所はそれなりの広さがある部屋。あまり派手さはないが、調度の古さと趣味の良さから資産家か貴族の邸宅と分かる。


 冬至祭の飾り付けもごく一般的。誰が見ても、この日のタルタリアのどこにでも見られる景色と思うだろう。

 その部屋はかなりの広さだが、主賓と客人と思しき6人、それに脇などに控える使用人が数名いるだけ。

 そして全員が乾杯の後に席に着く。ただし1席だけ空席があった。


「『七つの月』よ、冬至祭のこの日に集まってくれて感謝の言葉もない」


 主賓の天狗の男性が、全員を見渡しつつさらに一人一人に頷いていく。全員を対等かつ平等に扱っているという仕草だが、その姿に形式的なものはない。少なくとも心からのものと思えた。そしてその姿には超越的な魅力があった。

 一方の挨拶を受ける6名だが、タルタリアにあっては珍しく様々な姿形をしている。


 主賓と同じ天狗が一人、この国では虐げられる半獣が二人、技術者としてしか滞在を許されない多々羅(ドワーフ)。残る二人が只人だ。

 その只人のうち一人、彫りの深い顔に謹厳な雰囲気を湛えた中年の男性が主賓の天狗に語りかけた。


「我らがポラリスよ、メグレズの姿が見えませんが?」


「メグレズはアキツだ。魔石ジュエル買い付けの一団に加えた」


「……敵情視察ですか」


「ドゥーベ、まだ敵じゃないわ」


「メラクの言う通り。それに我々とアキツの関係を深めるのが目的だ」


 主賓の天狗が、メラクと呼んだ女性の天狗の言葉に首肯する。ただしメラクの肌は黒く、天狗の中でも黒天狗ダークエルフと呼ばれる種族だった。

 天狗と違い、南の方にかつては多く住んだ。西方世界では南の大内海に多く住み、タルタリアでは南の黒海沿岸に住んでいた。但し肌の色もあって、弾圧と苛烈な統治により数は非常に限られている。


「メラクと同じ種族はいないと聞くが、アキツは天狗も多いからな」


 只人のドゥーベがそう言いつつ、褐色とでも言うべきその上に伸びた耳を見る。


「それに魔石の品定めは、只人には出来ない。女でも自然に割り込める職は、我が国には少ないですもの」


「アキツでは、女の社会進出が盛んだそうだぞ。女の大臣や将軍までいる。魔力至上主義とでもいえば良いのだろうな」


「ええ。何度か商売で足を運んだけれど、面白い国ね。種族、性別より、魔力が優先する。あれだけ多くの種族がいて広く魔法が使われていたら、当然なんでしょうけど」


 その後も二人は知識や見識を見せ合うように語るが、他に会話に加わる者はいない。

 女性で灰色狼の半獣のアリオトは、退屈そうにあくびをするだけ。それぞれ机の末席側のミザールとアルカイドは、多々羅のミザールが給仕に度々酒を注がせ、熊の半獣のアルカイドが大柄な体にふさわしい勢いで食事にばかり手をつけている。

 

 そして6人全員の共通点は、互いに遠慮がない事。気心が知れているという雰囲気ではないが、少なくとも主賓以外とは対等に振舞っている。

 もしくは主賓が主君格で、その臣下か配下とでも言うべきなのかも知れない。


 そしてその主賓もしくは主君であるポラリスが、それを穏やかな表情で見ている。様々な種族がこうして同じ机を囲み穏やかに歓談している姿は、彼にとって理想そのものだった。


 次点はアルビオン、オストライヒなど西方の一部の国。その次が、彼らの住むタルタリア帝国と対立状態を深めているアキツだった。

 ただしアキツには、他国出身の滞在者しか只人はおらず、少し行き過ぎた姿であった。


「我らがポラリスよ、アキツでの工作はメグレズに任せるとして、この国、いや宮廷に対しては如何様に? 今まで通りで構わないのでしょうか」


「ドゥーベは状況が加速すると見ているのか?」


「はい。皇帝は愚物とは言いませんが凡庸。その周りは、宮廷内での自分の立ち位置にしか興味のない愚物ばかり。物事を客観視できる者にも事欠きます。しかも、小鬼とオーガの違いすら分からない連中です」


「それに西方にばかり目を向けて、極東は東方と同じく次の草刈り場程度にしか思っていない、か」


「はい。あの魔王の国の恐ろしさから対立を強めてきた事など、目先の欲望を前にして忘れているのではないかと疑います」


「確かにそうだな。彼らの欲しがる魔石は、アキツ一国で我が国の10倍。質の差を考えれば、1000倍にもなるという。しかも西方全体すら凌駕する生産力を持つのだから、欲に目が眩むのも無理もないか」


「ですがその宝を持つのは魔王の竜であり、竜を担ぐ魔物モンスターどもです」


「ドゥーベ、魔物という言い方は良くない。魔人デーモン、亜人と表現しないと。魔物と呼んでは、君の言う愚物と変わりないのでは?」


「これは失言でした。つい、彼らの視点で口にしてしまいました」


 冷静に淡々と話していたのに、ポラリスの穏やかな口調での指摘にドゥーベは明らかな焦りを見せた。

 それを、今まで会話すら聞いていない風だった他の5人が、それぞれの反応を示す。何か別の事をしているようで、全員がポラリスの言葉に注意を傾けていた証拠だ。

 そして必然的に、ポラリスに視線も集まった。


お気づきの方もいるでしょうが、この集まりの幹部達の名前(コードネーム?)は北斗七星の各星の名前からもらいました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「七つの月」「北斗七星」 世界観に宇宙工学・天文学的な要素が入っているのが奥深い。星座や惑星の描写も期待。 この世界が現代地球と地続きの3千年後であるとすると歳差運動により、北極星はこぐま…
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