1
ガラガラと馬車が音を立てて、少し寂れた屋敷に着いた。
ここは王都の貴族街の端っこだ。
大聖堂やモンテベルデ伯爵の王都館からは少し離れているが、小さ目の下級貴族の屋敷が並ぶ一角で、すぐ横はもう平民街だ。
「ありがとうございます。また夕方にお願いします」
馬車の戸を開けてくれた大公家の御者にお礼を言って、門を開け、この寂れた屋敷の庭に入った。
大公様が学園へ入学するまでと言って私に付けて下さったメイドのカトリーヌも一緒に馬車から降りて、敷地に入った。
カトリーヌも他の貴族家の使用人と同じ様にブルネットの髪を頭をすっぽりぴったりと覆うタイプのボンネットに仕舞い込んでいる。
メイド服などないこの世界で、大公家の女性使用人が全員着ているキャメル色のステイズやショートジャケット、足首までの同色のスカートに身を包んだ長身の彼女の手には、大きなバスケットがあり今日のお弁当がいろいろと入ってる。
大公様の王都屋敷はもっと上級貴族の屋敷が集まった王城近くにあり、ポンタ村を出た私はそこでお世話になっていて、貴族のお嬢様の様な部屋で寝起きさせてもらっているのだ。
王都に出て来てからは、何から何までお世話になっており足を向けて寝れない感じだ。
大公様は他人の魔力が見えるので、私以外にも色んな人を助けて教育を施し、それぞれの業界でトップにまで押し上げているそうだ。
世間で『大公様の精鋭集団』と呼ばれている人達の事だ。
私はその中でも今まで見向きもされていなかった料理部門を盛り上げる事が期待されていて、ちょっぴり緊張しつつも、学びたかった魔法の使い方等をこれから学ばせてもらえ、その知識を活用できるかもという事でワクワクする気持ちもたくさんある。
この下級貴族の館は大公様が購入し、私達親子に貸し出して下さった。
毎月決まった金額を大公様に払って、最終的には自分たちの資産に出来る様な契約にしてもらったのだ。
家賃と言うより、住宅ローンみたいな感じなので、貸し出しという言葉は当て嵌まらないかもしれない。
私のぼんやりとしたこんな店をやってみたいという希望を聞いた大公様があっさりこの物件を見つけ、用意して下さったので、父さんたちはモンテベルデ伯爵家を出てこの店をやる事に決めたのだ。
で、父さんの園芸スキルも活用したお店をと考え、四季折々の庭を楽しめるレストランにする予定なのだ。
父さんと母さんは仕事の引継ぎのため未だ伯爵家にいるが、モンテベルデ家での父さんの仕事は半日だけにしてもらっている。
今、この屋敷を店舗と自分たちの住居とするために工事をしているのだが、開店に合わせるためには先行して庭の手入れが必要なので、残り半日はこちらに来て作業をしてもらっている。
「お前の魔法スキルを存分に使って、この館の敷地内を好きに整えると良い。お前の魔法でどれ程の事が出来るのか知る良いチャンスでもあるしな。本来なら今は学園の入試勉強が主ではあるが、まぁ、お前ならそんなに勉強せずとも合格できるであろう。お前の両親の生活を固めるためにも店を入試までにちゃんと整える様に」と大公様が眼光鋭い目つきでおっしゃったので、ちょっとビビってしまった。
大公館に入学試験までは住まわせてもらう事になってはいるけど、普段は顔を合わせる事もない大公様と対峙する時はそれだけで結構ビビったりもするし、こういう風に真面目な顔してしっかりと目を合わせられると更にビビっちゃうんだけど、大公様の言質も頂いた事だし、敷地内を遠慮なく自分の好きな様に作り直す事にした。にししし。
『熊のまどろみ亭』では存分にスキルを使用できなかったので、私の中にスキル使用を自重する気は一切ない!!
細長い敷地の中で、まずは庭があり、その奥に2階建てのこじんまりとしたレンガ造りの屋敷がある。
庭に比べ屋敷が狭く感じるのは私が伯爵家や大公家の高位貴族の屋敷しか知らないからだろう。
元々この屋敷は、扉を開けると玄関があり、奥に向かって左側に2階へと続く階段、真ん中に廊下、右側に応接室があり、廊下の奥にはこじんまりとした調理場、左側にダイニングとトイレという間取りだった。
2階は寝室が5つとバストイレが一つ。
半地下には食糧貯蔵室と、洗濯室、使用人部屋と使用人専用のバストイレなどがあった。
それを大公様にお願いして大工を雇ってもらい、階段を表から見えない奥に設置したり、玄関側は広い店舗にしてもらう工事をしてもらっている最中だ。
庭が見える側の壁は全面的にガラス張りにする為、強化ガラスを私のスキルで作り出して張り巡らせる予定だ。
もともと馬車置き場や厩舎だったところには、私のスキルで温室を建てている。
温室は食材を育てる所なので『調理具製作』スキルで作る事が出来る事を発見した時は、小躍りしてしまった・・・・。
まぁ、温室はまだ作りかけだけどね。
そして、食事をしながら庭を楽しむ目的でウッドデッキを作ってもらう予定だ。だから、その部分の庭は何も植えない様にしている。
設置は、屋敷の改修工事が終ってからの予定だけどね。その辺は大工さんにお任せなのだ。
温室は細長い庭の屋敷に向かって右側の部分に徐々に作っている。
1日で端から5メートル、翌日はもう5メートルと言った具合に、既に作ってる部分に繋ぐ形で大きくしていっている。
かなり大きな温室なので、資材を用意してもらっても一度では魔力が足らないのだ。
休み休みやっているのだが、学園が始まる半年後までにはこの店を形にして従業員も雇って教育し開業にまで漕ぎ着けたいと思っているので、建築にあんまり時間を掛けられないのだ。
鉄や珪砂や石灰などの材料は大公様の人脈とお金で用意されているので、消費魔力を抑えられるのが救いだ。
魔力消費を抑える事が出来れば、その分余計に建設を進められるので時間短縮にもなっている。
温室や本館の強化ガラス作りが終れば、今度は広めに作り替えてもらった調理場にスキルを使っていろんな調理器具を設置するのも私の仕事だ。
熊のまどろみ亭でお手伝いをしていた時、あれも欲しい、これも欲しいと思っていた調理器具をスキルで作り出せるのだ。もう、ワクワクしか感じない。
あそこでは自由に調理器具を作成できなかった分、どんな調理器具が欲しいかというリストは村にいた時からしっかり頭の中に出来ている。
学園に入学後は、調理そのものは雇った調理人にしてもらう心算なのだが、そこは父さんの二番目と三番目の兄に来てもらい、住込みで働いてもらう事で話は付いている。
もちろん両方とも結婚し、子供もいる。
元々ポンタ村では仕事がなかったので地方都市で料理人として働いていた様だが、収入もそれ程なかったらしく、父さんが声を掛けたらすぐ来てくれる事になった。
館の工事が終わる頃には王都に来てくれる手筈だ。
二階の居住区は、三世帯が住むには手狭だったので、急遽一階分足して三階建てに改築する手筈になった。
所謂、ペントハウスになる部分が、私達親子三人の居住区になり、二階を父さんの兄家族二組で使ってもらう予定だ。
どの寝室も前世の知識を活かして、効率の良い収納を随所に配置している。
半地下の方は、元々あったままにしているので、親族以外の勤め人も数人ならここで生活できる。
私的には満足のいく設計になったと思っている。
まぁ後は1階分余計な工事が追加されたけれど、大工さんたち任せになる。
予定通りの期日に工事が完成してくれれば万々歳と言ったところだ。




