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夜の貸し切り営業はこの週は既に2回あった。
今夜で3回目になる。
「母さん、今夜の貸し切りの人数って何人だったっけ?」
「35人よ」
「男女別の人数は?」
「えっとね・・・・」と帳簿を確認して「男性が19名、女性が16名よ」と答えてくれた。
顧客リストもだが、予約帳もウチにはなくてはならない帳簿だ。
母さんの字の勉強もかなり捗っていて、たった数週間で目覚ましいスピードで伸びている。
「今夜はお酒を多めにって事だったよね?」
「そうねぇ。アウレリア、前から思っていたんだけど、バーテンダーは1人で大丈夫かしら?お食事前はみんなバーへ殺到されるから、トマム1人では大変そうなのよ」
「そうかぁ。ワインを望まれるお客様なら、給仕でも対応できるけど、カクテルとなると慣れないと難しいしねぇ・・・・」
「まぁ、お客様もカクテルを作るところを見て楽しんでるみたいだから、待たされたからと言って怒ったりはされないけど・・・・」
「お客様が来られる前にある程度作っておけたら話は早いんだけどね、それだと味が落ちちゃうしね・・・・」
「今の所、お客様も全員同じ時間に到着される訳じゃないから対応出来ているけど、これが夜の営業も普通に始めてしまうと、バーテンダーが1人だと難しいかもしれないわねぇ」
「分かった。トマムとも相談して、もう一人バーテンダーがいた方がよいかどうか、必要ならその人の教育をトマムで出来るかどうか聞いておくね」
「そうね。お願いね」
「レティシア伯母さん。サマンサがぁ制服の下にこんな物を付けてスカートを膨らましてるのよ」
私と母さんが話している横に、サマンサのスカートの一部をしっかり握って引き摺る様に連れて来たサブリナが乱入して来た。
サマンサはスカートの下にパニエを穿いていたのだ。
制服を着ていれば、多少スカートが膨らんでいても私はいいと思うんだけど・・・・。
「サマンサ、制服は制服です。スカートの広がりもテーブルに引掛けない様に計算されてデザインされたりしているので、仕事の時は制服以外は身につけないでね」
「は、はい・・・・」
サブリナが勝ち誇った様な顔をしている横で、スカートを握りしめて下を向いていたサマンサは対照的だ。
二人とも頭を下げて、タタタタっとランチ営業のためにテーブルセッティングの方に戻って行った。
「姉さん、この前のブレスレットの仇を取ったのね」
「何の事かしら?」
トム伯父さんのところの姉妹はいつも姦しい。
先日、お小遣いで可愛いブレスレットを買ったサブリナが仕事中にもそれを付けていた為、サマンサが母さんに言いつけ、外す様に注意された事を指しているのだろう。
あの時の報復だろうが違おうが、いい加減にしないと雷が落ちちゃうよと思っていたら、「いい加減にしなさい。口を動かさずに手を動かしなさい!」とスティーブ伯父さんの所のフェイ伯母さんがコンコンと二人の頭を軽く叩いた。
母さんと私はため息を吐いて、それぞれの仕事に戻った。
これからランチで調理場は戦場になる。
冷めても良いローストビーフ等は既に準備が終っているが、その他の料理は半分までしか調理していない。
グラタン等は下拵えの段階で素材には火が通っているので、グラタン皿に入れて、後はオーブンに入れるだけの状態にはしてある。
でも、から揚げなんかはお客様の注文が入ってからになるので、やっぱり調理場は戦場に早変わりするのだ。
後2か月もすれば学園が始まってしまう。
学園に行く直前は、私も受験に向けて勉強の復習をしないといけないので、今の様にお店に掛かり切りにはなれない。
それに学園に入ったら寮に入らないといけないし、そうするとこの店は私なしで回していかなければならない。
今は開店直後のブームの様になっているので私もフルで働いているけど、もう少ししたら、伯父さん、伯母さんたちだけで調理場を回せる様になって貰う必要がある。
まだ当分は昼の営業だけだから、このブームが落ち着けば十分にやっていけると思う。
今は、今夜の様に貸し切りの予約はあるが、二晩続けての予約にならない様に調整してもらっている。
夜の貸し切りの時は立食パーティにさせてもらっているので給仕は楽だが、料理は種類と量を揃えないといけないので結構忙しいのだ。
入園までに何とか大人だけで回せる様にしないと・・・・。