023 「マジックアイテム」
甲斐が新たな部隊編成の為の書類に埋もれている同じ日、鞍馬は竜都郊外にある皇立魔導器工廠に脚を運んでいた。
本来は蛭子衆の他の幹部とも行く予定だったが、甲斐を含め幹部の同僚達は煩雑になった書類の山に埋もれており、彼女だけが行くことになった。
鞍馬も他と同じかそれ以上の書類仕事があったが、術師と呼ばれる者は魔力の恩恵が知力や記憶力にもあり、彼女も非常に優れていた。
加えて生来の知性の高さ、飲み込みの早さ、要領の良さ、適性などの資質もあり、彼女にとって書類仕事は多少面倒という程度のものでしかなかった。
さらに言えば、一番書類仕事が進んでいるので、先任、上官に当たる甲斐に頼まれたというのもあった。
「とても扱い易い。良い刀ですね、明石工廠長」
そう言いつつ鞍馬は、手にした緋色の刃の刀を軽く振る。
それに「そうだろう、そうだろう」と満足そうに頷くのは、典型的な多々羅。上半身は頑丈な人と言ったところだが、極端に足が短い。また体の横幅が骨格ごと大きく筋肉質なので、ずんぐりとした印象がある。
それに顔の下半分を髭で覆うのが風習だが、鞍馬は作業の邪魔にならないのかといつも気になっていた。
彼ら多々羅は、天狗の各種族同様に天羅大陸の各地に住む。人(只人)からも存在を認められている事が多く、世界中に同種族による情報網や交流網を有している。
既にどの国でも他の種族と共に暮らしているのは天狗と同じで、アキツでも例外ではない。
天狗との種族間の仲が悪いという俗説があるが、かつてはともかく現在では殆どは俗説に過ぎないとされている。
かつては種族だけの国を持っていたが、アキツでは竜歴が始まる頃から時の政府に仕えていた記録が残されている。この辺りの事情も、天狗と似通っている。
目の前の多々羅もそうした一人で、作業着型の軍服の肩や腕、袖に示された階級は技術少将を示している。
技術系が将官にまで出世するのは珍しく、その階級に似合うだけの役職、つまりこの皇立魔導器工廠の頭、つまり責任者の一人をしていた。
その多々羅が、背丈の差から鞍馬を見上げる。
「その刀は、魔力加減によっては戦艦の装甲板だって、豆腐を切るように簡単に斬り裂ける。だがあんた術師だろ。分かるのか?」
「はい。刀も使いますので」
「ハーッ、流石は天狗の蛭子。何でもありだな。その魔力を俺にも分けて欲しいぜ」
「勾玉で良ければお譲り出来ますよ」
「そりゃあいい。すぐにも特級のやつを必用分用意する。できれば、今日来る予定だった奴らのぶんも頼まれてくれるか?
幾らあっても足りないのに、方々から矢のような催促で、技師もそうだが魔力も全然足りなくてな。蛭子の質の高い魔力なら幾らでも大歓迎だ。面倒ごとや責任も、こっちで何とかする。勿論、領収書には言い値を書いてくれ。急がせる分、お上の予算は天井知らずだ」
そう結んで豪快に笑う。
社交辞令の冗談に対する予想外の言葉に面食らった鞍馬は、「はあ」と少し呆気にとられつつ返すも、すぐに相手の言葉を思い返す。
「では、幾つ用意できますか?」
「すぐに用意できるのは2、30ってところだ。循環させるのは諸々の問題で難しいだろうが、頼まれてくれるか?」
「勿論です。私に準じる者なら、今兵営に常時3、4人いるので、一週間ほどで溜められます」
「そりゃあ助かる。それだけ短い間で溜まるなら、何周かできそうだな。その刀も必要数を短期間で賄えると思うぜ」
「よろしくお願いします」
「お願いするのはこっちだ。とはいえ、蛭子からの注文も多いからお互い様だな」
「そうですね。他のものは?」
「あとは数を揃えるだけだ。新しい軍装に鉢金、それにその新しい刀。だが、注文にあった簡単に書き換えが可能な札は無理だ」
「やはりそうですか」
「ああ。等級の低い術なら使えるやつは作ったが、それでも金と手間がかかりすぎる。白紙のやつを余分に持ち歩くんだな。だが知っての通り、不燃性と耐水性を高めたやつは新作を作った。もう配備は始まっているだろ」
「はい。先だって早速使用しました。もう少し軽いと言うことありません」
「ハハハッ、無茶言うな。ちり紙になっちまう」
「確かにそうですね」
鞍馬も笑い、そして笑いを収めると少し真剣な表情を作る。向こうから、作業員が何かを乗せた台車を押してきたからだ。
二人のいる場所には、明石が作業中だったらしい黒光りした、魔鋼製の全身を覆う大きな作りの無骨な鎧があったが、それらは蛭子用ではなかった。編成中と噂される魔人達が纏う新たな鎧だ。
そして鞍馬たちが使うであろう品が目の前まで来たところで、興味深く見入る。
「これが新しい軍装と外套、それに鉢金ですか」
「そうだ。鉢金は天狗には無粋だろうが、効果は折り紙つきだ。あんたぐらいの魔力があれば、わざわざ術を使わなくとも、頭だけじゃなくて全身を銃弾程度の衝撃から守れる。魔力の消費も少なく済む。こっちの胴着なしの軍装と外套だけでも、魔力の弱い鬼や半獣でも、うまくすれば小銃の弾は防げるぞ。あんたら用なら、もっとだ。75ミリの砲弾でも、直撃でなければ何とかなるんじゃないか」
「胴着は全兵士に支給しないんですね」
「どれも魔鋼を使うからな。鉢金共々、当面は前線配備の高級将校と抜刀隊だけだ。短期間で全員に配ったら国が破産するし、そんなに一気に沢山作ったら俺たちは働き過ぎて死んじまう」
どうやら半ば冗談らしく豪快に笑うが、その通りだと納得する素材が使われていた。
「では胴着は、布地に術を織り込むだけではなくて、白銀の糸が編み込んであるんですね」
「おうよ。俺たちの伝統技術と近代産業の生産技術の賜物だ。鉢金は伝統技術が殆どだが、黒鉄の素材にした鉄は最新の技術で製鉄した高品質のものを使う。でかくて良い高炉で作った鉄は最高だ!」
明石工廠長は上機嫌だ。
多々羅なので、古かろうが新しかろうが技術は技術と割り切るし、むしろ新規な技術を好む。
西方でも近代科学文明の中で産業革命の技術を開発したのは、そのかなりがアルビオンなどに住む多々羅たちだ。
「やはり緋鋼は刀にしか使わないんですか?」
「ああ。知っての通り、緋鋼は魔力を込めてなんぼだ。魔力の増幅率が桁外れとは言え、魔力を注がないなら黒鉄とさして変わらない。黒鉄より重く、加工も難しくて手間だし、何より金がかかり過ぎる」
「そうですね。一般将校の刀は白銀か黒鉄ですからね」
「これから可能な限り新刀に替えて行くがな」
「そんなに作れるのですか?」
「技術は日々進歩しているからな。昔より量産できるようになった。だから魔鋼自体を作る為に、魔力がバカみたいに必要って寸法だ。それなのに、最低でも新編成の精鋭部隊用は揃えないといかんからな」
「なるほど。では、魔力が溜まったらすぐにも勾玉は持ってきます」
「是非そうしてくれ。それとだ、使う奴の魔力で鍛えた緋鋼の方が、使う際の魔力の馴染みが良い。すぐに持ってきたら、帳簿外で『銘入り』の特注品を作ってやるよ」
「『銘入り』を?!」
「ああ。だが、工廠を本格的に回す前、出来れば年内には勾玉を持ってきてくれ。早ければ早い方が良い」
「分かりました。今いない者にも言って、それぞれの魔力を込めた勾玉を用意します」
「ああ。それと鍛えるには2ついるから、渡す勾玉に2つずつ込めてくるんだ」
それにも二つ返事で返し、その後も鞍馬は明石工廠長と他の同僚たちの分まで色々と話すことになった。




