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「そろそろ最後の曲をお願いします」
母さんが、チェロに似ている楽器を持っている人に小声で指示を出した。
今夜だけは楽隊を雇っていた。
この世界にも『蛍の光』の様な、会がお開きになる時に奏でられる曲がある。
『帳の曲』と呼ばれており、ゆったりした曲で同じモチーフが転調されながら繰り返され、だんだんと音量が絞られるのだ。
「皆様、今夜はようこそ我が『フローリストガーデン 光』の開店パーティへお越し下さいました。店長のギジェルモと申します。今夜皆さまがお口にされた料理は当レストランの中心メニューです。季節毎に少しずつメニューが替わる予定です。当分は昼間のみの営業となりますが、貸し切りであれば夜も営業致しますので、よろしければご予約頂ければ幸いです。名残惜しくはございますが、今夜はこれにて。どなた様もお気をつけてお帰り下さいませ。繰り返しになりますが、本日はどうもありがとうございました」
父さんが曲の終わりに大きな花束を抱え終わりの口上を終え、一輪ずつ出口へ向かうお客へ手渡している。
花の茎には、ウチの店名が刺繍されたリボンが結び付けられている。
注意深い客ならば、今手渡されているのは、ウチの庭の端に咲いていた花だと気付くだろう。
料理人一同もクローク前にスラッと並んでにこやかに客を送り出す。
「今夜はとても美味しい料理と酒だった。建物や調度品も今まで見た事がない洗練されたものだった。このままがんばりなさい」
「ありがとうございます。これからも精進してまいります。大公様、改めて本日はおみ足を運んで下さり、ありがとうございました」
最後まで残っていて下さった大公様を私が先頭になってお見送りし、片付けに戻るスタッフ。
カクテルも大人気だったし、デザートのプリンアラモードもかなりのご婦人方から驚きの声が上がっていた。
しかし全く問題がなかった訳ではない。
問題は、料理ではなく、給仕にあった。
まだまだ貴族に慣れていない給仕が多く、不手際が随所に見られた。
例えば、同じテーブルに座っている客でも、より地位の高い人から配膳するのは当たり前なのだが、たまにエライ人が一番良い席に座ってくれなかった時、顔と名前が繋がらないウチの給仕では単純な席順で配膳するしかないのだ。
また、ウッドデッキの方は配膳が後回しになる傾向も見られたらしい。
これは調理場で料理していた私では気づかなかったのだが、母さんがそう言っていたので確かだろう。
でも、初日にも関わらず失敗ばかりではなく、良い面もたくさんあった。
その証拠に、既に夜の貸し切りの予約が4件も入ったので、今夜のパーティは成功だと思う。
片付けが済むとサブリナたちや私、孤児院から来た子たちはさっさと寝に部屋へ戻ったが、大人だけ集まって1杯だけカクテルを飲む事にした様だ。
特に父さんは、今回の商売の成功の手ごたえが嬉しくてしょうがない様だ。
家族一緒に住む為とは言え、長年働いて来た安定した職場を離れたのだから、その心中は察して余りある。
売り物の酒を飲みつくされてはかなわないが、一杯ずつくらいなら問題はない。
明日は昼だけの営業だけど、しっかり明日分の体力は残しておいて欲しいものだ。
「おやすみなさい」
にこやかな子供たちの挨拶に、大人たちも「「「ああ、お休み。今日は頑張ったね」」」と声を揃えて、子供たちを送り出した。




