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010 「竜の国」

 ・竜歴二九〇三年十一月二十四日



 十一月下旬のアキツの都の竜都は、晩秋の落葉の季節。

 アキツ、正式名『秋津竜皇国』の首都は、地名で呼ぶより一般的に『竜の都』、『竜都』と呼ばれる事が多い。

 その名の通り、国家の君主、近代憲法上でも主権者と定められている本物の竜の『竜皇』が住まうからだ。


 公民シヴィルと呼ばれる国民達は、時折『竜皇』が空を飛ぶ姿を見る事ができる。

 『竜皇』が公の前に姿を見せる事は稀だが、巨大な竜宮から飛び立つ時に最も近くで見ることが出来る機会だと言われている。


 一方で、竜は魔力を用いて意思を伝えられるが音声としては話す事が出来ない為、意思伝達手段として『依り代』と呼ばれる竜の人格を憑依させた代理人を立てる事が多い。

 諸外国に対する公務でも、大半は『依り代』が行う。

 この『依り代』は古い昔からのもので、アキツの政治を司る者達にとっては馴染みがあり、当たり前ですらあった。


 ただし、体長100メートルに達すると言われる巨体なので、『竜皇』自身が何かに参加する場合、巨大な竜宮の施設を除くと野外でないと立ち会うことが難しい。この点でも『依り代』が必要とされる理由だ。

 竜宮の竜が住まう『竜宮』の建物も、距離感を疑わせる大伽藍が幾つも連なった巨大建造物になる。


 なお、竜は単なる国家元首や国の象徴ではない。

 竜は古来よりアキツを守護する存在であり、今も昔もアキツとその周辺部を守る力を発揮し続けている。

 そして『竜歴』が世界共通で使われているように、本来竜は世界中にいたとされる。実際今でも、アキツ以外に竜は存在している。特にアキツの勢力圏には各地に竜がいる。


 竜歴が始まる頃は世界各地に竜がいて、約3000年前に先史文明による大戦争で破滅に瀕した世界から、人とその眷属を守護してきたとされる。

 だが時代とともに竜は数を減らし、アキツとアキツが影響を及ぼす地域以外の殆どから姿を消した。

 いや、正確には滅びた。もしくは滅ぼされた。

 人の手によって。


 人が竜を殺したのは、自分たちには必要ないからだ。

 同時に、自分達の対抗者となる魔人デーモン亜人デミの力を削ぐ事が出来るからでもある。

 竜は、世界を維持する為、自らが守護する地域の魔力を保持する力を持つとされる。これが魔人、亜人に力を与えると言われている。

 但し竜の本来の力は、巨大な力で自然環境を制御し、少しでも過酷な環境を緩和する事にあった。

 しかしそれが合理的な研究や検証から分かるようになったのは比較的最近で、魔人、亜人に力を与えているだけと思われていた。


 それでも竜歴が始まってから1000年ほどは、自然環境が厳しく竜の力が必要とされてきた。しかも人もしくは只人ヒューマンは、竜の力に支えられた魔人、亜人に庇護すらされた。

 だが、時代が進むとともに自然環境は回復。それに伴って数を回復させた只人にとって、魔人、亜人は必要なくなっていった。竜の力も魔力も必要ではなくなっていった。

 むしろ竜と竜の力は魔人、亜人に利するので疎ましく考えるようになり、そしていつしか竜を滅ぼす方法を見つけすらした。

 世界各地の竜にまつわる神話や伝説では、ほぼ必ず竜は人によって倒されるか殺される。そして人の時代が始まっていた。



 今から約60年前の竜歴2840年、「天羅テラ」と呼ばれる世界最大の大陸の東方に広がる大国の大東国セリカを守護していた老いた巨竜は、西方諸国の何かしらの力により滅ぼさてしまう。

 そして竜が定命以外で滅びた場合、災禍がもたらされる場合があった。勿論竜は定命なので死ぬ事はあるが、不自然な事をした場合の反動と考えられている。


 そしてセリカの竜は特に力が大きかったせいか、セリカが受けた竜が滅ぼされた事に伴う災禍も大きかった。

 セリカを侵略しようと直接手にかけた者達と西方列強の軍が自滅の形で壊滅するだけでなく、セリカの国土と民を大きく損なった。

 直接的にはその時竜がいた古都を吹き飛ばし、数十キロメートルもの巨大な火山の火口のような爆発跡が出来たほどだ。


 加えて、竜によってセリカ地域に保持されていた膨大な量の魔力が失われ、魔人、亜人は力を衰えさせ、その多くはどこかに姿を消した。

 実際、竜歴2850年頃には、辺境の遊牧民族である半獣セリアン以外に殆ど姿を見せなくなった。

 一部は竜のいるアキツなどの勢力圏に亡命や移住をしたが、大半は彼らしか知らない山奥や隠れ里などに姿を消したと言われている。


 そうした経緯が近隣の出来事としてある為、アキツは竜を守ると同時に、竜を中心とする「変革」と呼ばれる政治の根本的な大改革によって国を作り直した。

 さらには力を付けるため、西方で生み出された新たな力、近代科学文明とそれに付随する様々な概念、考え方、制度も非常に積極的に取り入れた。

 知っていなければ対抗する事が難しく、近代科学文明は従来の魔力を用いた力とも併用できたからだ。


 さらにアキツでは、今まで自分達が持っていた『魔力』を中心とした一般的には『魔法』、アキツでは『術』『まじない』『法力』『神通力』『陰陽術』など様々に表現されていた力も加え、複合させる事で大きな力を手に入れ、底のない貪欲さを見せる西方列強に対抗していた。


 そしてアキツにとって幸運な事に、西方から見て東の果て、極東地域にあるアキツの本国は西方世界と距離があった。その距離そのものが天然の防壁となって、今までアキツの大地は西方の強い脅威からは守られていた。

 しかし竜歴2900年代に入る前後から、近代科学文明の発達、進展によって脅威と対立、そして衝突と戦争は間近に迫りつつあると心ある者達は深く憂慮するようになっていた。

 タルタリアとの対立がその代表だ。


 だが、西方世界の手はアキツの勢力圏の海外辺境部までで、アキツの国も竜都もまだ平穏の中にあった。



「見て陛下よ」


「高く飛んでますね。遠くに行かれるのかな」


 よく晴れ渡った秋空を見上げる隣の女性の言葉に、甲斐は同意する。そして二人だけでなく、『竜都』の各所で多くの人が空を見上げていた。

 見ているのは秋空でも太陽でもない。加えて、低い高度に薄くぼんやりと並んでいる7つの月の幾つかでもない。

 彼らにとっての国家主権者にして君主である『竜皇』。優美な細長い姿を持った竜そのものだ。


 そして見上げる人々は、『竜皇』が時折彼の民と守るべき国土を直に見るために空を飛ぶことを知っていた。そして今回は空のかなり高い場所にいるので、遠くへと赴くと察することができた。

 そうしてしばらくすると『竜皇』は小さくなり、晴れ渡った秋空だけが残される。それでもしばらく、二人は空を見続けた。


「秋空も綺麗ね」


「本当に」


 再び隣の女性に同意したが、今度は隣の女性自身へ同じ言葉は向けられていた。

 甲斐本人は、アキツにいれば平凡な容姿の青年でしかない。それに引き換え隣を歩く女性は、平凡とは真逆。竜都一番の芸妓や、最近流行りの女舞台役者に勝るとも劣らない容姿だった。


 任務の時と違って髪を下ろして髪飾りを付け、さらに秋らしい流行りの娘袴を着て化粧も施した姿は、見た目に劣らず語彙も平凡な甲斐としては表現しきれない。

 もっとも彼女が容姿に優れているのは、長い耳を持つ天狗エルフなので容姿に優れていて当然だった。

 少なくとも世間ではそう見られている。


(醜女や醜男の天狗って想像つかないな)


 ごく限られた瞬間だけ彼女を見てそう思う甲斐だったが、外見だけでなくあらゆる事に類稀な才を見せる女性、鞍馬は、その一瞥いちべつを見逃してはいなかった。


「私じゃなくて秋空を見なさいよ。せっかく竜都に戻ってきたのに」


「竜都の秋空なんて、もう何十年も見てきましたよ」


「私の姿も何十年も見てきてたでしょ」


「何十年ってほどじゃありませんよ」


「そうね。知り合って二十数年。千代ちよの命を持つ私たち大天狗にとってはほんの一瞬」


「もう少し長く付き合えると思いますよ」


 なるべくさりげなく言葉にした甲斐だが、鞍馬の表情が目に見えて明るくなる。

 

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