その後の熊のまどろみ亭
「あんたぁ」
「ん?」
「パイの数、もうちょっと増やせないかねぇ?」
「う~ん。数もだけど、味の種類も増やして欲しいっていうお客が多いなぁ」口に出して、しまったという顔をしたマノロが慌てて口を閉じた。
自分で自分の仕事を増やしたと気付いたのだろう。
「甘いのとしょっぱいのと両方あるから、今度新しく作るとしたら、どんなのになるんだい?」
「う~ん」
図体のでかい熊とみまうがごとき大男が背中を丸める。
「あんたぁ。アウレリアが居たら多分いろいろなアイデアを出してくれると思うんだけど、ここにはもう居ないしねぇ・・・」
「・・・・」
「本当にあの子のお陰でウチは大繁盛だし、頻繁に新しい料理を出してたから、客の期待も大きいしねぇ」
「・・・・」
アウレリアがこの宿に来てくれたことで、食事の質が断然上がり、今では食事だけでなく宿泊客まで増えた。
この宿の大人たちは、アウレリアは良い子だが普通の子とは違うという共通認識を持っていた。
だって料理の事も畑の事も、はたまた商売の事も良く知っていて、様々な思い付きが湯水の様に流れ出てくるなんて普通の5歳児ではありないのだから。
「あの子はいろんな知識を持ってたねぇ。不思議なぐらい大人びた子だったけど、本当にウチにとってはありがたい存在だったねぇ」
「ああ。魔法スキルが本人のやりたい事とうまい具合にマッチングしたんだろうな。通常じゃ、あり得ん事だな」
「そうじゃのぉ。ホンに頭の良い子じゃった。敬語もちゃんと使えたしのぉ」
「最後までわたしたちにゃぁ、敬語だったねぇ・・・・。ランディとは子供らしく敬語なしだったけどね」
「そうだなぁ。お貴族様の家で育てば、ああいう風に大人びた子になるのかもしれんなぁ」
ここの所の『熊のまどろみ亭』は、所謂、収入があり過ぎて笑いが止まらない状態。しかし5歳の幼子に出来ていた事が大人である男たちには出来ず、コンプレックスになっているのか、新しい味~と聞くと、とたんに不機嫌になる男たち・・・・。
そんな男たちを前にしてもこの熊の妻であるクリスティーナは、容赦なく新しい味を作れと催促をしてくる。
「アウレリアに手紙を書いて、色んなアイデアを貰ったら?」
幼いからか、妹と思って可愛がっていた子の事だからか、ランディはアウレリアに頼る事に躊躇はない。
それをしようとしないのは大人の男連中なのだ。
「わしらが不甲斐ないばかりに、5歳の孫に頼らないと新しいメニューも作れんというのはなんとも情けないのぉ」
つるピカの頭を撫でながら、爺さんが独り言ちる。
「あ、そう言えば、リアはベシャメルソース?あれで味付けしてもパイは美味しくなるって言ってたよ」
何かの拍子にアウレリアが言った事を、子供の柔らかい頭で覚えていたランディが大きなヒントを熊男に与えた。
「ベシャメルソース、ベシャメルソース・・・・」
熊男はまだ悩んでいるらしい。
「ベシャメルソースは意外と水気が多いから、そのままではパイには合わんかもしれん」
「でも、父さん。それってリアがクリームシチューを作る時、小麦粉を溶かし入れてたじゃん。それで元々のベシャメルソースよりはしっかりしたスープになったじゃん?」と、やっぱりランディがいつかアウレリアが小麦を使って調理していたのを見ていた様で大きなヒントを落としてくれた。
「おお!その手があるかっ!」
熊男は早速試作品作りに手を動かした。
「しかし、なんだねぇ。たった5歳の女の子なのに、あの子は本当に良く働いたし、美味しい料理もたくさん考えてくれたし、台風の目の様だったけど良い子だったねぇ」
「うん!」
母親が目尻を下げてアウレリアを褒めると、自分が褒められたかの様に嬉しそうな顔をするランディだった。
「あの子は今頃王都でどうしてるかねぇ?」
「きっと大公様に助けてもらって好きな事や得意な事をジャンジャンやらせてもらってるよ」と信じて疑わないランディがスパッと答えた。
「うんうん。そうだねぇ」
母親に頭を撫でられ、少し目尻の下がったランディがにっこり笑った。
この世界では地球の子供より早く来る思春期なのだが、そろそろそれに入りそうな最近のランディは、母親のスキンシップを極度に嫌がる様になっていた。しかし、アウレリアの話の時は頭を撫でられても気にしなくなる様だった。
「アウレリアに会う為に、今度はお前が王都に行かなくちゃねぇ」
新しい料理を作り出そうと奮闘している義父と夫の横で、クリスティーナが夫に代わって家族の賄いを作りはじめた。
王都へ行くという選択肢を今まで考えていなかった様子の息子が、目をランランと輝かせ、「うん、いつか会いに行ってくるよ」と元気な答えが返って来た。
「あの子に負けない様に、ウチの男連中にも頑張ってもらって、ちゃんと報告しないとね。でないと、アウレリアはこっちの事を心配しているかもねぇ」
背中を向けて試作品を作り始めた男たちは聞こえていない様だが、誰の返事がなくても気にしていないのか、クリスティーナは賄いの調理を終え、食堂のテーブルを拭きに行った。




