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「塩釜焼きはお肉やお魚等、素材を塩で包んで焼いたものでございます。本日のお肉は牛肉で、お魚は鯛でございます」
「塩で包む?」
「はい。塩で包んでいるので、素材に直火が当たらず柔らかく、香りも閉じ込められ、程よい塩分が楽しめる料理でございます」
サブリナが家族と話す時とは全然違う口調で、ランチのお客様に料理の説明をしている。
実はこれは定型文として覚えてもらっているのだ。
まだまだ直にお貴族様と会話させてしまうと、どんなボロが出るか・・・・。
大公様が学園の入学準備にと雇って下さったランミス先生が夜はこちらの従業員への話し方や文字、計算の授業をしてくれるので、従業員たちの成長も著しいのだけれどね。
開店から一週間も経ったので、皆もある程度接客に慣れて来たみたいだけど、自由に会話させてしまうと平民丸出しになっちゃうと思う。
「ねぇ、あちらのガラスの建物、あちらでもお食事できるのかしら?」
定型文で回答できない時は、即座に母さんが呼ばれる。
「現在のところ、お茶の時間のみ営業しております。冬になれば、あちらでもお食事して頂ける様になる予定でございます」
パーラーメイドで今までお貴族様の対応して来ただけあって、母さんの接客は安心できる。
温室は多くのお客の興味を引いているのだが、そこまでは給仕の手が回らないので、お昼の営業は本館とウッドデッキのみ。
お茶の時間は温室で軽食のみとさせてもらっている。
温室の扉を閉めると暑すぎるので、お客様の出入り口と横の方にある給仕の出入り口、そして長い棒で開閉できる温室屋根部のガラス窓を全て開け放っている。
もちろん真冬になれば全部閉めるか、給仕の出入り口だけ開けっ放しにしても冷気が入らない様に皮製の暖簾を掛けておく心算だ。
お茶のお供は比較的作るのが簡単なチーズケーキとアップルパイ、クッキーのみだ。
焼き菓子の他はフルーツの盛り合わせも対応している。
だけど焼き菓子は予め焼いておいてサーブできるのに対し、カットフルーツとなると注文を受けてからの調理になるので、ウチとしてはあまり注文が出ない方が嬉しいのだ。
カービングの様に見た目に美しいカットを施すのは結構骨が折れるのだよ。
と言っても、簡単なカービングしかやってない。
色とりどりのフルーツを小さなボール状にくり抜くためにスキルでフルーツスクーパーを作りだし、そのフルーツボールをオレンジなどのフルーツカップに入れて提供するのだが、そのオレンジに単純な花模様を入れることにした。
フルーツボールを作るのも結構な作業量なので、イチゴなどのベリー類やいろんな色のブドウを入れる事で作業量を減らしてみた。
それでもこの世界にはない技術だったので、貴族や裕福な商家のご婦人方には大変評判が良い。
カービングは主にトム伯父さんに覚えてもらったのだけれど、「こりゃ一度に何人もが注文して来ると対応できんぞ」と言われ、フルーツカップから蓋つきの可愛い四角い箱の中に可愛く切った色とりどりのフルーツを入れ、蓋をした上で綺麗なリボンで縛ったモノに切り替えた。
それでも小さく切ったりんごの皮に★マークや、♡マーク等を施すので、結構な手間な事に変わりがない。
そんな事からコスト的にはりんごをたくさん入れた方が儲けが多いにも関わらず、手を加えなくて良いベリー類やブドウを多用する事になり、素材用温室には1年を通して提供出来るよう可成りの数のブドウの木が植えてある。
そんな努力の甲斐あってか大公様の話によると、最近の社交界の合言葉は、「フローリストガーデン 光へはもう行った?」らしい。
ランチ時間もお客で一杯になるので、予約なしで来られるお客様の大半はお断りさせて頂いているのが現状だ。
「開店したばかりでまだ物珍しさもございます。しばらくはご予約を入れて頂いた方がお席の確保ができます。これも暫く経って落ち着いてくれば、予約は不要かと存じますが、本日はお席をご用意できずに申し訳ございません。またのお越しを心よりお待ちしております」というのが最近の母さんの口癖になりつつある。
父さんによれば、寝言で全く同じ台詞を言ってたらしいから、よっぽどの回数このやり取りを繰り返しているのだろう。
まぁ、バーテンダーのトマムの紹介で門番として雇った元冒険者、グルーとマンマの所で予約を入れずに来た大抵の客はお断りをさせて頂いているので、母さんの所まで話が行くのは高位の貴族だけになる。
しかし、数がどうのというよりも、高位の貴族というのはもうそれだけで対応に気を遣う相手だ。
母さんの苦労も推して知るべしだ。




