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016 「手合わせ」

「ガキンっ!」


 重く鋭い金属音が広い空間に響き渡る。

 そこは長方形の大きな建物の中。天井の高さも10メートルほどある。一般的には大講堂と呼ばれ、式典や講演に使う為の壇上などがあるが、通常は屋内の運動施設としての役割を果たす。


 竜都の皇立魔導学園がアキツで最初にこの種の建造物が建てられたと言われるが、それも10年ほど前の話。

 木造ではなく最新技術を用いた鉄筋造りで、魔力を用いた建材を用いるより安価で入手もし易く各地に広がりつつある。


 そしてそのアキツ第一号の広い屋内空間で、1組の男女が激しく、文字通り目にも留まらぬ速さで動いていた。

 一方で大講堂内の他の人影は少なく、建物の壁際に5本の指で数えられる程度。顔の左半面に大きな痣がある老齢の犬の獣人ビーストに、長い黒髪の天狗エルフの女、それに子供が二人。


 中央で激しく動くのは、一人は平凡なオーガの男。もう一人は、長い銀髪をなびかせる大天狗ハイエルフの女。

 どちらも緋色の刀身を持つ刀を手にしており、常人が目で追う事が不可能な速さで動き、手に持った刀で激しく撃ち合っていた。

 非常に激しく、打ち合う時などには動きによって火花が飛び散り、強い風すら起きていた。


(咄嗟に反応するのがやっとだ。動きが読めないどころか、動いているのすら殆ど捉えられない!)


 内心の焦りを抑えるのにも苦労している男の方は、女の刀を鍛え上げた剣術と身体能力ではなく半ば本能で受けていた。そして受ける一方だった。打ち込んだり反撃することはできず、一方的に追い立てられていた。


「やはりいい動きをする。魔力を抑えてこれだけ出来るのなら、戦国の世や紅白合戦の世でも名を馳せたろう。あの頃の剣豪達を思い出す」


 対する女性は余裕綽々。時折楽しげに感想や寸評を挟みつつ、軽々と体に似合わない大きな刀を振るっている。

 その姿に気負いも威圧もなく、ただ自然のあるがまま。それでいて人の目で追うのが難しいほどの速さで動き、刀の一撃一撃が重く鋭かった。

 勿論だが、魔術を使ったりはしていない。

 対峙している男としては、相手に対して簡単でありきたりな寸評すら不足する気持ちしかなかったが、そんな事すら考える暇が殆どなかった。


 しかも手合わせを始める前に、観戦している女性、彼にとっては戦友や相棒、そしてそれ以上と言える女性から、「手足の二、三本切られて来なさい。あとで癒してあげるから」という冗談とも言い切れない言葉をもらっていた。


 そして手合わせを始めて数分で、男の体は打ち身やかすり傷ながら数箇所を傷つけられていた。それだけでなく、先ほどは大きな蹴りを受けて吹き飛ばされすらしていた。

 つまり刀の技量だけでなく、白兵戦、格闘戦全般にわたって、男より女の方が圧倒的に手練れだった。


 そして男にとってさらに重要なのは、お互い魔力を抑えてもこれだけの差があるという事だった。

 普通、魔力が同等か全くない場合、純粋な男女の力の差、腕力差は、体格差、筋力差に比例して歴然としている。それが魔力を同程度に抑えている状態で一方的展開なのは、女の方が経験と技量で男を圧倒している証拠だった。

 そしてその圧倒的強さを見せつける女性が、一旦間合いが開いたところで話しかける。


「慣れて来ただろ? もう少し体に魔力を込めて撃ち合おう」


 そしてそう気軽に口にすると、女性の体内を巡る魔力が一気に高まる。その魔力の流れは、繊細にして流麗。そしてこれもまた自然体。

 それでいて波のような波動が感じられ、どの程度の魔力を使っているのか、どの程度能力を高めたのか相手にとって非常に分かりにくかった。


 しかも、一瞬目の前から消えたように見えるように、筋肉の動きなど事前動作の一切ない動きで間合いを詰めると、さらに瞬発的な魔力の爆発による身体能力の向上が加わった一撃が男を襲った。

 事前動作がないと相手の動きを読む事は不可能に近く、対応できただけでも男の技量の高さを伺わせる。


「見事! だが詰めが甘い!」


 男は辛うじて受けたつもりだったが、女の方がさらに上手で刀を軽く捻り男の手から刀を跳ね飛ばしてしまう。

 そして男が大きく下がって態勢を立て直そうとする動きに追随する以上で追い討ちをかけ、首元に刀を添えてこの勝負は一瞬で終わった。


「最初の受けは良かったが、その後が駄目だ。私の魔力の流れに惑わされすぎ。目が良いのも考えものだな。さあ、刀を拾って。もう一本しよう」


 それが男の目の前まで来た女の口から語られた寸評だった。

 加えて楽しげな笑みが浮かんでいた。



 その後、男が一度も勝てないまま、一太刀も浴びせられないまま10戦ばかりすると再び金剛が話しかけた。


「これ以上魔力を高めると、周りを壊してしまうな。外に行かないか?」


「ハァ、ハァ。最初に、僕はあまり人に、見られたくないと、申し上げた筈、ですが」

 

「もっと魔力を高めて打ち合えば、たいていの者には何をしているのか見えなくなるよ」


「そうかもしれませんが、ここは国一番の魔力を有する学生が学ぶ皇立魔導学園ですよ。見える者、高い魔力を感じ取る事が出来る者が大勢います」


「それはそうかもだが……。先生、鞍馬、術でなんとか出来ないか?」


 渋々男の言葉は認めるも、我が儘を押し通したい表情で周りで見ている者へ顔ごと視線を向ける。すると呼ばれた二人とも肩をすくめた。


「金剛様、私は武術教師です。高度な術は心得ておりませんし、隠密で手合わせするとなると学園内はここしかありません」


「幻影術や、ある程度の視界で遮られます。ですが、学園への事前の許可と全体への通知をしないと、私の魔術が生徒達に気取られ、余計に人が集まると思います」


「えーっ、ダメなのか?」


「言ったように、後日できるように手順を踏めば良いんです」

 

 まだ未練があるのか、今までの飄々ひょうひょうとした自然体の表情とは打って変わって、情けない顔で再度全員を見回す。

 そして見物人の子供の一人、三之御子さんのみこが肩をすくめるのを確認して肩を落とした。

 だが、すぐにも復活する。


「わかった、それは明日以降の楽しみにする。今日のところは、次は鞍馬だ。刀、術、式神、なんでもありでかかってきてくれ」


「専用の鍛錬場で行わなければ、術は危険です」


「威力を最小にしてもか? 周りは壊さずに済むだろ」


「はい。ですが、それ以前に術の使用は人が集まると言いましたよね」


「そうか……。よし、なら二人掛かりで来い。体の魔力は今くらいで。うん、これなら面白そうだ」


 一人で納得する銀髪の持ち主に、周りの人達がそれぞれ顔を見合わす。

 そして今まで手合わせしていた男、甲斐は鞍馬と顔をあわせると諦めたようにため息をつく。それが大剣豪金剛に納得してもらう唯一の道だと結論できたからだ。




「面白い! 連携がよく取れているな!」


 その後かなりの時間を2対1で、手合わせというより真剣勝負が繰り広げられた。

 そして二人相手になると、金剛の表情が生き生きとする。今までの飄々とした自然体に慣れていたので、甲斐などは軽い違和感すら覚えるほどだった。

 同時に、これが本来の金剛の表情であり、千代の年月を生きる大天狗という存在を垣間見た気がした。

 種族名通り「天翔ける獣のごとく」だった。


 ただし、目の前の現実として金剛の動きはさらに冴えてしまい、軍の中でも最高の精鋭部隊とされる蛭子衆の、その中でも最も腕が立つ二人掛かりでも、何とか五分五分に見える状態にするが精一杯となってしまった。

 周囲にかまわず本気で体内の魔力を全開にすれば違うかもしれないが、これは実戦ではないし、何より周囲のものを衝撃や剣戟で破壊してしまうわけにもいかなかった。


 魔力さえ高めれば刀や銃弾を容易く弾く体は、鉄をも砕くほどの激しい戦いをしても問題ない。だが、周囲の破壊を伴ってしまう。

 だからそうした模擬戦闘をするには、屋外の専用の演習場を使わなければならなかった。

 最低でも校庭の運動場を使うしかない。

 しかし二人は、特務部隊である蛭子衆に属しており、大剣豪の頼みでも聞くわけには行かなかった。


 だが、その代わりに、長時間、それこそ手持ちの魔力が尽きるまで、そして金剛が満足するまで相手をさせられる事となった。


 

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