第3話 十級冒険者
「おはよう、エリー」
「おはようシル、今日は何か酷い顔ね。いいスキルが授からなかったの?」
「まぁ、そんなとこ」
幼馴染のメリーは冒険者ギルドで受付嬢をしている。『出遅れ』の俺を見下さない数少ない友人だ。
「そんな落ち込んでたって仕方ないんだから元気出しなさいよ。私の顔見たんだから元気出たでしょ?」
「ははっ、よく言うな。まぁ、そういうことにしといてやるよ」
エリーは顔が良くて冒険者たちからも人気のある受付嬢だ。
わざわざエリーに受付してもらいたくて並んでたわけだから的外れではないんだが、からかい半分に認めておく。
「んじゃ、冒険者証だして。十級に更新するから」
「ああ、そうだな。頼むよ」
エリーは俺が昨日神授の儀を受けたことを知っている。だから自分から更新手続きを申し出てくれた。
「はい、十級の冒険者証。シル、ここからだね」
エリーは真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。
『出遅れ』の俺は大層な夢は持っていなかったが、稼いで母さんに楽をさせてあげたいとは思っていた。それが昨日までの俺の目標であり小さな夢だった。
ステータスを得て、昨日までの俺とは違うところをエリーにも見せてやらないといけない。
「ああ、俺はここからだ。エリーも見ててくれ」
「うん、今度スキルのこと聞かせてね」
「分かった」
エリーの笑顔に元気をもらい受付を離れる。
これで俺も十級冒険者だ。
無級とは違い、討伐依頼も受けられるようになるし、ダンジョンに潜ることも出来るようになる。
そして俺は十級初の仕事をするためにダンジョンへと向かった。
「今日は宜しくお願いします」
「『出遅れ』足引っ張んじゃねぇぞ」
「はい。一生懸命頑張ります」
俺は荷物持ちとしてダンジョンに潜ることを選んだ。
昨日までは十級になったらダンジョンに潜ってモンスターを倒しまくってやると思っていたけど、司祭様の話を聞いて考えを変えた。
モンスターを倒して経験値を得るとレベルが低い場合簡単にレベルが上がってしまう。そうやってレベルを上げるとスキルに割り振られる経験値が少ないので、スキルが育たないらしい。スキルが育たないと後々レベルを上げるのが困難になるとのことだ。
まずスキルの熟練度を上げて、スキルでモンスターを倒せるように育てる。その上でスキルを中心にモンスターを倒していく。こうすることでスキルが強力になっていき将来的には高いレベルまで上げることが出来るようになるらしい。
レベルを上げたい衝動に駆られるが、優先すべきはスキルを育てることだ。
そのため荷物持ちの仕事を選んだ。
荷物持ちはそれなりに需要がある。パーティーの戦闘時の連携に影響しないため外部の人間を加えやすい一面もある。
俺としてはダンジョンの勉強にもなるし、体の鍛錬にもなる。下に見られること以外は魅力的な仕事だ。
「報酬は利益の1割でいいか?」
「ありがとうございます。それでお願いします」
ダンジョン探索には何かと金がかかる。
それに対して、いつも利益が必ず出るとは言い難い。時には赤字になることもある。
そのため固定の報酬ではなく、利益の1割とすることで赤字にならないようにしているのだ。
報酬がちゃんと出るか怪しいが、実家ぐらしな俺は最悪報酬が出なくても何とかやっていける。報酬がでなかった時は勉強させてもらったと割り切るしかない。
俺は七級冒険者パーティーに同行させてもらえることになった。
七級は冒険者としては平均的な級になる。
経験もありそうだし中々悪くないパーティーだと思う。
性格は置いておいて、長く冒険者を続けていると言うことは、無茶をしないし自分たちの実力を良く分かっているということでもある。
俺が加入したことで何時もより多少稼ぎが見込めるとは言え、そんなに無茶はしないだろう。
初めてのダンジョンにワクワクする気持ちを抑えながら同行する。
モンスターに遭遇したら俺は邪魔にならないように距離を取ればいい。
離れた所にいても警戒は怠らない。
モンスターの襲われるのは前方からとは限らないからだ。
特に問題が起きることもなくダンジョン探索は進んで行った。
戦闘が終わると、解体と素材の剥ぎ取りに参加する。解体の仕事はやったことがあるのでそれなりに出来るが、ダンジョン内ではのんびりと解体するわけにもいかない。
価値のある部位だけを剥ぎ取って次へと進む。その手際はとても勉強になる。死体は放っておけばダンジョンが吸収するので放置だ。
ダンジョン探索は傍目に見ても順調だったと思う。
「今日はかなりの成果だな」
パーティのリーダーは上機嫌だ。
ダンジョンは階層ごとに出現するモンスターは決まっているのだが、時々レアなモンスターが出ることもある。
レアは珍しいだけあって素材は高額になる。そんなレアなモンスターと今日は三度も遭遇していた。レアには遭遇しない日のほうが多いと聞く。三度も遭遇したらかなり運が良いと言えるだろう。
上機嫌になってくれるのは俺にとっても都合がいい。俺への当たりが和らぐからだ。それにこれならちゃんと報酬も出るだろう。
そう思って少し安心した。
しかし、今日は彼らにとって当たりの日だったようだ。いや、運が良すぎたのかも知れない。
そろそろ引き返そうかという頃合いになって、とんでもない幸運が訪れた。
「た······宝箱があるぞ!!!」
「マジかよ!」
「スゲェ、何てついてやがる!」
「ははは、笑うしかねぇな!」
パーティの面々は大歓喜だ。
宝箱はギルド的に見ても月に一度出るかどうかの代物だ。
宝箱の中身は少なくとも大金貨10枚以上の価値があると言われている。
換金すれば数カ月は遊んで暮らせるし、装備を整えてステップアップを目指してもいい。中身次第では自分たちで使ってもいい。
ダンジョンに潜る冒険者は宝箱を見つけるために潜っていると言っても過言ではないだろう。
そんな幸運なパーティを傍目に俺は自分の不運を呪った。
「おい、『出遅れ』。荷物持ちの報酬は幾らだったっけ?」
パーティのリーダーが詰め寄ってくる。
ここで「利益の1割」なんて言えば命がないのは馬鹿でも分かる。
七級冒険者はレベル15以上。
俺から見れば化物だ。
「確か······銀貨5枚でしたよね?」
1日の稼ぎとしては可もなく不可もないくらいの金額を提示した。
「はははっ、物覚えの悪いやつだな。銀貨3枚だったろうが」
ぐっ。銀貨3枚はかなり安い。
宿ぐらしならとてもやっていけない金額だ。とは言え、ここで逆らうわけには行かない。
報酬無しも覚悟してたんだから銀貨3枚貰えるだけマジだと思おう。
「すいません。俺物覚え悪くて、銀貨3枚でしたね」
「まぁ、気にするな。そんなこともあるかと思って確認したんだからよ。がははっ」
俺への報酬を抑えられてリーダーは上機嫌だ。
弱い奴は搾取される。強者に逆らってはならない。
命があるだけマシなのだ。
「マジかよ、マジックバッグが出やがったぞ!」
「よっしゃぁ!!」
「勝ち組確定じゃねぇか」
「おいおい、俺らの時代が来たんじゃねぇか!?」
マジックバッグは当たりも当たり、大当たりだ。自分たちで使えば確実に成り上がれる。売っても相当な金になるが、自分たちで使う方がはるかに利益を得られる。
今日はとことん運が悪い。
朝から運が悪かったが、ここまで運が悪いとは。まさかマジックバッグが出るとは思わなかった。
あいつらが宝箱に気を取られている隙に逃げるべきだった。
俺よりもはるかに格上とは言え、彼らも高が七級の冒険者。
その上の冒険者に目をつけられたらマジックバッグは取り上げられるだろう。
もちろん彼らは秘密にするだろうし、俺も当然言いふらすつもりはない。
しかしそう主張しても彼らは信じないだろう。
「残念だったな『出遅れ』。マジックバッグが出ちまうとはお前も運が悪い。ダンジョンの中は弱肉強食。弱い自分が悪いと思って諦めてくれや」
「くそっ。やっぱりそうなるか!」
リーダーはニタリと笑って俺に近付いてきた。