014 「竜の御子(2)」
「あの、こちらが竜皇陛下の三之御子殿下で、」
「そちらが我が国に非公式に留学中という、タルタリア帝国第三皇女のアナスタシア・ソフィア・アレクセーエヴナ大公女殿下なのですか?」
一瞬で混乱から立ち直った二人だが、それでも完全には立ち直れていなかった。
アナスタシア・ソフィア・アレクセーエヴナ大公女は、今年の夏にアキツで魔力の扱いと魔法を学ぶためにアキツに留学してきた。ただし非公式であり、タルタリア帝国、秋津竜皇国の双方で一部の関係者にしか知らされていない。
というのも、彼女も隔世遺伝の天狗ながら、本来なら皇位継承順位は高かった。だが継承問題を考えると、長命な天狗が皇族なのは混乱しか考えられない。
この為、皇女から大公女という立ち位置に移され、さらにはこうして敵国とすら言えるアキツにある意味で島流しにされた。
そしてその金髪の天狗の少女が、年に似合わぬ落ち着きのまま礼儀正しくお辞儀をした。
「この場では、その名と身分は伏せて頂きたく存じます。またわたくしへの礼節その他も最小限にして頂けると助かります。そしてアナとだけお呼び下さい。金剛の縁者の皆様」
「畏まりました、アナ様。竜都は如何ですか?」
頷いた甲斐は、すぐにも態度を相手の望んだ通りに変えるとアナスタシアが笑みを返す。
蛭子は太政官直轄で貴人の警備をする事もあるので、上級将校である甲斐は慣れていた。
「はい。見るもの全てが興味深いです。それにとても賑やかで、人々は笑顔に溢れておりますね」
「私達は金剛に抱えられてたまに宮を抜け出しているから、もう竜都には詳しいのよ」
隣で三之御子が小さい体で胸をそらす。その姿を微笑ましく思うも、甲斐は彼女に聞いてみたい事があった。
「さように御座いますか。ところで御子様、御子様は先ほど私と同じ匂いがあるとおっしゃられましたが、如何様な意味なのでしょうか?」
「そのまんまよ。私は匂いで人を見分けるの。だからさっき金剛と間違えたの。すごく似てたから。サンタ、じゃなくて甲斐は分からない?」
「いえ、そのようなものは。ですが、もしや魔力の事でしょうか? それならば僕にも多少は見えます」
「えーっと、ちょっと違うかな? 魔力の匂いだって陛下はおっしゃってたわ」
「魔力の匂い?」
「そう、匂い。匂いは二つ。魔力は高かったり活性化すると見えるけど、匂いはいつでもしているの。それと魔力はここ中心。もう一つは、命の匂い。命はここを中心に匂うのよ。だから私は、好きな人の胸に抱きつくのが大好き」
そう言って最初に頭を、次に胸元を手で示す。
だが甲斐には、魔力が見えると言ってもどこが中心というのまでは分からなかった。
だから竜皇や竜の御子の力なのだと思うしかない。
「古来より魂は頭に宿り、命は心の臓に宿るとありますが、そのようなものなのでしょうか」
「多分そんな感じ。私も詳しくは知らないの。でも、甲斐なら分かると思うんだけどなあ」
その言葉に甲斐は思い当たる事があったし、彼女が似ていると言った意味もおおよそ理解できた。だが、この場で言う事でもないし確証もないのでどうするか少し悩んだ。
すると横から言葉があった。鞍馬だ。
「魔力も魔力ある者だけが感じ、見えるもの。それも大抵は鍛錬しないと弱いものは見えないし、遠くのものも感じられない。それは術者も同じで、匂いというものは感じ取れません」
「そうらしいのよねー。金剛もアナも匂わないのよね?」
「うん。御子や陛下だけだ」
「わたくしも、鞍馬様と同じようにしか」
「アナ様は、西方の魔術をお使いになるのでしたね?」
アナスタシアの言葉に興味を持った鞍馬が問いかける。
「はい。今回はアキツの魔術を学ぶ為、今は皇立魔導学園で学んでおります」
「そうなのですね。わたくしも以前、短い間でしたが皇立魔導学園で学んだ事がございます」
「そうでしたのね」
「アナは凄く優秀なんですって。私は全然だけどね。鞍馬は?」
「鞍馬に教える事は殆どなかった。百年に一度の逸材だと、魔術の教授連中が言っていたよ」
「金剛!」
鞍馬がどう返そうか考えた一瞬の隙をついて、金剛が事も無げに告げる。そうすると、アナスタシアと三之御子が目を輝かせてしまった。
「凄い方だったのですね。しかも剣まで。尊敬申し上げます」
「うん、凄い! じゃあ、並みいる強敵をバッタバッタとやっつけたりするの?!」
「術師は争うものではありませんよ、御子様」
「えーっ。でも学校だと、誰が一番か競争するよ。ねえ」
「はい。競い合いはしますね。成績も張り出されますし」
「軍隊はそうじゃないの? 強い相手と戦わないの?」
「それはお芝居やお話の中だけです。それに、魔力を持たない種族が中心の国も多いですからね」
「なあんだ、つまんない。じゃあ、三剣士とか十傑衆は?」
「名誉称号として少し似たものはありますが、魔術や剣術の強さは関係ありませんね。今は武より知の時代です」
その後もアナスタシアと三之御子は、鞍馬との子供らしい術者の強さなどで話が弾んた。
そしてその間に、甲斐は金剛と話す時間を得た。鞍馬がアナスタシアに話しかけたのも、ダラダラ話すのをなるべく早く切り上げさせる為だった。
何しろ目の前の3人は、重要人物ばかりだ。
「金剛様、散策はまだお続けに?」
「いいや。そろそろ戻らないと、侍従や使用人達が騒ぎ始めるだろうな。庭で隠れんぼをしていたと誤魔化しきれなくなる」
「御付きは、お一人ですよね。我らがご同行した方が良いのでは?」
「無用だ。敵意や悪意なら容易く見抜ける。それに竜都は平和だ。だから御子も好きに遊ばせていた。あと、甲斐は逢引中なのだろう? 今を楽しまないといけない」
「今」というところに少し強い気持ちが篭っていたが、甲斐はそれを長命な種族の気遣いと心意気だと知っていた。
「お心遣い感謝します。それでは、我々はこれにて失礼させて頂きます」
「うん。だが手合わせはしたい。後日とは?」
さっきと同じことをまた聞かれた。
鞍馬の言う通り、金剛は言い出したら聞かないのは本当らしかった。
「二週間ほどは休暇で竜都におります。連絡先をお教え頂ければ、明日届くように便りをお出し致します」
「そんな面倒な事はしなくていい。私は平日の朝から夕方までは、二人について学園にいる。だから学園に来てくれ。あそこなら、運動場か道場を借りることが出来る」
「申し訳ないのですが、役職上あまり目立ちたくはないのですが」
「人払いすればいい。皆、私の言葉は聞いてくれる」
(大剣豪相手に、そりゃあそうだろう)と思いつつ、ここは折れるしかなさそうな雰囲気を見せていた。
「分かりました。少しでも早い方が宜しいですよね」
「それに沢山がいい。甲斐とは楽しめそうだ。それに鞍馬とも久しぶりに手合わせしたい。あと、甲斐がこれはと思う者も連れてきて構わない。最近、体がなまっているんだ」
「分かりました。明日の午後3時頃に皇立魔導学園にお伺いします」
「うん。待っている」
それでようやく金剛も納得した表情を浮かべる。それに横で行われていた幼女と美女の女子トークも鞍馬の誘導で終わり、挨拶を交わしてから別れた。
「金剛と手合わせかあ。私、最近、剣を疎かにしているのよね」
「金剛様は術の方は?」
「一級までなら大抵は使えるみたいだけど、頑丈な剣か槍があれば使う必要もないわね。文字通り一騎当千。一振りで手練れの魔人十人を倒すと記された伝説の大剣豪よ」
「そりゃあそうか。でも楽しみだな。伝説を直に体験できるなんて」
「そんな軽口言ってられるのも今のうちよ。それより、そろそろ夕食に向かいましょう。予約の時間に間に合わなくなるわ」
「その後の予定も楽しみだなあ」
「食後? 甘味を食べに行くんだったかしら? 新しい飲み物が評判なんですって」
「それも楽しみですけど、こうして二人で遊ぶのは久しぶりじゃないですか」
「長期休暇は久しぶりだものね。でも、食事の後どうするかは甲斐次第よ」
「明日は午前中に出頭予定があるのでお手柔らかに」
そんな他愛のない言葉を交わしつつ、様々な種族が入り混じる雑踏の中に二人も溶け込んでいった。