わたくしのお古がそんなに欲しいの?
「お姉様ー!」
「あらあらリリアンヌ。廊下は走ってはいけませんわ」
「えへ☆」
わたくしはマリアンヌ。我が国の筆頭公爵家の一人娘…だったのですけれど、つい最近妹が出来ましたの。
その妹が可愛い可愛いリリアンヌ。
わたくしより少し後に生まれたらしい、愛おしい愛おしい異母妹。最近お母様を亡くしたらしく、実の父であるお父様を頼ってきたんですの。
お父様の裏切りを知った時は正直ショックで三日ほど寝込んでしまったのですけれど…リリアンヌに罪はありませんわ。
ですからお母様とわたくしは、リリアンヌを我が家に快く受け入れたんですの。
「リリアンヌは本当に可愛らしいですわね」
「お姉様こそお美しいですー!」
「ふふ、良い子」
実際、リリアンヌは産みの母に似たのかとても可愛らしい顔立ち。
愛嬌もあり、わたくしにも懐いてくれる。可愛がらない理由はありませんわ。
だからわたくし、リリアンヌの悪癖にも目を瞑っていますの。
リリアンヌの悪癖とは、たとえば平民として暮らしてきたためなかなか貴族としての自覚が芽生えないところだとか。
たとえば…わたくしのお古を欲しがるところだとか。
「…でね、お姉様」
「なにかしら」
「お姉様が使ってるそのアクセサリー、欲しいなぁ」
ほら、このように。
でも可愛い可愛いリリアンヌのため。
こんなものでよければいくらでも差し上げますわ。
「ふふ、仕方のない子ですわね。ほら、どうぞ」
「わーい!お姉様、ありがとう!」
ネックレスを外して、リリアンヌに着けてあげる。
まあ、可愛らしいリリアンヌにぴったり。
「とても似合うわ。さすがはリリアンヌ」
「えへへ☆」
可愛い可愛いリリアンヌ。
貴女も本来なら生まれた時から我が家に引き取られ、貴族としての生き方を学ぶべきだった。
その機会を与えられなかった可哀想な子だから、わたくしはいくらでも我慢しますわ。
…一線さえ、越えなければ。
「…あら、聞こえなかったわ。なんて言ったのかしら?」
「お姉様の婚約者、お姉様に相応しくないと思うの」
…あら、わたくしの耳がおかしくなったのかと思えばそうではないみたい。
一体どういうことかしら。
「カーティスのなにがいけないのかしら」
「だって、完璧で最高なお姉様と比べて平凡だしつまらないし…」
なるほど。
たしかにわたくしの婚約者であるカーティスは、誤解されがちなところはある。
美形なのだけど、彼の影のある雰囲気がそれを包み隠してしまう。
秀才なのだけど、天才と謳われるわたくしの影に隠れてしまう。
けれどわたくしは、それでも彼を愛し合っている。
「それでも、わたくしは彼を愛していますわ」
「でも、相応しくないわ」
「…貴女はそれをわたくしに言って、どうしたいの?」
なんとなく、言いたいことは分かるけど。
「私が貰ってあげる!お姉様はもっと良い人と結婚したらいいわ!」
ほら、やっぱり。
きっと、心の何処かで彼の真の価値に気付いたのね。
見る目だけはある子だから。いつもわたくしにとってのお気に入りばかり欲しがってきた子だから。
それでも、もうこの子には呆れすら抱けない。
だって、あまりにも予想通りの言葉だから。
「…ねえ、リリアンヌ」
「なに?お姉様」
「わたくしのお古がそんなに欲しいの?」
思わず口をついて出た言葉は、我ながら酷いモノだった。
可哀想に、リリアンヌはあまりの言葉に固まってしまっている。
「…ああ、ごめんなさい。でも、一度貴女の今の姿を見てごらんなさい?」
リリアンヌは自分のつま先から肩までを見つめる。
そしてヒッ…と声にならない声を上げる。
「そう。その靴も、ドレスも、アクセサリーも、カバンもハンカチも扇子も…髪飾りだってそう。貴女の身につけているもの全て、わたくしからのお古よ。それも、貴女がわたくしに強請って持っていったもの。今日に限った話ではないわ。昨日も一昨日もそうだった」
「…あ、私、私」
「ねえ、リリアンヌ。貴女は今は平民ではない。我が国の筆頭公爵家の娘よ。わたくしから奪わなくても、多くを与えられる立場なのよ。そろそろわたくしのお古は諦めなさい。自分の輝きを身につけるのよ」
「…ああ、あああああ」
それからしばらく、リリアンヌは自室に篭って出てこなくなった。
「ごめんなさい、お姉様。私、間違ってました」
「リリアンヌ…」
ようやく自室から出てきたリリアンヌは涙を溜めて、わたくしに謝罪する。
「私、お姉様に嫉妬してたの。お姉様が今まで与えられていたもの、私ももらうべきだって思ってしまって…」
「そう…それは間違いではないわ」
「え…」
リリアンヌを優しく抱きしめる。リリアンヌは肩を震わせる。
「本来、わたくしが持つものはリリアンヌにも与えられるべきものだったと思うの。だってリリアンヌもお父様の子だもの」
「…っ」
「本来なら与えられるべきだったモノを、機会を…貴女は愛人の子だというだけで奪われた。お父様が貴女の存在を隠してしまっていたから。それは不公平に思うのも無理ないわ」
「お姉様っ…ごめんなさい、お姉様っ」
泣いて泣いて、そしてリリアンヌは落ち着いた頃に言った。
「ごめんなさい、お姉様…私、お姉様から奪ったもの全部返します。私が使っちゃったから嫌かもしれないけど…」
「あら、そんなことないわ。返してくれてありがとう」
「お姉様…」
リリアンヌの頭を優しく撫でる。またリリアンヌの目に涙が滲む。
「それで、あの…私、今まで平民時代を引きずってきたけど…お姉様の妹として相応しくなりたい」
「相応しいも何も、可愛い妹よ?」
「それでも、このままじゃダメだと思う。だから…」
リリアンヌがわたくしに頭を下げた。
「改めて、私に貴族としての生き方を教えてください。お姉様の妹として相応しい女性になりたいです」
そんなリリアンヌに、わたくしは微笑んだ。
「では、ビシバシ鍛えてあげますわ」
あれから半年。
リリアンヌは、今やどこに出しても恥ずかしくない公爵家の娘となった。
わたくしに相応しくないとか言われていたカーティスが、「あの子見ないうちに見違えた」と褒めてるのか褒めてないのかわからない言葉を述べるほどに。
「本当にリリアンヌは可愛らしいわ。元々可愛らしかったけどマナーや教養を身につけてからは特に可愛らしくなったわ」
「お姉様のおかげですわ」
「まあまあ、お世辞も上手になって」
「お世辞ではありませんわ!お姉様大好きです!」
「あらあら、ますます可愛らしさに磨きがかかって」
口の悪い方々は、リリアンヌのことをまだよく思っていないようですけれど。
一度生まれ変わったリリアンヌを見れば、途端に口を閉ざしますの。
我が妹は本当に本当に完璧で愛おしい世界一の妹ですわ!
「リリアンヌ、いつかどこかに嫁いでも…ずっと仲良くしてね」
「はい!お姉様こそ、カーティス様と結婚して女公爵となられてもどうか私との時間は作ってくださいね」
ああやはり、我が妹リリアンヌは本当に可愛らしい。
宗教系の家庭に引き取られて特別視されてる義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
という連載小説を始めました。よろしければご覧ください!