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『フローリストガーデン 光』を営業し始めてすぐに門番が必要な事が分かった。
お貴族様の馬車が2台、ウチの門の前で正面衝突しそうになったからだ。
この世界では馬車は左側走行などというルールも無く、みんな好きに馬車を走らせている。
それでいて事故にならないのは、ニアミスや事故などを起こすと馬車の中に乗っているお貴族様に怪我を負わせたり、そのお貴族様の予定が狂ってしまって御者が叱られてしまうので、御者たちが他の馬車との接触を極力避けて運転しているからだ。
自然とお互いの馬車が通れるスペースは開けておくのが御者たちのエチケットなのだ。
それでもウチの門の前で正面衝突事故になりかけたのは、今まさにウチの店に入って来ようと下級貴族が馬車を乗りつけようとした所に高位貴族が割り込もうとしたからだ。
割り込んだ所で予約をしていないと席などないのだが、そこはほれ、貴族社会の力関係が如実に表れた感じだ。
そこで、『麦畑の誓』に護衛をしないかと声を掛けたところ、「自分たちはまだあっちこっちへ行って冒険したいので一か所に留まるのはもう少し年をとってからにしたい」と言われ、バーテンダーとして働いてくれているトマムの知り合いの比較的年齢の高いマンマとグルーというムサイオジサン冒険者を2名紹介された。
ムサイというのは髪がボサボサで、しかも服もヨレヨレな彼らの外見を指した言葉だ。
双子でもあるまいに、二人とも背丈も低く、やせマッチョなのは一緒。
ゴマ塩頭も一緒。
最初見た時にはどちらがどちらか見分けがつかなかったのだが、良く話をするのがマンマ。とことん無口なのがグルーだと、その後分かった。
店の方がお金を出して二人とも散髪をしてもらい、制服を作って着せると、まぁまぁ見られるようになった。
大公様の息の掛かった店なので、門の前に誰も立っていなくても泥棒は入らないと思うが、貴族間の争いを店の前や中で起こされないための門番だ。
「私ら護衛任務でよくお貴族様の使用人と話す事も多かったので、敬語は少しなら話せます」とマンマが言うと、横でグルーが無言のまま頭を縦に振ると言った具合だ。
まぁ、片言でも敬語がしゃべれるならウチの門番としては合格と言えよう。
「うんめぇ!」
初めてウチの賄いを食べた時のマンマの一言だが、グルーは驚いたように目と口を開けたまま無言だった。
ここまで行くと逆にすごいよ、グルーさん。ほんまもんの無口だね。
「でしょ?ウチも初めて食べた時はここは天国かって思っちゃったよ」
ナスカは孤児院でたくさんの子供たちと育って来たからか人と話すのが苦手ではない様で、面倒見も良い。
「あ、その料理はね、大人たちはコレを付けて食べてるよ」とマスタードをマンマに手渡したり、お風呂に入る習慣のない彼らに「明日はグルーさん達のお風呂の日だから、忘れちゃだめだよ」なんて大人相手にちゃんと注意をしてくれたりする。
「そうっす。ここは清潔にしておかないと、首になるっす」と、同じ孤児院出身のドムが援護射撃をした。
ナイス!孤児院コンビ。食べ物を扱うんだから清潔さは大事だからね。
相手が大人でもちゃんとお風呂へ入る様に口やかましいくらい注意しちゃってOKだよ~。
冒険者としてはトウが立っているグルーとマンマは、ウチで首になると行くところがない様で、あんまり慣れないお風呂も順番の日にはちゃんと入ってくれているみたいだ。
もちろん孤児院コンビがお風呂の日を忘れない様にアナウンスしてくれているのも功を奏してるんだと思う。
「そういえばナスカちゃん、初月給で孤児院に何か買って行ったんだって?」
トム伯父さんがナスカを褒めると、「俺たちも食糧を買って持って行ったっす」とハムは鼻高々。
「おうおう、お前たちもちゃんと給料をもらえる身になったと孤児院に報告したんだな。偉いぞ」とちゃんと彼らを労うトム伯父さん。
自分の娘は姦しい分若干苦手?の様だが、子供全般が好きなのか、孤児院出身であろうがなかろうが良く子供たちに声を掛けている。
それはスティーブおじさんのところのパンクや私に対してもだ。
いつもこんな風に賄いを食べる地下には地上近くにぐるりと設けられた窓ガラスから燦々と陽が入って来て、気持ちの良い空間、そして時間だ。
この後、地獄の営業時間が始まる。
でも今は、美味しいものを食べて、全員の英気を養い、チームワークを育てる時間だ。
ほら、男性陣はみんなお代わりしてるよ。
今日は特別にデザートも出すかな?
私は料理が並べられているテーブルの後ろに立ち、バスケットに入っているりんごを触りながら魔法で焼きりんごを出してみた。




