第35話 スタンピード③
◇ロイド◇
――バリン――
「むっ、破られたな」
待機して数刻が経っただろうか。
その間に4階からモンスターの気配は消え、3階からも消えた。そのため今は3階で待機していた。
まだ2階と1階にはモンスターが沢山いる。そんな状況で15階の結界が破られた感覚があった。
「15階の【結界】が破られたのか?」
「ああ、そうだ。直に下層のモンスターが上がってくるぞ」
「ちっ、ここに来て下から上がってくるってのか」
階段を埋め尽くす土壁をどうしたのかは分からねぇが、土壁を突破し、俺の結界も破られた。相当強い攻撃でなければあの【結界】は破れない。地上を目指している明確な意思がそこにある。間違いなく上がってくる。
「ロイ、ファング。上に上がろうと思うけどどう思う?」
「異論はねぇ」
「ああ、上がるしか無いだろう」
残念ながら間に合わなかったか。
上の階のモンスターの数は順調に減っていったが、下層のモンスターが上に上がってくる方が早かった。
上の階には三級のモンスターが何体かいるが、こうなったら地上を目指してモンスターの群れを抜けるしか無ねぇ。
「極力三級モンスターは戦わずに避けよう。僕達は既に相当数のオークを倒している。三級のモンスターを倒したら下手すると気絶してしまうかも知れない。ロイは三級のモンスターを足止めしてくれ。いざとなったら僕が殲滅するからその時は頼む」
「分かった」
そうだな。最悪ギドの攻撃なら状況を打開できる。
ただ、それは一度しか使えない切り札だ。
ギドの言う通り三級を倒したらステータスの【固定】が外れるだけじゃなくレベルアップの反動で気絶する。
強くなるのは大歓迎だが、今は気絶してる場合じゃない。
何とか足止めするしかねぇな。
「よし、行こう!」
「「応っ!」」
階段に近づいていくと2階のモンスターの魔力が明確に伝わってきた。
「おいおい、ちょっと待て。三級のモンスターが相当増えてねぇか?」
「みたいだね」
「でも行くしかねぇだろ?」
二人とも三級のモンスターがかなりいることは分かっていたようだがそれでも構わず突っ込もうとしていた。
「ちょっと配置を変えよう。これだけ三級が多いとうっかり三級を殺しちまうかもしんねぇだろ?」
「かもね」
「だから足留め優先で俺が先頭。ギドも【飛剣】は無しだ。攻撃は加減した【落雷】を主体にしてなるべく殺さないように進もうと思うんだがどうだ?」
「ロイ、行けんのか?」
ファングがからかい気味に言ってくるが、言いたいことは分かる。俺は後衛だからな。
「何とかなんだろ。ステータスが【固定】されてんだからな」
「じゃあ、それで行こう。ロイ、先頭は任せた」
「おう、任せろ」
階段を駆け上がると周囲はモンスターだらけだった。
階段を上るとモンスター達が一斉に俺達に敵意を向けてきた。
「【重力】」
凄まじいモンスターの密度だ。
とても駆け抜ける隙間がない。
逆に周囲のモンスターの動きを止めてしまえば、そいつらは壁になってくれる。
「【氷結】」
四級以下の手頃なモンスターを氷漬けにする。
「凍らしたモンスターを足場にして跳んでくぞ」
そう言って凍ったモンスターの上に跳び乗る。
――ツルッ――
――ドタっ――
が、凍ったモンスターを足場にするのはちょっと難しかった。
跳び乗ることは出来ても滑って落ちてしまった。
「······と言うのは冗談だ」
「ハハ、ロイ。無理してんじゃねぇよ」
「せめて足場にする部分を平面にしないと無理じゃない?」
「ああ、そうだな。······いや、それでも凍らせたモンスターを足場にするのは危ないかもな」
例え平面にしても跳び移りながら移動すると転んで落ちる可能性があるし、そもそも足場が倒れる可能性がある。
「あ、それならロイの【結界】を足場にしたらいいんじゃないか?」
「おお、そうだよ。【結界】があんじゃねぇか」
おいおい、ギド。何だその発想は。
【結界】を足場にするなんて考えたこともなかった。
【結界】は割と単純な形であれば思ったような形で出すことが出来るからな。強度も十分ある。
確かに【結界】なら氷より滑らないだろうし、足場にこだわる必要がなくなるな。
限られた魔力しか使えなかった時はそんな発想出来なかった。
「よし、それで行こう。【結界】」
蠢くモンスター達の上に【結界】で道を作る。
今までこんな使い方をする事がなかったが、これで地上まで行けそうな気がしてきた。
3人で【結界】で作った道に跳び乗て1階へと続く階段に向けて進んだ。
「ヤバいな」
しかし、そう簡単には行かないようで前方の空気が明らかにおかしい。
「ポイズンリザードがいやがる」
「毒か」
「このまま突っ込むぞ。ステータスの【固定】を信じろ」
三級のポイズンリザードに進化したモンスターが何体かおり、周囲の空気は毒で汚染されていた。
シルフィスも毒にやられたそうだが、それで毒耐性を得られたと聞く。
毒耐性が付くかどうかは分からないが、少なくとも毒には耐えられるはずだ。
それにステータスが高いと耐性がなくても異常状態になりにくいと聞く。
つまり、根性で突っ切れってことだ。
「ぐはっ」
「マジ······かよ······」
「キツすぎだろっ」
そう思って突っ込んだが、とんでもない毒だ。
体が強張って思ったように動かない。
慌ててステータスを確認するも変化はないようだった。
「こんだけ苦しいってのに······HP減ってねぇのか」
「ポイズンリザード······ヤベェな」
「少しずつでも······進んでいこう」
毒の苦しみで転げ回りたいのを抑え、少しずつでも前に進んでいった。
【固定】が無ければここで終わっていたかも知れない。
【結界】で毒を防げたかも知れないけど、魔力が切れたらその時点で終わりだったろう。
毒を受けつつも何とか【結界】を維持しつつ前に進む。
体が毒で痙攣する中、何とか毒の霧を抜けた。
「毒ヤベェ」
「【固定】すげぇな。死ななかったよ」
「ホント、シルに感謝だな」
1階の階段が遠く感じたが、毒の地帯を抜けると割と直ぐに体はもとに戻った。
「しかし、三級モンスターが多すぎないか?」
何とか毒の霧を抜けてまた走り始めるとギドが呟く。
「確かにそうだな」
俺もそう思っていた。
30年前のスタンピードの時はガキだったしな。スタンピードの規模がどうだったかなんて覚えていない。しかし、案外街は平和だった印象がある。
他のダンジョンで発生したスタンピードも、話を聞く限りは三級モンスターは一体くらいで残りはスタンピードが発生した階層より上層のモンスターのみ。
街に多少被害が出ることはあっても三級以上の冒険者がいれば止められるし、最悪上級の冒険者が不在でもギルドマスターが三級モンスターを仕留めて事態は収まるというのが一般的だと聞く。
これだけ三級のモンスターがいるのは明らかにおかしい。
とてもバーンズさん1人で止められる数じゃない。
それに、多分下から上がってくるモンスターの中には二級がいる。
「予想以上に三級がいてやべぇよな。だが、シルフィスさえいりゃ何とかなるだろ」
ファングの言う通りなんだが、ずっと待ってても結局シルフィスは俺達のところには来なかった。
あいつの性格からして俺達を見捨てるわけはねぇ。
俺達なら大丈夫だと踏んでるのか、もしくは地上にはいないのか。
ステータスは【固定】されたままだからあいつが生きてるのは間違いない。だが、何か嫌な予感がする。
「とにかく急ごう」
「ああ」
「そうだな」
そのままモンスター達の上を駆け抜けて、1階の階段に到着した。
階段はモンスターで溢れていてた。
本来階段にはモンスターは寄り付かないのだが、そんな事はお構い無しのようだった。
そのまま止まることなくモンスター達の上に【結界】を張り、階段を駆け上がって1階に上がる。
1階には三級モンスターはそんなにいないようだった。ただモンスターの数が多すぎる。
2階もモンスターは多かったが、1階は隙間がないのではと思うほどにモンスターで溢れていた。
そのあまりの数に思わず恐怖を感じたほどだ。
「どんだけいるってんだ?」
「こりゃやべぇ」
「凄まじいね」
モンスター達の上を通り抜けてダンジョンの入口まで行くと地上への階段は土壁で10に区切られていた。
そこから1体ずつモンスターを外に出して討伐しているようだった。
道理でモンスターの進みが遅いわけだ。
入口に近づくと俺達の気配を察知してくれたのか、入口の上の方を塞いでいた土壁に穴が開いた。
アークが開けてくれたんだろう。
――ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――
地上に出ると冒険者達から歓声が上がった。スタンピードの発生したダンジョンから生還したことを讃えてくれているようだ。
その声に励まされた。
冒険者達は危な気なくモンスターを倒していた。どうやらアーク達はこの機会に経験値と金を稼がせているようだった。
「三人とも無事だったか!」
「良かった!」
カイルとアークの顔が綻ぶ。
俺たちを見て安心したんだろう。
「ああ、そっちこそな」
「アーク、カイル、上手くやったな」
「二人も無事で何よりだ!」
それは俺達も同じだ。
二人とも無事で良かった。
モンスターの巣窟を抜けてきたから余計にそう思う。
「シルは居ないのか?」
「ああ、地上にはいない。エリーとサラさんもだ」
ギドの問いかけにアークが答える。
ってことは三人はまだダンジョンの中にいるってことか?
ってことはあいつら3人で17階より下にいたってことか?
まぁ、それはいいとして無事なのか?
死んでないってことは分かるが、それなら何故上がってこないんだ?
「それを聞くってことは、ギド達も会わなかったんだな」
「そうだね。会わなかった」
喜びも束の間、シルフィスが居ないという現実に気分が沈む。
シルフィスさえいれば何とかしちまうんだろうが、ダメだな。何考えてんだ俺は。
「シルさえ、いてくれたら······」
ギドがポツリと呟く。俺だけじゃなかったか。
シルフィスと関わった数日の間に随分と常識を変えられちまったからな。
皆随分とシルフィスに頼るようになっちまってたようだ。
そう思うのは仕方ない。
仕方ないけど今はそれじゃダメだ。
「情ねぇ。いつの間にか俺等はシルフィスに頼りっぱなしになってんじゃねぇか。こんなことでこれから先あいつについて行けるのか? 夢はシルフィスに叶えてもらうもんじゃねぇ。自分達で掴み取るもんだ。そうだろ。こんなところでくたばってられねぇぞ」
「ふっ。······だね。シルがいないなら皆で力を合わせて何とか切り抜けるしかない。バーンズさんに報告するからアークとカイルも一緒に来てくれ」
「ああ」
「分かった」
「ちょっと待て、三級モンスターが多数だと?」
ギドの報告を聞いたバーンズさんが声を上げる。
「はい、正確に数えたわけではないですが2階にいた三級モンスターだけでも数十体はいました。更に下からもっと多くのモンスターが上がってきていて、その多くが三級、中には二級のモンスターもいると思われます」
「数多の三級に加え二級もだと? 二級もいるのか?」
「はい、恐らくですが」
実際に目で見ていないとは言え、二級のモンスターは討伐経験もある。あの魔力量は二級のそれだった。
「お前らはステータスが【固定】されてるんだろ? どれだけの持ちこたえられるんだ?」
「三級のモンスターを討伐すると【固定】は外れます。加えて僕とロイとファングは【固定】が外れたらレベルアップの反動で気絶してしまう可能性が高いです」
「そうか。かなり厳しいな。俺も単独で戦った場合は三級を一体引き受けるので精一杯だろう」
そうか。三級を単独で相手にできるってのは流石ギルドマスターだな。
しかし、逆に言えば一体しか倒せないならこのスタンピードは止められない。冒険者ギルドの想定を超えたスタンピードってことだ。
「こいつは厄災レベルのスタンピードだな。下手したら街が滅びかねん。ザーレ伯爵に騎士団の出動を要請するが果たしてどうなるやら······」
いつもの豪気が欠片も無いが、この状況なら無理もない。
だが、騎士団が動いてくれるなら可能性はある。
「バーンズさん。希望はある。シルフィスが戻って来るまで何とか持ちこたえられればきっと何とかなる。騎士団と一緒に時間稼ぎに徹しよう」
「ロイド、どういう事だ? シルフィスが戻って来る見込みがあるのか?」
「ある。スタンピードが発生してからかなり時間が経ったが、シルフィス達が動いた形跡が無い。かと言ってステータスの【固定】は維持されたままだから死んだってわけでもない。となると考えられる可能性はシルフィスのレベルアップだ」
「そうか、その可能性があったか。サラさんかエリーがレベルアップで気絶したとしてもシルフィスなら多少無茶をしてでも戻って来るはず。戻って来ないってことはシルフィス自身がレベルアップしたってことか!」
ファングが納得したとばかりに声を上げる。
「そういうことだ」
スタンピードの発生前か、発生後かは分からんが大量の二級、三級のモンスターを狩って魔力のブレが限界に近づいたんだろう。
だからあいつは魔力が枯渇する前に自分にかけたステータスの【固定】を解除したんだ。
俺等のステータスの【固定】が維持されるかどうかは賭けだったかもしれないが、あいつは【魔力超回復】っていうスキルも持ってるからな。そのおかげで【固定】は維持されてるんだろう。
「何か希望が見えてきたじゃねぇか。いつまで持ち堪えればいい?」
バーンズさんの顔にも笑みが見える。
「恐らく翌朝には目を覚ますはずだ。そこまで持ち堪えられたら俺達の勝ちだ」
結局シルフィスに頼っちまうことになるが、きっと戻って来てくれんだろ?
「よし、やってやろうじゃねぇか。結局シルフィスが戻って来ようが来まいが、やることは変わらん。騎士団と協力して住民を避難させる時間を稼ぐ。希望があるだけありがたい」
「ですね。やるぞ、皆」
――応っ!!――




