021 「勾玉と魔石」
「ジャラリ」
そんな音を立てつつ、甲斐は首に下げている勾玉が幾つも付いた首飾りを付け替える。付け替える方も同じもの。
勾玉の数に違いはあるが、アキツの民、いや魔力を持つ者全てにとっての朝の日課だった。
カラの勾玉に、体から自然に放出される微量の魔力を吸収させる為だ。
しかも魔力が込められた勾玉は、一部を税として納める以外は自由に売って個人の収入にできた。カラの勾玉を入手する代金が多少かかるが、実質タダで儲かるのだからアキツでしない者はいない。
その上、一定量のカラの勾玉は市場流通の為に政府や商人が無料で配布すらしている。
そして勾玉は魔力を必要とする魔法に関する道具や術を使う際に必要なだけでなく、この半世紀は重要な燃料資源でもあるので需要は幾らでもあった。
「また増えた?」
「はい。2つ増やしました」
少し奥からの声に返すが、少し気だるげな声の当人の姿は見えない。甲斐が勾玉を制御する札が何枚も貼られた手洗いほどの小部屋にいて、声をかけてきた主は彼の寝室にいるからだ。
女性は見えていなくても様子が分かるようだった。
「呆れた魔力量ね。それ全部一級品でしょ?」
「鞍馬も同じじゃないですか」
「数が違うわよ」
「鞍馬は札を作ったりで、毎日魔力を使うからでしょう。鞍馬が使うような一級や特急の札は、仕込みで魔力をかなり使うし」
「それでも甲斐の方が随分多いわよ。いい加減重くない?」
「少し。とは言え、特級品は十分な数が常時手に入りませんから」
「支給してもらえばいいじゃない」
「支給品は、半分は国に使用料って建前で取られるじゃないですか。あんなの、任務中だけで沢山ですよ。それに鞍馬だって、支給品は殆ど使ってないくせに」
「私のいつ果てるとも知れない命を考えてごらんなさいよ。国から高給をもらえているとはいえ、稼げる時に稼いでおかないと」
「ハァ」。返事の代わりにため息をついた甲斐は、勾玉が大量に保管された鍵付きの小部屋から広い寝室へと戻る。そこには、部屋の中央の布団の上でしどけなく寝転がる鞍馬の姿があった。
(一糸纏わない姿だと本当に芸術作品みたいだな)
大天狗の細身ながら均整のとれた、とれ過ぎた肢体を堪能しつつ、意外に手の込んだ茶器一式を載せたお盆を寝床の脇の膳の上に置く。
「もう日も高いですから起きて下さい。今日も金剛様のところに行くんですから」
「一応、三之御子のところね。ありがとう」
全裸のままゆっくりと起き上がった鞍馬は、甲斐が入れたお茶を受け取る。
「なにこれ、濃すぎ」
「目覚めには良いでしょう」
「どうせなら珈琲が良かったわ」
「それじゃあ、豆を買っておきますよ」
そうしてまだ長期休暇中の二人の1日が始まる。
二人が話題にしていた『勾玉』、西方で言うところの『魔石』は、魔力の仕組み、世界の燃料事情、その両方の根幹を成していた。
『魔力』は、特定の知的生命体の『魂』から湧き出すとされる。また、人、正確には只人を除く人種以外だと、魔力を有する生き物は竜とその眷属だけと言われている。
他の動植物から『魔力』の自然発生は確認されていない。
この為、正確には人以外の魔物は竜だけとなる。それ以外の魔物がいたとしても、魔力によって人為的にかつ一時的に作られた化け物とでも呼ぶべき存在に限られる。
また、ある程度だが大気中に魔力が存在しているのは、『竜の加護』がある地域だけ。『竜の加護』がない場所、竜が失われた場所は、魔力が存在しないか非常に薄くなる。
つまり魔力とは限られたものだった。
しかも、使うと拡散してしまう上に、魔力を持つ者から離れれば離れるほど拡散しやすいし、制御も難しくなる。
大気中の魔力も利用するには希薄過ぎるし、収集できるものではない。
固定するには何かしらの術式が必要となる。また、勾玉もしくは魔石、それに人為的に文物に魔力を練りこんだ場合も例外だった。
そしてこの『魔力』は、かつてはアキツでは呪力、神通力、法力など様々な呼び方をされていた。だが全て同じ力だと判明し、近代に入り『魔力』に統一された。西方では一般的に『エーテル』と呼ばれる。
また、亜人、魔人の体の内からしか発生しないので、『内なる力』と呼ぶ事もある。
もっとも、『魔力』が何なのか未だに分かっていない。亜人、魔人そして竜からのみ生じる理由も分からない。
分かっているのは、発生源と使い方の2つだけ。
発生源は亜人と魔人、それに竜。
『魔力』の利用は、まずは自然と身についた身体能力の向上に向いた。文明の発展とともに魔法が発明、発展したが、体に関わるもの、特に寿命の延長、各種治癒など身体に関わるものが多い。
そして身体から離れると拡散しやすく、魔石でしか利用可能な形では蓄積できない。
魔力の使い方は、魔法という形で世界の様々な地域で作り上げられていった。
それを系統立て、条件を整えて利用できるようにしたものを『魔術』と呼んだ。より広義には『魔法』で括られるが、この場合は学問としての『魔導』も含まれたりする。
魔力自体は、有する者の力を増したり魔術を発現できる『力』、西方で言うところの『エネルギー』を有していた。また古来から、様々な条件で作用する『力』そのものと考えられていた。
通常は魔法に使用されるが、術を使える者は通常は自らの魔力を使うので『勾玉』は必要としないから、あくまで足りない時の補助的なものとして使用する。
そして勾玉や魔石というものが存在するように、特定の鉱物などに魔力は蓄積、保存、そして使用する事ができる。
もしくは魔法的な特殊な方法で金属や石、材木などに練り込む事で、非常に強固にする事もできる。
一般的な勾玉の使用方法は、呪具や札、魔法陣など術を描き込んだり刻み込まれた媒体や術の構築物に魔力を供給する時に使用する。
もっともこれも術者が直接魔力を供給する場合が一般的で、勾玉を使う場合は術者の手を煩わせない場合だ。
分かりやすいところだと、アキツの照明装置に代表される呪具の類になるだろう。
一方で勾玉もしくは魔石は、慎重な管理が必要だった。
亜人か魔人が所持しているか近くにいる場合は問題ないが、そうでない場合に複数を一箇所に集めておくと高い熱(=エネルギー)を放出する性質がある。これは魔石の共鳴または共振とも言われ、単体だと発生しない。
だが2つ以上あると、場合によっては鉄すら溶かす高い熱を持つ。数を集めすぎると激しく爆発する場合もある。
この為、魔人、亜人がいるいないに関わらず、取り扱い注意は必須事項と考えられ、運用されてきた。
管理の際には、1つ1つを区切った升目状の専用の収納箱で保管したり、制御用の術が施された物品(主に札か魔法陣が描かれた何か)を近くに置く。
一定数の勾玉と制御品は、合わせて流通されるのが一般的だ。アキツなら、どの家庭、どの場所にも必ずある生活道具ですらある。
勾玉もしくは魔石は単に熱として利用も可能だが、アキツでは各種魔法の方が効率が良いし便利とされてきた。
西方など他の地域では、薪のように単なる熱源として利用できるほど安価なものではないので、魔法に関する場合にしか使われてこなかった。
だが、蒸気機関の発明と普及がこの流れを大きく変える。
世界には、石炭という蒸気機関に適した燃料資源があった。
地下から採掘される植物由来の化石燃料の石炭は、蒸気機関の発明以前から暖房、調理、製鉄などに活用されてきた重要な燃料資源だった。少し似た泥炭などは、石炭より前から活用されている。
だが石炭は、埋蔵量が予測されたよりもかなり少ない上に、産地が限られていた。また、見つかっても品質の悪いものだったり、採掘が難しい場所だったりと条件が悪いことが多かった。
その理由は、数千年前に栄えたと考えられている先史文明において、石炭が大いに使用されたからだ。これは、かなり昔から先史文明の遺跡から分かっていた。
29世紀には、他の燃料資源、地下資源に関しても同様だと徐々に判りつつあった。そしてこの世界には、自分達が使える地下燃料資源が乏しいと容易に推測できた。
この為、石炭以外の燃料資源が模索された末に脚光を浴びたのが『勾玉』だった。
『勾玉』を一定数一箇所に集めると高い熱を放出する共鳴現象を、積極的に利用しようと考えられたのだ。
しかも火と違って空気(酸素)を必要とせず、石炭や薪などのように煤煙なども起きないし、炭などの燃えかすも出ないという大きすぎる利点も、利用に際しての大きな要素となった。
それにこの場合、魔法を行使する術者を必要としない点も大きな利点だった。魔石と比較的簡単な機械的装置だけで事足りるのだ。
西方では質の問題から『魔石』と言われた魔法の産物は、亜人と只人が共存するアルビオン精霊連合王国で運用方法が実用化された。
その結果アルビオンは、この半世紀ほどの間に西方世界で最も大きな繁栄を築く事に成功する。
そして次に『魔石』を有するのが、広大な領土内で多くの半獣を支配下に置いたタルタリアだが、それ以外の西方諸国の多くは十分な『魔石』の確保が難しい。
一部の国は植民地とした場所に住む亜人を利用したが、十分な量を確保できた国は少ない。
この為、『魔石』が多数ある場所との交易が盛んになる。
その末に、最大の『産地』だった大東国に戦争まで仕掛けて竜を滅ぼした結果、最大の産地としての価値を無くすほどの、セリカの事実上の崩壊と言える壊滅へと繋がる。
しかも、今まで東の大国セリカを守っていた竜が滅びた際には、膨大な魔力が散逸したとも言わていれる。
そしてより致命的だったのが、良質の『魔石』を生み出す種族が竜と共に滅びたり、どこかに雲隠れしてしまった事だった。
姿を消した亜人、魔人の数は数千万人に及ぶとすら言われる。それでも半獣の多くは残ったが、辺境でまばらに住みまとまりに欠けていた。
当然ながら、支配や大規模な『魔石』の入手は難しかった。
しかもセリカ内でも『魔石』の需要が逼迫していたので、外に流通する筈もなかった。
そしてセリカ崩壊以後、『魔石』の最大の産地となったのがアキツだった。
だがアキツは、西方にとって面倒な事に距離が遠い上に国として強い力を持っていた。故に安易な侵略や戦争は選択できず、正当な貿易によってしか『魔石』大量に入手できなくなってしまう。
一方のアキツでは、竜歴2800年代の半ばから俄かに国内でだぶつきがちだった『勾玉』の大量輸出が始まる。
これはアキツに莫大な外貨をもたらし、元から大東洋に広がる大国だったのが、それに加えて大きな経済的繁栄へと繋がっている。
なお、資源としての『勾玉』は、空のものと充填されたものの2種類を効率よく流通・循環させなければならない。また、使用と備蓄される分量が非常に多い。
そして勾玉の素材は十分にあるが魔法的技術による多少の加工が必要で、急速な需要拡大に供給が追いつかず、使い捨てにできるほど豊富にはなかった。
だからこそ循環させる必要があった。
そこが石炭とは違う勾玉もしくは魔石の欠点だった。
アキツ内では、時代ごとの政府が租税の一つとして循環網を作り、余剰分を商人が市場でやり取りした。燃料ではなくとも、古くから使い道には事欠かなかったからだ。
そして品質(等級)により価値が定められている為、第二の貨幣とすら言われた時期があった。中でも特級に分類されるものは高価で、『勾玉』の名の通り宝石の一種として扱われる事もある。
しかしアキツの外への輸出となると、遠い場所を行き来するので、循環に時間もかかるし手間も増える。その上、燃料資源としての活用で需要が飛躍的に高まった。
加えて自力で『勾玉』を作り出せない国は、魔力を蓄えたままのものを大量に備蓄すらする。
この為、竜歴2800年代の終盤には世界規模の会議すら行われ、『勾玉』流通の世界的な協力体制が構築された。
売る側、買う側の双方に大きな利益があったからだ。
しかし大量に魔石に魔力を充填できる側、つまりアキツに圧倒的優位な貿易なので、西方諸国の不満は年々高まりを見せていた。
アキツと大陸の僻地で対立しているタルタリアも、広大な国土と巨大な国力、そして魔石の需要に対して亜人(半獣)が少なく、不満を貯める側だった。
アキツとタルタリアの対立にも、そうした背景があった。
また一方では、魔石の利用に関して年々技術が向上している。
この開発では、単に燃料として『勾玉』を使う場合だけでなく、魔法の運用面でも大きな技術的発展が見られた。
単に集めて熱を発する方法は、非常に効率が悪い事は昔から分かっていた為だ。
こうした技術発展は近代科学文明と従来の魔法文明の融合や結合が必要であり、魔法科学などと呼ばれたりもする。
そうして供給する側のアキツの人々だが、古くから自身の魔力を空の『勾玉』に吸収させる為、持ち歩くのが一般的だった。
そして『勾玉』は1日から数日で満たされるので、朝の起き抜けなど決まった時間に入れ替える。
一方で魔力量と魔力の質は個人差があり、魔人と亜人では大きな差も見られた。この為、徴税以上の分をより多く売る事ができる天狗や魔人は豊かになりやすく、実際そうなった。
アキツでの特権階級には魔力の多い魔人が多く、単に個体として優秀なだけでなく経済的にも繁栄している。
甲斐達が話しているのは、こうした背景があったからだ。
そして同じ様な光景は、全てのアキツ社会の中で最も日常的に見られるものだった。




