018 「閣議(1)」
・竜歴二九〇三年十一月二十九日
十一月末のとある日、秋津竜皇国の政治と軍事を担う最高位の者達が集うと決められた日だった。
集まった場所は、『竜皇』の住まう竜宮のそばにあるとある施設。アキツの政治の中枢、太政官邸と呼ばれる国の首相が執務を行う施設内にある閣議室。
集まった者は、主だった大臣と軍の最高幹部、それに少数の随員達になる。ただし正確には閣議ではなく、少し先の言葉だと安全保障会議とでも呼ぶべき最高幹部会議だった。
なお、民が主だった者と定義される民主主義政治が過渡期のアキツでは、政府、軍の重臣達による会議が重要だった。だが、既に君主である『竜皇』が定めた欽定憲法があり、貴族院と公民院の二つの議会が開かれるようになっていた。
そして公民院の議員は、民主的な選挙によって選ばれる。
ただし選挙権に納税額、性別の制限があるなど、まだ完全なものとは言えなかった。
一方で議会は、立法機関としての役割は最近アキツとの対立が激しいタルタリアよりも随分と進んでおり、西方世界標準程度には機能していた。
しかし行政、司法、立法の三権分立があるので、この閣議に代表が出る事はない。
また、この場に君主である『竜皇』もしくは人と話し交わる為の『竜皇』の依り代はいなかったが、同席する場合の多くは国の命運を決める場合と決まっていた。
通常『竜皇』は、太政官か神祇卿から報告を受ける。
そしてこの日の集まりは、そこまで重要なものではなかった。
また逆に、かなり重要な集まりでもあった。
主に集まったのは以下の面々になる。
・政府:
役職 :名 :種族
・太政官(首相) :白峰:大天狗
・神祇省(宮内省):東雲:狐の獣人(女性)
・民部省(内務省):伯耆:鬼
・大蔵省(財務省):山彦:多々羅
・外務省 :大仙:大天狗
・兵部省(軍):
・兵部卿 :叢雲:狼の獣人
・陸軍
・参謀総長 :周防:青い大鬼
・総軍司令官 :大隅:赤い大鬼
・海軍
・作戦本部総長 :相模:紫の大鬼
・総艦隊司令 :吹雪:犬の獣人
政府の方は、省名の後ろに「〜卿」と付く各省の大臣達。
魔力や種族による実力社会とはいえ、政治家に女性は少ない。だが、大臣に一人でも女性がいる時点で、西方諸国とは大きく違っている。
それに大臣級に女性がおらずとも、大輔と呼ばれる官僚の頂点に当たる役職(次官)には数名の女性がいた。加えて、この集まりに来た大臣達を補佐する者の中にも、何名かの女性が含まれている。
また、この会議に参加していない省庁の代表の中にも女性は複数いた。
そうした女性進出が行われている点は、西方世界からは革新的と見られるよりも危険と考えられる方が多い。
なお魔力の恩恵は、種族によって長い寿命を与え、高い身体能力を約束する。だが、それだけではなく、知能的な面でも恩恵がある者が一定数いた。天狗がその典型だとされる。
魔力が多いと知性が高いのは、魔術を扱うには高い知力が必要で、魔力が知力の補佐を行うからだ。そしてその知力は、魔術以外にも非常に有効だった。
それともう一つ、種族による寿命の差がある。高い魔力を有する天狗、大鬼は只人の4、5倍は生きる。獣人と多々羅はその半分程度。
そして長寿であるなら、多くの知識と経験を蓄える時間が得られる。
中でも不老長寿の大天狗は、半ば伝説になるくらいの長命がいる場合すらある。この場にいる太政官の白峰も、何度も殿上復帰してきた齢千年を超える長寿と言われる。
同じく外務を預かる大仙も、過去の記録が確かなら700年以上前の紅白合戦時代にその名を見る事が出来る。
しかも大仙には放浪癖があり、アキツだけでなく世界各地を彷徨い歩いている。この為、世界各地に偉大な魔術と共に記録が残されていたりもする。
なお、天狗、大天狗それに多々羅は、半獣ほどではないがアキツだけでなく世界各地に居住している。特に近代に入ってからの列強がひしめく西方地域に多い。
それ以外だと、以前の大東国でも一定数が居住していた。
そして半獣と違い、只人からも認められた存在だった。さらに、同種族間の連絡網や情報網を有しており、そうした放浪をしても世界各地で受け入れられる素地があった。
外交や商業の分野でも、天狗の姿を多く見る事ができる。
かつては森や自然を愛すると言われた天狗だが、近代より前の近世の時代以後は、種族の生き残り戦略もあって世界の交流者としての側面を持っていた。
「それでは本日の閣議を始めさせて頂きます」
そうして人が揃うのを待ち、議事進行役の太政大輔(事務次官)の相模のおきまりの言葉で閣議が始まる。
それを受けて太政官の席に座る長い銀髪を持つ白峰が軽く周囲を見渡す。
「まずは各地の概況報告を聞こか。とは言え、今日は開拓卿は呼んでへんかったな。内地以外の国内に詳しいんは、この中やと民部卿か外務卿か?」
「最近まで外務担当の場所もあったので外務卿かと」
白峰の古都風の訛り言葉に、太政大輔の相模が耳打ちをする。それに白峰が軽く頷いた。
「外務卿、頼まれてくれるか?」
「はい、畏まりました」
応えるのは外務卿の大仙。この内閣にいる二人の大天狗の次に年長者なのは、獣人ながら年齢不詳と言われる神祇卿の東雲になる。
もっとも東雲は頭が完全に獣の姿を持つので、他の種族からは年齢が分かりにくい。しかも蛭子との噂があった。ただし当人が蛭子を癒す術を使える手練れの術師であるため、膨大な魔力の恩恵で長生きしているのだとも見られていた。
そんな東雲でも、二人の大天狗には年齢で一歩譲ると見られている。
「とはいえ、北氷州、大東洋、大陸東南域、南天洋、極西大陸西部、どれからがよろしいか。それとも、今後は軍の方にお任せするであろう、黒竜地域を先にした方が良いのかな?」
放浪癖があるせいか、それとも長命の大天狗だからか、大仙はおおらかな口調で話す。
ただこの男は、普通の大天狗だと見せる為に長く伸ばす銀髪を、かなり短くしてしまっている。この為、大天狗だから見た目が若い姿なのにさらに若々しく見えた。
しかし閣議に参加している首脳陣には、見た目と実年齢の落差に影響される者はいない。半ば聞かれた軍の首脳達も、「結構です」と首を横に振るだけだ。
「では、全般状況から。端的に言って我が国は、環大東洋地域のうち、我が国から最も遠い南遠大陸を含む南大東洋の東部以外の全て、おおよそ8割を勢力下に置いております。そしてその大半において、外交、内政は安定していると言って問題ないでしょう」
「何年か前、極西大陸が不穏だっただろ」
誰かの言葉に大仙も頷く。
「はい。確かに北の市民連邦が、5年前に我々が勢力下としている諸部族連合と我が国の西海岸領にちょっかいを出しました。よほど、大東洋の港が欲しいご様子。
ですが我が国は、南の精霊連合と共にこれを戦争に至る事なく押さえ込む事に成功。軍の方々の手を煩わせずに済んだと認識しております」
「太政官から兵を借りたではないか」
今度の言葉にも頷く。
議論をふっかけているのは、軍の実戦部隊を預かる総軍司令官の大隅だ。いかにも鬼という風貌の赤鬼なので、普通に話していても迫力があった。
「はい。蛭子衆、いや太政官直属の特務を。彼らは大変優秀で、水面下ではありましたが大いに活躍してくれました。とても感謝しております。……そういえば、軍も最近特務をお使いになられたと耳に致しましたが」
「耳が早いな」
大仙の言葉に苦笑に近い言葉を発したのは、参謀総長の周防。それに対して大仙は、「耳が長いですからね」と彼がよく使う天狗の冗談で応戦する。
しかし周防にとって、渡りに船のやり取りだった。大仙も知っていて話を振ったのだろう。
「ちょうどこの者が、その借りてきた者になる。先に話す事になっても良いのなら、話させましょう。我が領土以外の場所での状況を」
「まだ外務省が把握していない事でしたら是非に、と言いたいところですが、太政官?」
「まあ、ええんちゃうか。うちはもう話は聞いとるけどな」
少しやる気のない声だが、一連のやりとりで初出しの情報がある程度示された事になる。
軍が太政官から特務の蛭子衆を借りて、タルタリア帝国内で情報収集をしてきたという情報が。
そしてタルタリアとの関係は急速に悪化しつつあり、全ての閣僚にとっても関心ごとだったから必然的に注目が集まった。
「決まりですな。『凡夫』特務大佐、見てきた事、それに途中だが軍が分析した事を話せ。あるがままをな」
「はい。参謀総長閣下」