第1話 神授の儀
18歳にしてようやく俺はスキルを授かるために教会に足を運ぶことが出来た。そこで司祭様からありがたい説教を聞いている最中だ。
「······皆さんはこれからステータスとスキルを授かります。スキルは皆さんの人生を豊かにするために神から与えられる祝福です。スキルをよく伸ばすようにお勧めします······」
スキルを授かるのに特に年齢は関係ない。早ければ物心つくと神授の儀を受ける者もいるし、赤子が儀式を受けたこともある。でもそれはお金持ちの子供に限る。
授かるスキルには攻撃的なものもある。
小さい子はよく分からずにスキルを使い人を傷つけ、下手すれば命を奪ってしまうこともある。
そのため分別があると認められ、素行も良くないとスキルを授かることは出来ない。
そして、何をもって分別があり、何をもって素行が良いと認められるのか、それは教会に寄付するお金だ。年齢が若い程金額は高くなるし、素行が悪ければ悪い程金額は高くなる。そして犯罪歴のある者は儀式を受けることが出来ない。
この儀式の金額は決して安くはない。それでもスキルとステータスを授かると人としての価値が圧倒的に変わるため親は子供にこの儀式を受けさせるために金を貯める。
貧しい家庭でお金に余裕がなくても15歳になって成人すれば金額はガクッと安くなり、真面目に働けば3ヶ月もすれば無理なくそのお金を貯めることは出来るようになる。
ただ、世の中は不平等だ。
俺はそのお金を貯めることが出来なかった。
父さんは早くに亡くなり、女手1つで俺を育ててくれた母さんも俺が成人して間もなく、それまでの無理が祟ったのか倒れてしまった。
幸にして母さんの体調は徐々に回復し、今は元気になってくれたが、儀式代を捻出するのにかなり時間がかかってしまった。
そのことで俺は母さんを恨んてはいない。多少他の人より出遅れただけだ。母さんには感謝しかないし、いいスキルを授かって楽な生活をさせてあげたい。そう思っている。
稼げればスキルは何でもいいのだが、出来れば生産系のスキルではなく、攻撃系のスキルを授かって冒険者として活躍したい。
学のない俺が就ける仕事は限られていて、今も冒険者ではあるのだが、スキルを授かっていない状態だと冒険者のランクは一番低い無級から上がることが出来ない。
スキルを授かっている場合は十級冒険者から始まる。つまり今の俺はスキルを授かっている冒険者の初心者以下だ。そこから何としても這い上がって周りを見返してやりたい。それが俺のちっぽけな野望だ。
別に生産系のスキルでも稼げるなら、さっさと冒険者稼業からは足を洗って別の仕事に就くのに抵抗はない。
何にせよ、今日から俺の人生が大きく変わるのは間違いない。少なくとも今の生活よりは絶対に良くなる。そしたら俺だってモテて彼女が······っていかんいかん。
神聖な儀式を前に雑念が入ってしまった。
「······というわけで、レベルが低いうちにスキルを磨くことが皆さんの人生を豊かにする秘訣です。皆さんの人生が幸福なものとなりますように心から祈ります。それでは一人ずつ祝福を授けましょう。前の方からお一人ずつどうぞ」
この場には何人も人が居るが、儀式を受けに来たのは俺を含めて3人だけで、他はその家族や友人たちだ。そんなに待ち時間がなくて良かった。
祝福を授かるとステータスとスキルが与えられるが、誰が何のスキルを授かったのかは記録される。
俺の前の二人は祝福を授かると家族や友人にスキルを報告し、喜びを共有していた。
「お名前は?」
俺の番になると司祭様は名前を聞いてきた。
「シルフィスです」
「ではシルフィス。あなたに祝福を······」
司祭様は俺の頭に手を置いて祝福の言葉を唱え始める。
すると俺の身体は光りに包まれた。
「えっ、えっ?」
突然のことにあたふたしてしまう。
前の二人は光を放ったりはしなかった。
「こ、これは······神スキルの印だ······私も目にするのは始めてだ······」
司祭様もこの現象に驚いていた。
「神スキル?」
良くわからないが司祭様の反応から特別なことが起きたのは何となく分かる。
否が応でも授かったスキルへの期待が高まる。
「ステータスオープンと唱えてください。それで私達にもあなたのステータスが見えるようになります」
「分かりました。ステータスオープン」
『シルフィス:レベル1
HP:10
体力:10
魔力:10
筋力:10
敏捷:10
頑強:10
知能:10
感覚:10
スキル∶【固定】』
「おぉぉぉ······」
司祭様の反応に他の人達も俺のステータスに視線を向けていた。
ただ、その反応は微妙だった。
声のトーンが次第に小さくなる。
その気持は分かる。
「スキル名は固定?」
名前からしてあまり強そうではない。
俺の前に祝福を受けた子供は「俺のスキルの方が強いんじゃね?」みたいな顔をしている。
ちなみにステータスを授かると全員がレベル1でステータスは全て10となる。
「シルフィス君。君が授かったスキルの効果はどういったものか分かりませんが、特別なものであることは間違いありません。レベルの低いうちにスキルの熟練度を上げるように心掛けてください」
「分かりました。そうします」
「仕事は何をしていますか?」
「冒険者をしています。底辺ですが······」
「では、これから有名になっていくでしょうね。これからの活躍を楽しみにしていますよ」
「いや、期待してくださるのは嬉しいんですが、俺『出遅れ』だし、何かスキルも強く無さそうだし······」
「ふむ、なるほど。将来的なステータスの低さを気にしているわけですね」
「はい」
スキルを授かる年齢が遅くなるほどステータスの伸びは低いと言われている。
成人を過ぎてもステータスを授かっていないと『出遅れ』と呼ばれ蔑まれる。スキルを授かってもあまり使えない奴ということだ。
しかし、その評価すら覆す可能性がスキルにはある。
司祭様は俺のスキルを神スキルと言ってくださったが、俺はピンとこない。
例えば【念動力】というスキルがあるが、それは手を触れずにものを動かせるスキルだ。
そっちのほうが【固定】よりも便利そうだし、応用が利くと思う。
何かを固定して動かない様にするよりも、好きに動かせるほうが断然いいだろう。
「う〜ん。ここではなんですからもし良ければ向こうで少し話しませんか?」
「はい。大丈夫です······」
司祭様みたいな立場のある人と話すのは緊張する。でもそんな人が何かを俺に伝えようとしてくれている。
『神スキル』なるものをを授かったからだろうけど、それでも今の俺は冒険者の底辺だし、スキルも何かイマイチな感じだ。スキルを授かったとは言え自分でも成功するイメージがわかない。
ただ、そんな俺に良くしようとしてくれているんだ。ありがたく言葉に耳を傾けるべきだと思った。
司祭様に執務室のような所に案内されると、座って楽にするように言われた。
司祭様は俺のことを色々と聞いてくれて関心を持ってくれているのが良く分かった。
司祭様は案外気さくな人で、話しているうちにいつの間にか緊張は消えていた。
「······さて、シルフィス君。君は自分が『出遅れ』であることを気にしているようですが私は逆だと思いますよ。私から見ると君は成功する条件しか備えていません」
「えっ? どういうことですか?」
「シルフィス君はステータスの数値についてどう思いますか?」
「レベル以外のステータスの数値は当てにならないけど、高ければ高いほどいいって言われてますよね。······でもレベルも絶対じゃないし······良くわかりません」
ステータスは授かる時に大人でも子供でも、男でも女でも、誰でも各項目が10で与えられる。そのため数値の価値は個人差があり一定の指標ではないと言われている。
レベルが上がればどんどん数値は上がっていき、そして幼くしてステータスを授かるほどその伸びが大きい。
一定の指標ではないものの数値が高ければ高いほどいいとされている。
そんな中、レベルはそれなりに強さを表す指標として扱われていて冒険者の依頼にもレベルの制限があったりする。
ただ、レベルの低い大人にレベルの高い子供が負けることはザラにあるし、絶対的な強さの基準というわけではない。
「これは私の持論ですが、ステータスと言うのは、自らを研鑽するための指標として神が与えられるもので人と比べるためのものではないと思っています。そしてその数字の意味ですがステータスが与えられた時点の能力値が基準となるのです」
「······ん? と言うことは幼くしてステータスを授かると基準が大分小さくなりませんか?」
「はい、そうです。授かった年齢によってステータスの数値の価値が大きく変わってしまうのです。幼い子供がステータスを授かれば、大人になったときに何十倍にも膨れ上がりますが、そんなステータスは見かけ倒しなのですよ」
「ええっと、でも金持ち程幼い時に儀式を行いますよね? それは何でなんです?」
「それは、彼らの見栄のためです。ステータスの中でもレベルは強さの指標として用いられますし、レベルを上げたり、スキルを磨くという観点からは早くステータスを授かった方が有利になるのは確かです。しかし貴族達はステータスを自慢するために使います」
「見栄······ですか?」
正直金持ちの考えが理解できない。
そんなもののために高い金を払うのか?
「残念ながらそうなのです。ステータスは人に見せられる能力値ですから、高い数値でもって人に誇るのです。幼い子供に儀式を行うことは強さを求める観点から言えば寧ろ良くないことなのですが、その考えを彼らは受け入れません」
「えっ? 良くないんですか?」
「はい、例えば幼くして儀式を受けた子がレベル10になり大人になったとします。その子とレベル10になったシルフィス君が純粋な力で勝負したとしたら勝つのはほぼ間違いなくシルフィス君の方ですよ」
「そうなんですか?」
『出遅れ』は負け組だと思ってたけどそうじゃないってことなのか?
「はは、随分驚いていますね。別に難しいことではありません。ステータスが上がると同じ訓練をしても身体への負荷が軽くなるため肉体を鍛えにくくなるのですよ」
「そう······なんですね?」
「あまりピンと来ませんか? 逆にシルフィス君はステータスを授かっている人達の中で、彼らの『当たり前』についていくために必死に体を鍛えてきたのではないですか?」
司祭様の言葉にハッとする。
この人は良く人を見ているな。
ステータスを授かっていない人間が、ステータスを授かりレベルを幾つも上げている人達の中で生活するのは容易なことではない。
荷運びをする仕事一つをとっても、『当たり前』に運べる荷物の重さが全然違うのだ。しかし、非力なことに甘えていたら餓えて死ぬ。
金がなくステータスを授かれない俺にとって、生きていくことは体を酷使し、鍛錬することと同義だった。
「はい······」
そのことを理解してくれる大人は少ない。
いや、分かっていても自分より弱い者に対して情を向けてくれる人は少ない。
自分にとって当たり前のことが出来ない奴を、自分よりも弱い奴を人は蔑んで見る。
そんな蔑みの視線の中で生活してきた。
でも司祭様は数少ない情を向けてくれる人だ。
彼の目は俺を蔑んで見てはいなかった。
それがとても暖かくて、嬉しかった。
「俺は······強くなれますか?」
この人の言葉が俺のためを思ってのことだと分かる。
それに気づくと自然と目から涙が溢れていた。
「ええ、なれますよ。あなたの体つきを見れば、今まで必死に努力してきた事が伺えます。誰よりも強くなって周りを見返してやりましょう。強くなるためのコツは教えます。その代わり、シルフィス君が強くなったら弱い人達に優しくしてください」
「はい、もちろんです」